◆第四話『聖戦』
中央広場では騒ぎになっているうえ、込み入った話のようだったため、聖騎士の2人をログハウスに招待し、そこで落ちついて話を聞くことにした。
アッシュはテーブルを挟んで聖騎士たちと向かい合って座る。ほかの仲間たちは後ろで控えているため、1人で対峙する格好だ。
「名乗るのが遅れて申し訳ない。わたしはオルティス。神聖王国ミロの聖騎士団長を務めている。そして彼女はルグシャラ。同じく聖騎士だ」
「よろしくで~す」
聖騎士の2人は揃って兜をとり、素顔をさらした。
オルティスと名乗った男聖騎士は、いかにも歴戦の勇士といった雄々しい顔立ちをしていた。厳格さも垣間見え、団長という肩書きに相応しい風格をそなえている。
女聖騎士のルグシャラのほうは、逆に戦いとは無縁そうな綺麗な顔をしていた。どこぞの貴族の娘と言われても信じられるかもしれない。ただ1点、先ほどからずっと浮かべている薄気味悪い笑みさえなければの話だが。
彼女の異様な姿は、旧アルビオンに在籍したジグラノとどこか似ている。得物が双剣とあって余計にだ。女性聖騎士はなにか狂人しかなれない決まりでもあるのだろうか。
ルグシャラは兜をはめるためにまとめていた髪をほどくと、両側で結んだ。2つに垂れた髪は彼女の胸元までと少し長い。
と、彼女が頭を振り子のように左右に揺らしながらこちらを見つめてきた。その気味の悪い視線を無視しつつ、アッシュは自己紹介を始める。
「俺はアッシュ・ブレイブ。で、そっちからクララにルナ。ラピスとレオだ」
ルナとレオは「よろしく」と爽やかに挨拶。
クララはどもり気味に答え、ラピスはというと無言を貫いていた。
「にしてもまさか聖騎士があんな騒動を起こすとはな」
「今回の件に関しては全面的に申し訳ないと思っている」
「俺に謝られても困る。まあ、合意のうえってか不意打ちしたわけじゃないらしいからあっちも面子の問題でうるさくは言ってこないだろうが……あいつらの仲間が黙ってないかもな」
ダリオンが所属するギルドは島でも最高の在籍者数を誇る《レッドファング》だ。以前、内部でごたごたがあったものの、以降は固く結束している。報復に出てくるとも思えないが、いい顔をしていないのは間違いない。
ルグシャラが前のめりになるや、顎をテーブルにつけてにたぁと笑う。
「そのときはしかたないので返り討ちにしちゃいますよぉ」
「言っとくが、あの場にいなかった挑戦者にもあんたら以上の実力者は何人もいるからな。あんまりはしゃいでると痛い目見るぞ」
「それはそれで楽しそうなので大歓迎です……っ!」
うっとりと恍惚の笑みを浮かべるルグシャラ。
そんな彼女を横目に見つつ、オルティスが頭を抱える。
「すまない。彼女はその……少し変わっていてな」
「それで少しなら世の中はもっと平和だったかもな」
「……なるほど。では彼女を聖騎士の象徴にするのもありか」
「ないだろ」
ルグシャラもルグシャラだが、このオルティスという男も変わっているようだ。ジグラノといい、聖騎士にはまともな人間がいないのか。
アッシュはため息をついたのち、話を切り出す。
「あんな面倒な騒動まで起こしたんだ。いったいどんな事情を聞かせてくれるのか楽しみだな」
ルグシャラは相変わらず昇天したままだが、オルティスが居住まいを正した。意志の強そうな目を真っ直ぐに向けてくる。
「きみの力を借りたい。これは先ほども話したとおりだ」
「こっちが知りたいのはその理由だ。どうして俺の力が必要なのかをな」
オルティスが頷いたのち、静かに話しはじめる。
「いま、世界では多くの国が戦火を交えている。ニィルザールとシャダルムント、ライアッドと周辺諸国。そしてシュノンツェやダグライ……これらは大国だが、小国もあわせれば両の手では数えきれないほどだ」
遅れてではあるが、世界情勢は訪れた新人によって島にも伝わってくる。いましがたオルティスが話した内容もここ数年で動いたものではないため、もちろん知っていた。
「日を追うごとに人も土地も疲弊している。このような混沌とした時代が続けば世界に負の力が溜まりつづける。このままでは世界が崩壊する日もそう遠くないうちに訪れるだろう」
険しい顔でそう口にするオルティス。
予言でありながら断言しているような、そんな力強さがこもっている。
「な、なんだか話が大きくなってきた……」
「妄想でしょ」
不安げなクララにラピスがあけすけなく言い放つ。オルティスから抗議の目を向けられるが、まったく意に介していない。
オルティスも諦めたか、一呼吸してから空気を入れ替えた。「ゆえに」と口にしたのち、まるで宣言するように言う。
「この状況を憂いた神聖王国ミロは世界平定のために動きだすことを決めたのだ」
「つ・ま・りっ、聖戦でーす!」
穏やかではない内容とは不釣合いに明るい声でルグシャラが叫んだ。
神聖王国ミロは近隣のダグライ帝国と揉めることがたまにあると聞いたことはあるが、大規模な戦争状態に入ったことはない。そんなミロが動きだすとなれば、世界情勢が大きく変わることは間違いないだろう。
「ちょっと待ってくれるかい」
そう声をあげたのはずっと静観していたレオだ。
かつてシュノンツェの三将軍だったこともあってか、思うところがあるようで難しい顔をしている。
「ミロの聖騎士団が強いことは知ってる。でもいくらなんでも世界の大国と渡り合って勝てるほどじゃないはずだ」
「そのとおり。我々の力だけでは厳しい」
「わかってるならどうしてそんな無謀なことを」
まるで諌めるようなレオの発言を受け、オルティスが静かに目を伏せた。
「聖王が天啓を得たのだ。かつて荒れ狂う神々から人々を救った《たったひとりの英雄》。その子孫がジュラル島にいる、と」
「……それが俺だって言いたいのか」
こちらの問いかけに、オルティスが力強く頷いた。
《たったひとりの英雄》について知る者は少ない。
どこからか情報が漏れたのか、あるいは本当に聖王とやらに天啓がおりたのか。
いずれにせよ、ようやく話が繋がった。つまり神聖王国ミロは世界平定のため、足りない戦力を《たったひとりの英雄》で補おうとしているのだ。
「とりあえずあんたらが《たったひとりの英雄》の力を借りたいってことはわかった。ただ、ひとつ言っておきたいんだが……島で一番強かったらって理由で俺がそうだとは限らないんじゃないか?」
誤魔化したのはあまり公にされたくない、という思いもある。ただ、一番は彼らの聖戦とやらに協力したくないという理由からだ。
自分の手の届く範囲だけでも精一杯な状態だ。
世界全体のことなんて考えてはいられない。
オルティスから訝るような目を向けられる。
「きみではない、と」
「ああ、違う」
「自覚がないだけではないのか」
「この歳にもなって自覚がないなら、もうそんな力にも期待できないんじゃないか?」
アッシュは肩をすくめてとぼける。
真偽をたしかめるようにじっと見てきたのち、オルティスは続けて訊いてくる。
「ならば質問を変えよう。《たったひとりの英雄》が誰なのかを知っているか?」
「ああ、知ってる」
後ろで「えっ」とクララが声をもらした。
声こそ出していないものの、ほかの仲間たちも驚いていることが空気から伝わってくる。
せっかく《たったひとりの英雄》の存在を誤魔化したのに、自らいると公言してしまったのだから無理もない反応だろう。
この場合は「知らない」と答えるのが適切だっただろう。
――相手が確信のようなものを抱いていなければ。
オルティスがこちらの目の奥底まで見通すような目を向けてくる。
「では、ぜひとも教えていただきたい」
「そうだな、教えてもいいが……ひとつ条件がある」
「条件?」
怪訝な顔をするオルティスにアッシュはにっと笑いながら伝える。
「どの塔でもいい。1ヶ月以内に30階を突破すること。これが条件だ」
すぐには条件を理解できなかったのか。
あるいは予想外の内容だったのか。
オルティスが少しの間、目を瞬かせていた。
「せっかくジュラル島に来たんだ。塔を昇ってかないとな」
「我々にはあまり時間がない。できればほかの条件を――」
「いやならべつにいいぜ。教えないだけだからな」
あえておどけることで譲歩するつもりはないと示した。
オルティスは隣のルグシャラに一瞬だけ視線を向ける。相談しようとしたのかもしれないが、すぐさま我に返ったようだ。ひとりで思案したのち、諦めたように息を吐いた。
「承知した。その条件を呑もう。ただし、達成した際には必ず《たったひとりの英雄》が誰なのかを教えてもらいたい」
「約束する」
こちらの返事にオルティスが満足したように頷いた。
直後、オルティスを押しのけてルグシャラが前のめりになって顔を突き出してくる。
「あのあのぉ~、条件を達成したらおまけでまたあなたと……勝負してもらえませんかぁ? 今度は本気の本気です」
「いいぜ」
「やったぁっ!」
ルグシャラが拳を突き上げて飛びあがる。
喜び方こそ無邪気だが、内容が内容だけにやはり狂気しか感じない。
「では約束の件、くれぐれもよろしく頼む。行くぞ、ルグシャラ」
「えへへ……次はどんな風に攻めようかなぁ。さっきはあっさり負けちゃったけど、次はもっとねっとりじっくり――」
早くも条件達成後の勝負に意識を向け、妄想をはじめるルグシャラ。いっさい動こうとしない彼女を見かね、オルティスが引きずる格好で外へと連れ出していった。
ばたんと閉まったのを機にクララが顔を歪める。
「女の人の聖騎士ってみんなあんな感じなのかな……」
「だとしたら聖騎士なんて名前は変えたほうがいいと思うわ」
ラピスの発言に、うんうんと頷くクララ。
そんな彼女たちをよそに、ルナが心配そうに訊いてくる。
「よかったのアッシュ、もし彼らが昇りきったら教えないといけないんじゃ」
「まあ、問題なく昇るだろ。あいつらなら」
「そう思ってるならどうしてあんな約束……」
「もしものときは親父のことを話せばいい。島を出たばかりだし、言い訳はできるだろ」
「容赦なく身内を売るんだね」
「一人旅に彩りができて親父も喜んでくれるだろ」
そもそもどこにいるかもわからない状態だ。
広い世界の中、ひとりの人間を見つけるのは決して簡単ではない。仮に聖騎士たちがディバルに行きついたとしても間違った方向に話は進まないだろう。
そう確信できるほどにはディバルという人間を信頼している。
「でも、あのオルティスって人はアッシュくんだって確信してるみたいだったけどね」
「やっぱりレオもそう感じたか。でもまぁ――」
アッシュは窓のほうへと視線を向けた。
そこには聖騎士2人が去っていく姿が映っている。
「最悪、見せてもいいかって思ってる」
きっと目にすれば改めるはずだ。
聖戦という言葉に《ラストブレイブ》がどれだけ似合わない力かを――。





