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五つの塔の頂へ  作者: 夜々里 春
【悪鬼螺旋】第一章

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◆第二話『2人の戦士』

「え、なにいまの悲鳴……っ」

「南側の通りからだったわ」

「あそこ、人だかりができてる」


 言って、ルナが南側通りの一画を指差した。

 なにかを囲むように10人ほどが集まっている。

 ただ先ほどの悲鳴もあって、その数はいまも増え続けている。


「行ってみるか」


 昼食の時間で塔から帰還した挑戦者が多いからだろう。

 辿りついたときには30人近くが集まっていた。


 アッシュは仲間とともに回り込む格好で側面から中を覗く。


 騒ぎの中心には、真っ赤な兜つきの鎧に身を包んだ2人の戦士が立っていた。


 ひとりは細身で両手に1本ずつ長剣を握っている。

 もうひとりはいかにも戦士といった厳つい体格だ。

 抜いてはいないが、正統的な長剣を腰に佩いている。

 どちらもジュラル島の装備ではないところからして新人だろうか。


 と、彼らの前にひとりの挑戦者が地に伏していた。


 バンダナを巻いていかにも町のごろつきといった大男。

 彼は《レッドファング》に所属する、クララの元チームメンバー。

 ダリオンだ。


「くそが……っ!」

「弱いですねぇ。弱すぎですねぇ」


 起き上がろうとしたダリオンを、細身の戦士が片足で踏みつけて制した。

 その容赦ない行動からは想像もつかないが、高めの声から察するに中身は女性で間違いないだろう。


 1歩引いて見守っていた厳つい体格の戦士が声をあげる。


「諦めたほうがいい。きみ程度では我々の相手にならない」

「うるせぇ。やられっぱなしでいられるかよ!」


 ダリオンが奮起し、再び起き上がろうとする。

 怪力のダリオンとあってさすがに女戦士も「うわっ」と一瞬だけ片足を持ち上げられていたが、楽しげに両足で飛び乗って勢いよく全体重をかけた。


「ぐはぁっ」

「あははっ、何度やっても同じですよぉ~!」


 ダリオンの上で剣を振り回しながら足踏みをする女戦士。


「あの子、えげつないね」

「声は可愛いのに……」


 ルナとクララがドン引きしている。

 彼女たちだけでなく集まった者たちの多くが顔をしかめていた。


 様子からしてダリオンと女戦士がやりあったことは明らかだが、なぜこのようなことになったのか。誰かに訊こうとしたところ、近くに打ってつけの人物を見つけた。


 ウルの後輩として最近ジュラル島にやってきたばかりの案内人のミルマ――シャオだ。


「こ、こういうときはどどどどうすれば……っ」


 彼女は三角の愛らしい耳を垂らしながらあたふたとしている。苦手な人間に囲まれているが、いまはそれどころではない様子だ。


「あの2人、シャオが案内してる新人か?」

「アッシュさん!」


 まるで救いの神が来たかのような目を向けられた。

 よほど切羽詰っていたらしい。


 シャオは少しだけ平静を取り戻したのか。

 頷いたのち、いまに至った経緯を説明してくれる。


「先ほど中央広場にお連れしたばかりなのですが……いきなりそこの大きな挑戦者さんと手合わせをと。今日はウル先輩がお休みでシャオが任されたのにこれですよ……っ」


 頭を抱えて身を縮こまらせるシャオ。

 話を聞く限りシャオは悪くないどころか完全な被害者だ。


「いつぞやのアッシュくんを思い出すね」


 言って、レオが隣でふっと笑いこぼした。


「俺は自分から攻撃したわけじゃないからな。一緒にしないでくれ」

「たしかに背中に乗ってダンスは踊っていないね」


 島に来た初日、挑戦者の実力をはかるために不特定多数を煽ったことがあったのだが……その相手が奇しくもダリオン、と今回と同じだった。完全な偶然だが、奇妙な繋がりを感じずにはいられなかった。


「ダリオンさんっ!」


 そんな大声とともに3人の男が騒ぎの中に駆け込んできた。


 ひとりは小柄でサーベル持ち。

 もうひとりは細身な体とは不釣合いに大きなハンマー持ち。

 最後のひとりは重装備で身をがっちりと固めた杖持ちのヒーラー。


 彼らはダリオンのチームメンバーだ。

 地に伏したダリオンの姿を見て、怒りをあらわにしている。


「てめぇ、よくもダリオンさんを!」


 サーベル持ちの男が女戦士に飛びかかる。

 ダリオンが「やめろ!」と叫ぶが、声は届いていないようだ。その手に握られたサーベルが女戦士に向けて右手側から振られる。


 とっさに女戦士が身を引きつつ、サーベルに自身の剣を当てる。と、わずかな接触で剣身が折れてしまった。


「あれぇ、折れちゃいました」


 くるくると舞う剣身の先を目で追いながら、女戦士が呑気な声をあげる。


 ジュラル島の装備は、外の装備よりも格段に質が高い。まともに接触すれば外の装備が破壊されるのは必至。この結果をダリオンチームが予想していなかったわけがない。


 サーベル持ちが次なる攻撃へと移り、またハンマー持ちも距離を詰めていた。左右からの挟むような攻撃。武器による受けができない状況下では回避しかない。


 だが、意地でもダリオンの上から退くまいと女戦士は棒立ちしていた。サーベルとハンマーの2つの武器が左右から迫り、ついには接触する――。


 直前、女戦士を包み込むように出現した眩い白光が2つの得物を弾き返した。女戦士の背後にはうっすらと分厚い白銀の鎧を纏った、巨体の騎士が映りこんでいる。


「いひっ、残念で~したぁ~っ!」


 驚愕するサーベル持ちとハンマー持ちの体へと、女戦士が撫でるように残った1本の剣を這わせた。致命傷にはならない絶妙な斬り方だ。さらには蹴りを見舞い、あっという間にダリオンチームの2人を退けてしまう。


「ギィル! ゴスマン!」


 後方で待機していた重装備のヒーラーがすかさず杖をかかげる。が、ヒールがかけられることはなかった。静観していた男戦士がいつの間にか阻むように立っていたのだ。


「たしか杖持ちはヒールを使えるんだったな。それはなんとも厄介だ」

「逃げろ、ラッドォッ!」


 ダリオンが声を上げる中、重装備ヒーラーが反射的に杖で殴りかかる。が、こちらもまた接触することなく白光する膜によって弾かれてしまった。


 うろたえる重装備ヒーラーに男戦士が勢いよく頭突きをかますと、ごんっとひどく鈍い音が鳴った。重装備ヒーラーが1歩2歩とふらついたのち、その場にくず折れて倒れてしまう。


「くそぉっ……!」


 悔しげな声をもらすダリオン。

 女戦士が周囲を睥睨しながら声を張り上げる。


「この島に来る人はみんな強いって聞いてたのに残念です。それともこの人たちが弱いだけですかぁ?」


 ヴァンから聞いた話だが、ダリオンたちのチームは最近50階を突破したらしい。ジュラル島の50階を突破できる力を持っているのは世界で見てもそう多くはない。ゆえに決して弱くはないはずだが……。


 今回は相手が悪すぎた。


「ねえ、アッシュ。さっきの光ってたやつってもしかして」


 ルナが2人の兜つきの戦士を険しい目で見つめながら訊いてきた。


「あれは《ミロの加護》……精霊が常に守護し、使用者が脅威と感じた攻撃を弾く強力な魔法だ」

「やっぱりミロの聖騎士ってことだよね」

「間違いないだろうな」


《ミロの加護》は、神聖王国ミロの聖騎士叙任時に、彼らが崇める神シュラアハより聖王を介して授けられるものだ。ゆえにあの2人が聖騎士であることは疑いようがないだろう。


 しかし、聖騎士がジュラル島に来てまでなぜこんなことをするのか。そうして疑問が頭の中を巡りはじめたとき、女戦士――女聖騎士がしゅんっと肩を落とした。


「これじゃ塔の難度も大したことなさそうですね」


 その大げさな素振りは周囲に集まった挑戦者たちを煽るには充分な効果があったようだ。「調子に乗んじゃねぇ」とあちこちから声が飛びはじめる。


「我々は誰からの勝負も受けるつもりだ。我こそはと思うものはぜひとも挑んできてほしいっ!」


 そうして男聖騎士が周囲の声に勇ましく応じる。

 途端、面白いほどに威勢のいい声が止んだ。


「おい、誰かいけよ」

「無理よ。だってあれミロの聖騎士でしょ」

「それも2人って。きついにもほどがある」

「何人でかかってきても構わない! 自信のある者は名乗り出てくれ!」


 聖騎士たちが有する《ミロの加護》の強さを見たからか、誰一人として前に出ようとしなかった。3大ギルドの幹部たちがいればまた違った光景になったかもしれないが……。


「あ、あたし出ちゃおうかな」


 意外にもクララがそんなことを言い出した。

 元所属のダリオンチームが無残に負けた姿を見て思うところがあったのか。いずれにせよ彼女を送りだすのはあまり気が進まなかった。


「やめとけ。クララに対人は向かない」

「そ、そうかもしれないけど、でもなんか感じ悪いし……あたしじゃ厳しいかもだけど、でも頑張れば――」

「そうじゃない。仮にクララが本気で戦ったら相手が死んじまうって言ってんだ」


 あえて聞こえるように大きな声で言った。

 そのおかげもあって周囲の挑戦者だけでなく聖騎士たちの注目もこちらに向いた。


「こういうのは手加減ってものを知ってる奴がやらないとな」


 言いながら、アッシュは首と肩を軽く回す。

 こちらのやる気満々な姿を見てか、ルナが呆れたように眉尻を下げていた。


「アッシュならそう言う気がしてたよ……」

「舐められっぱなしは面白くないだろ」


 ジュラル島で過ごした期間はまだ2年にも満たないが、それでももっとも高いところまで塔を昇っている。塔の攻略がどれほど難しいかは誰よりも知っているつもりだ。


 島に来た当初は、試しとはいえ挑戦者を煽る側だったが――。

 今回ばかりは挑戦者の名誉を守る側だ。


「ってことでちょっと遊んでくる」

「だったらわたしも――」


 名乗り出ようとしたラピスをアッシュは手で制した。

 勝ち気に笑んで答える。


「いや、ひとりで充分だ」



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書籍版『五つの塔の頂へ』は10月10日に発売です。
もちろん書き下ろしありで随所に補足説明も追加。自信を持ってお届けできる本となりました。
WEB版ともどもどうぞよろしくお願いします!
(公式ページは↓の画像クリックでどうぞ)
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