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五つの塔の頂へ  作者: 夜々里 春
【天の往還】第二章

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◆第七話『景色の流れ』

 翌朝、アッシュはひとり中央広場を歩いていた。


 目的地はウルの家だ。


 一昨日に訪ねたときの様子からして出てきてくれる可能性は低い。だが、だからといってなにもしないという選択肢はなかった。


 それに本日チームの活動は休み。

 最悪一日中でも粘る覚悟はある。


 北側通りを目指して噴水広場を突っ切ろうとしたとき、少し先のベンチに小柄なミルマが座っているのを見つけた。色素の薄い髪に丸まった背中……。


 間違いない。あれはブランだ。

 彼女は足をぶらぶらと揺らしながら噴水をじっと眺めている。


「珍しいな、こんな時間に外にいるなんて」


 そう声をかけながら、アッシュはブランの前に立った。


 早朝に《トットのパン工房》で並ぶ姿を見かけることはある。だが、それ以外はほとんど見ない。いつ買い物をしているのかと思うほどだ。


「あたしがいなくてももう宿は回るからね。こうして暇をつぶしてるのさ」


 いきなり声をかけたというのにブランに驚いた様子はなかった。そればかりかひどく落ちついている。


 このままウルのところに行くつもりだったが……せっかくの機会だ。ブランと少しだけ話したい。


「隣、座らせてもらうぜ」


 そう断りを入れてベンチに腰を下ろした。

 ブランが身をそらし、警戒した素振りを見せる。


「やっぱりあんた、あたしまで狙って――」

「それもありかもな」

「……冗談に乗るんじゃないよ」


 調子が狂ったのか、ブランが困惑気味に顔をそらした。かと思うや、彼女はそこから流れるように周囲の景色を見つめだした。


 深い皺で縁取られたその目はどこか遠いところを見ている。長い年月を生きてきたミルマだ。もしかすると見えている景色が違うのかもしれない。


「島の建物はミルマが造ったって話だけど、やっぱいまと昔じゃ大分違うのか?」

「違うもなにも別物だよ。ほとんどが建て替えや改装してるからね。あの《ベヌスの館》だって何度も改装してるぐらいさ」

「まったく想像がつかないな」


 ずっと昔から変わっていないのでは。

 そう思ってしまうほど中央広場の景色は洗練されている。だが、やはり中央広場にも〝ときの流れ〟はあったのだ。


「いまじゃ挑戦者に人気な《スカトリーゴ》やあんた行きつけの豚の酒場だってまだなかった。ま、島全体で見てもずっと残ってるのは数えるぐらいさ」

「《ブランの止まり木》はそのうちのひとつってわけか」


 あの宿がどれだけのときを生きたかは知らない。

 ただ、あの老朽具合からしておそらく改装も間に挟んでいないだろう。


 ブランは少しだけ寂しげな顔を見せつつ話を続ける。


「建物だけじゃない。人の景色ってのも変わったよ。来るのは血の気の多い奴ばかり。それはもう、あちこちで喧嘩が起こっていたもんさ」


 決して平和な記憶ではない。

 だが、語るブランの顔はどこか誇らしげで楽しそうだ。


「それがアルビオンって奴らが出てきてから減っていってね」

「思想はあれだったが、一応治安の維持には貢献してたからな」

「ただ、ピリピリと張りつめた空気は好きじゃあなかったけどね」

「いまはどうなんだ?」


 そう問いかけると、ブランが再び周りを見はじめた。顔のあちこちに刻まれた皺をいっそう深くし、ふっと柔らかく微笑む。


「悪くはないね」


 言葉だけ見れば手放しで褒められたものではない。ただ、あの素直ではないブランの口から発せられたのだ。間違いなく最大限の賛辞だった。


「変わりはじめたのはあんたが来てからだよ」

「買ってくれるのは嬉しいが、俺にそこまでの影響力はないぜ」

「きっかけってのはいつだって小さなもんさ。あんたから始まって色んな奴が動いた。そして島の空気が変わった。そんなもんだよ」


 ブランからこんな風に言われたことは初めてだ。

 アッシュはにっと笑いながら応じる。


「素直に受け取っとくとするか。俺はブランさんと違って頑固じゃないからな」

「ふんっ、その生意気っぷりだけは相変わらずだね」


 そう悪態で返してきたかと思えば、ブランはすぐに毒気を抜いた。


「けど……あの子がすぐに懐いてたのも頷けるよ」


 ぼそりと呟かれた言葉。

 ブランは付き合いが少ない。

 ウルのことを言っていると気づくのは容易だった。


「なあ、これからウルのところに行くつもりなんだが、一緒に会いにいかないか? ブランさんが来てくれればウルも出てきてくれるかもしれない」

「余計、出てこなくなる気がするけどね」

「わかってるんだろ。どれだけウルがブランさんを慕ってるか」


 ブランがもどかしげに顔を歪めた。

 彼女にとってウルが大切な相手であることは間違いない。

 そしてそれは逆も然りだ。


「……だとしても、あたしの柄じゃないよ」

「柄とかそういうの、気にするときじゃないだろ」

「あたしはこの生き方を貫いてきた。いまさら変えられはしないよ」


 不器用にもほどがある。

 どうにかして説得しようとするが、まるで逃げるようにブランはベンチから立ち上がった。振り返らずに、さらりとその言葉を告げてくる。


「少し早いが、明日には島を出るよ」




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