◆第六話『クゥリと買出し』
「こんなことをしても無駄ですよ」
クゥリが手提げ籠に購入したばかりの食材を入れたかと思うや、牽制するように言い放ってきた。アッシュは目を瞬かせたのち、問い返す。
「無駄ってなにがだ?」
「あなたのよくない噂が耳に入ってきたんです。島一の好色家でたくさんのミルマを手篭めにしている、と」
「……仲良くさせてもらってるのは事実だが、そんな事実はいっさいない」
「そうして油断させて近づくつもりでしょう。ですが、わたしはほかの方のようにはいきません」
やたらと身構えられているが、本当にそんなつもりはない。
アッシュはため息をつき、肩を竦める。
「俺はただ心配なだけだ。ウルもブランさんも……あとクゥリもだ」
「なぜわたしも?」
「なんか必要以上にブランさんを敵視してないか?」
「そんなつもりはありません。わたしはただ環境がよくなるようにと改善を求めているだけです」
言葉こそ丁寧だが、そこにはたしかな苛立ちを感じた。
クゥリが視線をそらし、顔をしかめながら話しはじめる。
「大していい宿でもないのにあんなにこだわるなんて理解できません」
「あそこ、挑戦者には思った以上にいい宿だぜ。少なくとも俺はそう思ってる。いや、俺の仲間もか。こんなこと言うとブランさんに怒られそうだが、飯はすごく美味いわけじゃないし、ベッドだって硬い。けど不思議と落ちつけるんだよな」
初めは安いからという理由で決めた宿だった。
それがいつしか住み慣れ、すっかり定着してしまっていた。新人用という縛りがなければ、もう少しあの宿に世話になっていたかもしれない。
こちらの考えを理解しようしてくれたのか。
クゥリは一瞬だけ思案顔になったが、再び向けてきた顔は厳しいものだった。
「やっぱりわたしにはわかりません。宿がいい状態だったらもっと挑戦者を助けられたはずです」
「そうかもしれないな。ま、それはクゥリ自身がこれからたしかめればいい」
「……言われなくてもそうするつもりです」
不満げにそう言うと、クゥリはすたすたと次の店へと歩を進めた。
◆◆◆◆◆
「……結構な量だな」
「いまさら荷物持ちをやめると言っても聞き入れるつもりはありませんから」
「わかってる。ちゃんと最後まで付き合うつもりだ」
無事に買い物が終わり、帰路についていた。
視界正面には青の塔が天高くそびえている。
中央広場から東側へと抜ける通りを歩く際は、必ず見る光景だ。
ふと遠くからこちら側に向かって歩いてくるひとりの男が見えた。ただそれだけなら気にも留めなかっただろう。だが、なにやら歩き方がおぼつかない感じだった。
「様子が変だな」
そう口にしたときだった。
フラついていた男がまろぶように倒れ込んだ。
どさっと音が聞こえてくる。
アッシュは驚愕するよりも先に駆けだしていた。
男が倒れたのはちょうどブランの止まり木前辺りだ。
辿りついたとき、男はうずくまっていた。
アッシュはかごをそばに置き、男をゆっくりと仰向けにする。
遅れて辿りついたクゥリが、その顔を見て口にする。
「この方、宿泊中の挑戦者です」
見たことのある顔だと思ったが、どうりで。
と、腹部が広範囲に渡って赤く染まっていた。
裂かれた服からえぐられた肌がかすかに覗いている。
かなり深い。
傷跡からしてサハギンの槍か。
すぐに手当てしないと手遅れになるかもしれない。
「こんなになるまでどうして放っといたんだ」
「俺、まだ仲間いねぇから……」
「そいつはしかたないな。クゥリ、扉を開けてくれっ。中に運び込むっ」
「どうしてわたしが――」
「頼むっ」
切羽詰まった空気に呑まれてか。
クゥリは不満そうにしながらも願いを聞き入れてくれた。
なるべく振動が伝わらないようにと注意を払いながら宿へと入る。と、ブランのしかめっ面に迎えられた。
「何事だい、また厄介なこと持ち込んだんじゃないだろうね」
「深手を負ってる! ブランさん、手を貸してくれっ」
運び入れた挑戦者を見た途端、ブランの目の色が変わった。彼女は受付から居間に出てくると、テーブルや椅子を荒々しくどかしはじめた。
「一旦ここに置きな。あんまり揺らすんじゃないよ。あと服も脱がしちまいな」
言われたとおりに寝かしたのち、男の上着を脱がしはじめる。その最中、入り口で待機中のクゥリへと、ブランが声を張り上げた。
「なにぼうっと突っ立ってるんだい。あんたも動くんだよ」
「ですが、これはミルマの仕事では」
「仕事かどうかなんてどうでもいいんだよ。ひとまずあんたは湯を沸かしな」
有無を言わさないブランの声に気圧されてか。
クゥリが返事をしないまま奥へと入っていく。
そんな様子を横目で見つつ、アッシュは男の上着を脱がした。
傷が思った以上に深い。
これはヒールなしでは命を落とすかもしれない。
「ブランさん、少しの間頼む」
「頼むって、あんたどこいく気だい?」
「ヒールを使える挑戦者を探してくる!」
夕刻前後に塔から帰還する挑戦者は多い。
中央広場に出ればきっと誰かいるはずだ。
そう確信しつつ、アッシュは宿の外へと飛びだした。
◆◆◆◆◆
男に刻まれた傷がみるみるうちに収まり、あっという間にふさがった。ヒールをかけおえたばかりの彼女へと、アッシュは礼を告げる。
「ありがとな、オルヴィ」
偶然にも中央広場で最初に出会ったオルヴィに協力を頼んだところ二つ返事で了承。ついてきてもらったというわけだった。
「お礼は必要ありません。なにしろアッシュさんとわたくしは……」
頬を赤らめながら、ちらちらと思わせぶりな視線を向けてくるオルヴィ。その言葉の続きを予想するのは極めて容易だったが、あえて無視することにした。
男がわずかに気力を取り戻したようだ。
まぶたを震わせながら開けた目をブランへと向ける。
「悪いな、ブランさん」
「もちろん費用はきっちり上乗せするからね」
「相変わらずきっちりしてんなぁ」
ふんっとブランが鼻を鳴らし、再び定位置の受付に戻っていく。そんなブランの姿を見ながら男が力なく笑うと、今度はクゥリのほうを見やった。
「新人のあんたも、ありがとな」
「わたしはべつに大したことは……」
手際よく介抱したブランと自分を比べているのか。自ら進んで助けようとしなかったにもかかわらず礼を言われたからか。あるいは両方か。
クゥリは目をそらすと、ばつが悪そうにしていた。
「俺、帰ってこれたんだな……」
その言葉を最後に男は目をつぶった。
少ししてから静かな寝息が聞こえてくる。
安堵からおそらく気を抜いてしまったのだろう。
ジュラル島の宿は多くの挑戦者にとって家であり、帰る場所だ。そして命を落とす危険のある塔で戦っているからこそ、余計にその存在のありがたみを感じることが多い。
そうして醸成された挑戦者たちの思いが〝ブランの止まり木〟にはたくさん染みついている。
「……やっぱりわかりません」
クゥリが男を見つめながらぼそりとこぼした。
その言葉がなにに対してなのかははっきりとはわからない。ただ、心が冷たい者が見せるような顔でないことはたしかだった。





