◆第一話『朝の再会』
早朝のひんやりとした空気は好きだった。
わずかに残った眠気も吹き飛ぶし、なにより朝陽をより心地良く感じられるからだ。ただ、そうでない者もいることを知っていた。
アッシュは呆れつつ隣へと目を向ける。
と、ラピスに手を引かれる格好でだらだらと歩くクララの姿が映りこんだ。
「ね、ねもいです……」
「ほら、しゃっきとしないと転ぶわよ」
「うん~……」
一見して姉と妹といった様子で微笑ましく思える。
ただこの光景、残念ながらほぼ毎朝目にしていた。
ゆえに、またかという感想しかない。
「あんまり遅いと担いでくぞ」
「そ、それは恥ずかしいからやだ」
「だったらちゃんと歩け」
「は~い」
クララが目をごしごしと拭いながら歩調を速めた。
姿勢は悪いままだが、自分の足だけで歩くようになっただけマシと思うしかない。
「彼女、心配ね」
唐突にラピスがそう口にした。
一瞬、クララのことかと思ったが、すぐに違うとわかった。おそらくラピスの指す〝彼女〟とはウルのことだ。
「ああ、かなり慕ってる相手だからな」
「これからもずっと一緒にって言ったところなのに……あんまりだわ」
昨晩、《ブランの止まり木》で開いた誕生日会。そこに突然やってきた新人のミルマ――クゥリによって〝ブランがあちらの世界に帰ることになった〟と告げられた。
そこからのウルの取り乱し方は普段からは考えられないようなものだった。急いでブランに確認し、それが真実であると知った途端に青ざめ、ついには宿から走って出ていってしまったのだ。
当然ながら誕生日会はお開きとなり解散。
楽しい空気から一転してその場に残ったのはひどく重い空気だけだった。
クララが遅れ気味だった歩調を合わせ、隣に並んだ。
寝癖のついた髪を手櫛でときながら覗き込んでくる。
「でも、帰るだけなんでしょ? ミルマが元いたところっていうのがわからないけど、ウルさんも戻ればまた会えるんじゃ」
「そう簡単に会えるなら、ウルもあそこまで過剰に反応しないだろ」
「つまりそういうことなんでしょうね」
ラピスが強調するように続けた。
一度ジュラル島に来れば任期が終わるまでは戻ることができない。そういった風にもとれるが……ミルマは神の使いだ。おそらく意味的には〝神の御許へ還る〟といったものが正しいのだろう。
さすがのクララも答えに至ったか、ばつが悪そうな顔で口をつぐんでしまった。言わば、人間で言うところの〝死〟とも捉えられることだ。その反応はなにもおかしくない。
アッシュはただ無言でクララの頭に手を置いた。
話しているうちに密林地帯が終わり、中央広場へと出た。目的地の《トットのパン工房》を見やると、すでに20人近くが列を作っている。
「今日も並んでるな」
「あれって昨日の……」
ラピスが目を細めながら言った。
その視線を辿った先、クゥリが列の先頭でちょうどパンを受け取っているところだった。ぎっしりとパンが詰め込まれた手提げ籠を持ち、彼女は列を離れて歩いていく。
「ちょっと話しかけてみるか」
「本気……?」
「すごくきつそうな人だったけど大丈夫かな」
「昨日あんまり話せなかったし、ちょうどいいだろ」
ラピスもクララも気乗りしないようだったが、アッシュは構わずクゥリのもとへと向かった。
「よ、昨日ぶりだな」
「あなた方は宿にいた……」
クゥリがこちらに振り向くなり、きょとんとしていた。
昨日はほとんど空気のように扱われていたと感じたが、どうやら存在は認められていたらしい。
「アッシュだ。こっちはラピスで、そっちがクララ」
「よろしく」
「よ、よろしく……です」
「こちらこそよろしくお願いいたします」
クゥリは手提げ籠を傾けず丁寧に頭を下げた。
それからゆっくりと顔を上げたのち、思案顔になる。
「アッシュにラピス、クララ……ではあなた方が」
「ん、もしかして誰かから聞いてるのか?」
「はい。現在、もっとも頂に近いチームの挑戦者だと聞いています」
その言葉を聞いた途端、クララが少しだけ得意気に胸を張った。そんなクララへとクゥリがひどく冷めた目を向けながら言う。
「ただ、まるで覇気がありませんね」
「あぐっ」
クララが面白いほど顔を歪めた。
アッシュは苦笑しつつ擁護する。
「それに関しては反論のしようがないな。けど、魔物相手でもないのに気を張る必要はないだろ? それともミルマは俺たちの敵なのか?」
「……そうですね。わたしが間違っていました。お詫びします」
あっさりと非を認めたうえに頭を下げてきた。
堅苦しくて冷酷な印象が強かったが、どうやら根は素直なようだ。ほんのわずかに親近感を覚えつつ、アッシュは彼女の持った手提げ籠に目を向けた。
「にしても昨日の今日で早速おつかいとはな」
「円滑に引き継げるよう彼女から流れを学んでいるところです」
「偉いな」
「決められていることですので。本音では無駄としか思っていませんが」
さらりと放たれた猛毒ともとれる言葉。
一転して雲行きが怪しくなってきた。
「無駄ってことはないだろ。ブランさんの代わりにあそこを任されるんだろ」
「わたしはわたしのやり方でするつもりですから。……あの、そろそろよろしいでしょうか。朝食の用意まであまり時間がないので」
「あ、ああ。悪いな、引きとめちまって」
「いえ。それでは」
クゥリが一礼し、足早に歩きだした。
仲良くなる、なんて選択肢がまるでなさそうな対応だ。
「あたし、あの子苦手かも……」
「わたしも同意見だわ」
去っていくクゥリの背を見送りながら、クララとラピスが言った。
個人的には2人と同じ意見だ。
ただ、どこか放っておけないような気がしてならなかった。
同じ新人のシャオ同様にあどけない顔や小柄な体型もあってか、幼い子どもが持つ危うさのようなものを感じているのかもしれない。
とはいえ、肝心の本人があの調子だ。
今後、彼女と関わる機会はほとんどないだろう。いや、彼女だけでなく《ブランの止まり木》に訪れることも少なくなるかもしれない。
「……列、並ぶか」
アッシュはわずかな物寂しさを感じながら、クゥリの背中を視界から外した。





