◆第十三話『光は空へ』
ジャックオーランタンの討伐時間が終わり、参加者の多くが浜辺に戻ってきた。
あまり強くない敵だったこともあって疲労はほとんど見て取れない。むしろ多くの交換石や属性石がとれたこともあり、あちこちで会話が弾んでいる。
「みんな何個取れたー? あたしとルナさんは合わせて73個!」
「多いね。僕は22個だったよ」
「わたしは31個だったわ」
仲間たちが集めたパンプキンソウルの数を言い合っていた。
ルナが「アッシュは?」とこちらにも振ってくる。アッシュは自身の特殊ガマルを掴み、腹の数字を確認する。
「俺は113個だ」
「す、すごいね。後衛のほうが有利だと思ってたけど……普通に狩って集めたの?」
「黒の塔前の濃霧地帯だと出現率が高かったからそこで狩って、あとはでかい奴がいたからそれをひとりで狩っただけだ」
「レア種みたいなかんじ?」
クララが首を傾げながら訊いてきた、そのとき。
「そうそう、まさにそんな感じだったよっ」
威勢のいい声とともにマキナが近寄ってきた。
なにやら興奮気味なうえに得意気な顔だ。
クララが興味津々といった様子で問いかける。
「マキナさん、アッシュくんが戦ってるとこ見てたの?」
「うん、もうばっちりね。何十人もの挑戦者が近づけずに見てるだけしかないってぐらい強い相手だったのにひとりで倒しちゃって! もうほんとすごかったよ!」
「おぉ、さすがだっ」
誇張が入っているわけではないが、マキナの力強い声もあってなんだかむず痒い。気のせいか周囲からも視線を感じる。
「くっ……見たかったわ」
ラピスがなぜか恨めしげな目を向けてきた。
そんな光景を見てか、ルナとレオが意味ありげに微笑んでくる。
なんと居心地の悪い空間か。
「アッシュ。すべてとはいかなかったが、集めた分だ」
そう声をかけてきたロウが特殊ガマルを渡してきた。
パンプキンソウルを売ってほしい、と開始前に話していた約束を守ってくれたようだ。アッシュは受け取った特殊ガマルの腹を確認する。
「悪いな。538個……充分だ。言い値で買うぜ」
「なら1個50ジュリー。おまけして500個換算の25000ジュリーでどうだ?」
「買いだ。良心的だな」
「もともとあってないようなものだからな」
通常のガマルを出し、ロウにジュリーを支払った。
これで仲間の所持の分とあわせれば、少なくなることはないだろう。そうしてロウとの取引を終えたとき、仲間たちの声が聞こえてきた。
「これ、いつ投げればいいのかな?」
「終わったあとって言ってたし、もういいんじゃないの?」
「ミルマから合図がありそうだけど」
「試しに投げてみる?」
みな、いまかいまかと開始を待ち望んでいるようだ。
周囲を見れば、ほかの参加者たちもうずうずしながらタイミングを見計らっている。
このまま個別にパンプキンソウルを空に投げ、ランタンとして浮かせても問題ないのだろう。ただ全員一斉に投げたほうが壮観な光景になることは間違いない。
ミルマからの合図はないのか、と運営のほうを確認する。と、あたふたとするシャオが目に入った。そばではウルが不安げな顔できょろきょろしている。
なにか問題でも起きたのだろうか。
アッシュは急いでウルのもとへと駆け寄った。
「ウル、なにかあったのか?」
「アッシュさん。それが……ブランさんがまだ来てなくて」
「声はかけたんだよな?」
「はい。ただあまり乗り気ではなかったので……」
「こういう騒がしいところは苦手そうだもんな」
「しかたありません、みなさんをお待たせするわけにはいきませんし」
ウルが力なく笑って参加者のほうへと歩みだした、そのとき。そばで聞いていたシャオが行く手を阻むように割り込んだ。
「で、でもウル先輩、ブランさんに見せたいって楽しみにしてたじゃないですかっ」
「違った形でもお祝いはできますから」
微笑みかけながらシャオの頭を撫でて諭すウル。
挑戦者を第一に考える彼女らしい決断だ。そんな彼女だからいつも応援したい気持ちに駆られたが、今回ばかりは賛同しかねる。
アッシュは「待った」と制止の声を放った。
「制限時間みたいなのはあるのか?」
「そういったものはとくに。ただ、本日に限って機能するものなので……」
「わかった。それだけわかればいい」
「あの、アッシュさん?」
ウルが目をぱちくりとさせながら怪訝な顔をする中、アッシュは参加者のほうへ体を向けた。辺りに行き届くように声を張り上げる。
「みんな聞いてくれ! 頼みがある!」
◆◆◆◆◆
アッシュは勢いよく《ブランの止まり木》の扉を開け放った。
ちょうど宿泊中の挑戦者たちが夕食を終えたところだったのか。テーブルを拭いているブランの姿が飛び込んできた。
彼女はこちらを見るなり目を瞬かせた。
「な、なんだい騒がしいね。また厄介ごとでも持ってきたんじゃ――」
「ブランさん、いますぐに俺と一緒に来てくれ」
「……若い女じゃ飽き足らず、まさかこんなババアにも手を出そうとはね」
「ウルから誘われただろ」
そう端的に要件を伝えたところ、ブランが途端にため息をついた。仕上げとばかりにテーブルをさっと拭き、台所のほうへと向かっていく。
「なんだ、その話かい。行くつもりはないって答えたはずだけどね」
「ウルは楽しみにしてたんだ。ブランさんに見てほしいって」
「こんな歳のミルマが行くようなところじゃないだろう」
「頼む」
ブランの頑固さはよく知っている。ゆえに上手い言葉で説得するよりも、短い言葉で語ったほうがよっぽど効果的だと思った。
こちらの真剣さが伝わったか、ブランが諦めたように息をついた。
「わかったよ。このまま居座られてちゃうるさくてかなわないからね。いまから屋上に上がって見る。それでいいだろう?」
「いや、ウルはブランさんと一緒に見たいって言ってたんだ」
「そんなこと言っても、もういつ上がってもおかしくない時間だろう」
「時間のほうは心配ない。ただ、みんなには待ってもらってるからできるだけ急ぎたい」
アッシュはブランに歩み寄ると、その丸まり気味な背中へと手を回した。右腕を首に、左腕を膝へと当て彼女を後ろ側へと倒して持ち上げる。
「ちょ、ちょっとなにをするんだい!」
「頑固で素直じゃないミルマを連れてくにはこれしかないだろ」
「だからといってこんな抱き方をする奴があるか! いますぐに下ろしな!」
「断る! 全力で走るからしっかり掴まっててくれよ!」
「ひぃっ」
持ち上げてからずっと暴れていたブランだが、通りへと出て走りだした瞬間から大人しくなった。というよりしがみついてきたところを見るに怯えていただけかもしれないが。
走りやすくなったこともあったり、さらに加速して中央広場を駆け抜けていく。途中、すれ違う挑戦者やミルマから奇異の目を向けられたが、すべて無視した。
浜辺へと繋がる密林地帯へと入ってから間もなくのこと。ブランが嘆息しつつ、悪態を放ってきた。
「……ほんと生意気だね。こんなことをしてくる奴は初めてだよ」
「昔はモテてたんだろ? これぐらい当たり前じゃなかったのか?」
「ふんっ、嘘に決まってるだろう。こんな性格の悪いババアを見てわからんのかい」
「たとえそうだとしても……ブランさんのことが大好きな奴はいるってこと、忘れたらだめだぜ」
それが誰なのかはブラン自身がよくわかっているはずだ。
「もうすぐだ」
漂ってくる海の匂いと風。
さらに前方には密林地帯の終わりも見えていた。
アッシュはさらに足を速め、一気に浜辺へと飛びだした。
――瞬間。
星以外に彩るものはなかった黒い空へと、多くの光が舞い上がった。
挑戦者によって次々に放り投げられたパンプキンソウルが水しぶきのような燐光を散らし、片手で持てる程度のランタンへと変貌。ふわりと緩やかに天へと昇っていく。
集まった挑戦者に事情をすべて話したうえで頼んだ。
ブランを連れて戻ってきたとき、一斉に放り投げてほしい、と。
その願いを多くの挑戦者が聞き入れてくれたのだ。
仲間内だけでは決して到達できなかった数のランタンが空へと上がっている。すでに1000個は優に越えているだろう。にもかかわらず、いまもなお新しいランタンが生まれている。
これほど幻想的な光景は見るのは初めてだ。
興味がなさそうに振舞っていたブランもさすがに目を奪われているようだった。言葉を失ったようにぽかんと口を開け、ただただランタンたちを望んでいる。
と、正面から静かな足音が迫ってきた。
視線を落とすと、ウルと目が合った。彼女から頭を下げられる中、アッシュはブランを下ろし、そっと離れた。
ばつが悪そうにするブランへとウルが微笑みかける。
「来てくれてありがとうございます、ブランさん」
「無理矢理連れてこられたんだけどね」
「それでもウルは一緒に見られて嬉しいです」
「……ふんっ」
相変わらずの素直ではない言動だ。
ただ、まんざらでもない様子でブランの口元はかすかに緩んでいた。
「ブランさん、どうぞ」
ウルがリボンつきの小さな木箱を差し出した。
受け取ったブランが訝るように木箱をひっくり返して裏面を確認する。
「なんだい、これは?」
「開けてみてください」
促されるがままブランが木箱に巻きつけられたリボンを解き、蓋を開ける。中に入っていたのは緑の花弁が特徴的な花のブローチだった。
「……ブローチ?」
「はい、ウルからのプレゼントですっ」
派手な見た目ではなく落ちついたものだ。
いまのブランがつけてもきっと似合うだろう。
「ブランさん、お誕生日おめでとうございますっ。これからも元気でいてください。そして、ずっとず~っとウルと一緒にいてくださいっ」
ウルの無垢な笑みに似合った純真な願いの前では、さすがのブランも笑みをこぼさずにはいられなかったようだ。まるで娘を見るような慈しみに溢れた目をしている。
ただ――。
月と星と。
そしてランタンの光で彩られたブランの瞳の奥は、どこか遠くを見つめているようだった。
◆◆◆◆◆
「ほんと綺麗だったねー」
「はいっ。来年もあの光景が見られると思うと、毎日がうきうきですっ」
ペポン収穫祭の終了後、アッシュはウル含む仲間とともに《ブランの止まり木》に転がり込んでいた。
「なにしれっと入ってきてるんだい。さっさと帰りなっ」
「今日ぐらいいいだろ。準備もこっちでするし、片付けもする。ブランさんはただ座っててくれりゃそれでいい」
「そういう問題じゃなくてねっ」
抵抗するブランを椅子に座らせたのち、アッシュは通りへと戻る。
そこにはレオが押してきた荷車が止まっていた。
積まれているのは脇で抱えられる程度の小型酒樽だ。
ほかにも幾つかの飲食物が積まれている。
ブランの誕生日会ということで当初からこっそり計画し、準備していたものだ。それらを下ろしては中へと運び入れていく。
2階の部屋で宿泊中の挑戦者たちが廊下に出てきた。
なんだなんだ、と手すり越しに下を覗いてくる。
アッシュは酒樽を持ち上げながら言う。
「おう、騒がしくして悪いな。ブランさんの誕生日ってことでこれから飲むんだが、よかったら一緒にどうだ? もちろん費用はこっち持ちだ」
「まじかよ!」
「っしゃ!」
最初は鬱陶しそうな顔をしていたものの、タダで酒が飲めると聞いた途端に階段から駆け下りてきた。そんな中、ルナがひとり台所のほうへと向かっていく。
「ボクはなにか軽いものでも作るよ」
「あ、じゃあウルも手伝いますっ」
「ウルさんは座ってブランさんの話し相手しててっ。あたしが手伝うし!」
クララがウルを制して代わりに台所へと入った。
そんなやり取りを横目に見つつ、アッシュはそばに立つラピスへと視線を向ける。
「大丈夫。我慢するから」
言いつつ、ラピスが無表情で席についた。
ただ、こっそりと手に拳を作っていたのは言うまでもない。
飲食物の運び入れが終わったようでレオが扉を閉めた。
途端、張り切ったように肩を回しはじめる。
「それじゃ僕は盛り上げ隊長を務めるとするかな」
「脱ぐの以外で楽しませてくれ」
「そ、それは10等級並みの難度だね……」
まるで共感できない難度だ。
そうしてレオへの呆れとともに始まったブランの誕生日会。多くが酒を飲んで騒がしい男たちの声で満ちていたが、間を縫うように女性陣の声でも彩られていた。
ブランが主役とあってか、彼女の嘘か本当かわからない過去の男性経験が掘り下げられているようだった。話すうちに気分が乗ってきたか、ブランもまんざらでもない様子で饒舌に語っている。いままでにないほど顔も綻んで楽しそうだ。
ふと視線が合ったウルと微笑みあって成功を噛みしめる。本日はブランだけでなく、ウルにとっても忘れられない一日になったに違いない。
そう思いながら酒を煽ったとき――。
ぎぃ、と扉が開けられた。
入ってきたのは初めて見るミルマだった。
腰辺りまで真っ直ぐに流れた艶やかな髪が特徴的だ。
切り揃えられた前髪の下には切れ長の目が覗いている。怜悧な印象を受けるが、シャオ同様にあどけなさもわずかに残っている。胸の膨らみもほとんどない。
どうやらウルも初対面だったらしい。
立ち上がって首を傾げながら問いかける。
「新人さんですか?」
「はい、本日からここで働くことになりました、クゥリです」
「ここで、ですか。ではブランさんのお手伝いさんということですねっ」
「あなたはなにを言っているのですか? この規模の宿を2人で運営するのはあまりに非効率でしょう」
「……え、でも」
「まだ言っていなかったのですか?」
混乱するウルをよそに、クゥリと名乗ったミルマがブランに視線を向けた。うろたえたように目をそらしたブランを見て、クゥリの目が鋭さを増す。
「そうですか、ではわたしからお話ししますね」
「ちょっと待ちなっ! この子にはあたしから――」
ブランが止めに入ろうとするが、構うことなくクゥリが話を続けた。
「約10日後。彼女――ブランはあちらの世界に帰ることになりました」





