◆第十二話『ペポン収穫祭③』
濃霧地帯から離れ、島の北西端が見えてきた頃。
それの姿もくっきりと確認できるようになった。
話に聞いたとおり巨大なジャックオーランタンだ。
全高は塔で言えば2階相当とこれまでとは比べものにならない。
また例にもれず浮いているため、見た目以上に高く見える。
巨大ジャックオーランタンの前には多くの挑戦者が集まっていた。ざっと見ても40人近くはいるだろうか。ただ、誰ひとりとして挑む気配はなく、距離をとって待機している状態だ。
彼らの近くまで来たところ、先に到着していたマキナが駆け寄ってきた。
「やっぱアシュたんも来たんだ」
「ああ、どんなものか気になってな。にしてもなんで誰も仕掛けないんだ?」
「なんか近づいたらやばい攻撃くるんだって」
「魔法とか矢もダメなのか?」
「それは聞いてないけど、誰も撃ってないしダメなんじゃない?」
マキナがそう言ったのとほぼ同時、少し離れたところでひとりの魔術師が《フレイムバースト》を放った。大きさ的に6等級前後といったところか。
勢いともに威力充分だが、対象の口から飛び出てきた小さなジャックオーランタンに突撃をかまされ、本体に届くことなくその場で爆発してしまった。仲間と思われる弓使いの矢も続けて放たれていたが、こちらもあえなく迎撃されてしまう。
「うん、ダメだったね」
マキナが眉尻を下げながら乾いた笑みを浮かべた。
対象の防御能力を改めて目にし、ほかの挑戦者たちもうろたえている。
幸いなのは対象が追撃をしかけてこないことだ。
あれなら接近した場合の迎撃手段を知るのは簡単だ。
アッシュは長剣を抜き、腰を深く落とす。
「とりあえず誰も行かないなら俺が狩っても問題ないよな」
「えっ、アシュたんまじでいくのっ」
マキナが驚く中、アッシュはひとり駆けだした。
「アッシュだ! アッシュが来たぞ!」
「嘘だろ、あいつひとりで行く気か!?」
「いくらアッシュでも無謀だろ……っ」
集まった挑戦者たちが一気にざわつきはじめる。
この機に乗じて誰かが加わるかもしれないと思っていたが、どうやら静観するようだ。こちらとしては腕試し気分で挑んでいるので正直ありがたい状況だった。
どの程度接近すれば迎撃されるのかと思った矢先、対象のローブの下から数えきれないほどのなにかが飛び出てきた。通常のジャックオーランタンの頭部とまったく同じ――ペポンだ。どれも橙色に眩く光っている。
それらは飛び跳ねながら全方位に向かっていく。どう見ても触ればまずいものだということはわかる。とはいえ避けながら進むには隙間が狭すぎて現実的ではない。
アッシュは早々に急停止し、飛び退いた。直後、先ほど一定の距離まで詰めてきていたペポンがカッと閃光を放ったのちに爆発した。小規模だが、なかなかの威力だ。
レオなら可能かもしれないが、あの爆発を受けながら進むのは難しいだろう。
どのペポンも挑戦者との距離が縮まらなくとも、地面に3度接触したあとに爆発していた。ただ、次々に追加で投下されているため、ペポンの波が切れるのを待って進むことはできないようだ。
どうすればあの爆発をやり過ごして対象に接近できるか。
試しに属性攻撃を放ってみるが、バシンッと音をたてて弾かれてしまった。無効化が適用されているようだ。ならば、とあえてその場に踏みとどまり、接近と同時に光りだしたペポンを斬った。
即座に爆発にそなえ、属性障壁を展開しつつ後退する。が、先ほど斬ったペポンは爆発することなく浮いたまま消滅した。どうやら近接攻撃であれば爆発させることなく処理できるようだ。
これならいけるか、と思った瞬間、幾つものペポンが接近していた。悠長に留まる暇は与えてくれないらしい。慌てて後退し、もとの場所まで戻ってきた。ほぼ同時、対象から投下されるペポンも止んだ。
どうやらほかの挑戦者たちが立っている場所のすぐそばが敵対される境界線のようだ。
「さすがにアッシュでも無理だったか!」
「やめとけやめとけ! あれは大人数で討伐するもんだ!」
あちこちから荒々しい声が飛んでくる。
多くの者が失敗して当然だとばかりに嘲笑していた。
ただひとりマキナが心配そうな顔を向けてくる。
「アシュたん、わたしも危ないからやめたほうがいいと思うんだけど……」
「いや、大体わかったからたぶんもういける」
「え、うそぉっ!?」
マキナが驚愕する中、アッシュはふたたび境界線を越えた。敵からまたも大量のペポンが投下され、飛び跳ねながら勢いよく向かってくる。数は多いが、ひとつひとつの動きはあまり速くない。いや、むしろ遅いと感じるぐらいだ。
アッシュは強く地を蹴り、さらに加速。大量のペポンの中へと突っ込んだ。距離が詰まったペポンから眩い光を発しはじめるが、それが閃光となることはない。すべてを光りだした直後に斬り、処理していく。
「やべぇ……なんだあいつ」
「け、剣筋がまるで見えねえ……」
「冗談だろ、本当に同じ人間なのか!?」
「アシュたん、すぎょい……っ!」
足を留めれば一気に呑み込まれるが、逆に足を留めなければ呑み込まれる気はしなかった。次々に押し寄せるペポンを以降も難なくやり過ごし、ついに対象の足下付近まで辿りついた。
近接攻撃をしかけたいところだが、あまりに遠すぎる。瞬時に属性攻撃を繰り出す。足下とあって距離が近いからか、繰り出してから小型に阻まれることなく本体の頭部に当てることができた。
ただ、迎撃できずとも向かってきた遠距離攻撃に対しては変わらず小型が生成されるようだ。少し遅れて口から飛び出てきた1体の小型が猛然と向かってくる。アッシュはいまもなお周囲から迫りくるペポンを処理しつつ小型の突撃を躱した。
どんっと地面を軽く穿ったのちに消滅していく。
こちらも爆発同様、当たればただではすまなさそうだ。
その後も隙を見つけては属性攻撃を放つ。が、そのたびに小型が発射され、こちらに向かってくる。大したことはないが、鬱陶しいことこのうえない。
一気に攻撃をしかけたいが、なにか手はないか。
そう考えだした瞬間、10等級の特殊攻撃のことを思い出した。
「試しに使ってみるか……っ!」
ペポンを躱しつつ、すぐさま虚空に3つの属性攻撃を生成。一振りですべてを斬るように振れ、ストックした3発の属性攻撃を一度に放った。
それらは通常の属性攻撃と同様に対象頭部に命中する。と、遅れて小型がまた射出されてきた。ただその数は1体のみ。どうやら3発ストックした分は1発分と数えられるようだ。
「ははっ、こりゃいい!」
再び隙を見つけてはストックを生成。3発同時に放った属性攻撃を敵に当てたところ、対象が低い唸り声をもらした。両目の穴から血のように赤い光を発すると、そこから大量の小型を生成しはじめた。
おそらく100体は下らない。
滝のようになだれ込んできたそれらは、こちらへと一直線に向かってくる。
「さすがにこれは多いな……っ」
このまま突撃されればさすがに処理しきるのは難しい。
ちらりと剣身を見やる。すでに煌きは最大に達し、いつでも《ソードオブブレイブ》を放てる状態だ。あとはどう対象本体に接近し、当てるかだが――。
アッシュはいち早く突撃してきた小型ジャックオーランタンの頭に飛び乗った。足は――沈まない。
「っしっ」
足場として機能する。
それがわかれば充分だった。
アッシュは衝突しそうなものから排除しつつ、押し寄せる小型に飛び乗っては高さを稼いだ。やがて本体に飛び乗るなり、その頭頂部に剣を突き刺した。大量の小型に追われながら駆け抜け、後頭部へと回り込む。
「――これでッ、終わりだッ!」
滑り落ちながら《ソードオブブレイブ》を発動し、一気に斬り裂いた。大きく開いた本体頭部の裂け目から赤い光が勢いよくもれたのと同時、辺りに大量発生した取り巻きもろとも大型ジャックオーランタンは消滅した。
獣の遠吠えよりもさらに低い唸り声が響いたのち、訪れた静寂。ぼとぼとと大量の交換石や属性石。そしてパンプキンソウルが地面に転がる。
「嘘だろ……俺たちが束になっても勝てなかったってのに」
「ひ、ひとりで倒しちまいやがった……!」
「これが10等級の挑戦者……!」
周囲で観戦していた挑戦者たちが総じてぽかんと口を開けていた。
ただ大きいだけでシヴァに比べればあまり脅威を感じない相手だった。とはいえ、島に来た当初だったなら間違いなく苦戦していただろう。
アッシュはわずかな物足りなさを感じながら、長剣を鞘に収めた。目を瞑って息をついたのち、再びまぶたを持ち上げる。と、視界の中に大剣を担いだ女性挑戦者が映りこんだ。
ソレイユのマスターであるヴァネッサだ。
「強いのがいるっていうから駆けつけてみれば……」
「悪いな、先に倒させてもらったぜ」
「見てたからわかるよ。で、さっきのがあんたの本気かい、アッシュ」
「どうだろうな。俺はまだまだいけると思ってるぜ」
「ったく思ってた以上だよ」
言いながら、ヴァネッサが呆れたような笑みをこぼした、その瞬間――。
終了の合図と思しきおどろおどろしい声が島中に響き渡った。





