◆第六話『4つの手』
「結局、誰も見つけられませんでしたね」
てくてくと隣を歩くシャオがそうこぼす。
正午を迎え、先ほど《ブランの止まり木》を出たところだった。
「ま、口説くのが得意でこの島に来てるわけじゃないだろうからな」
「ともかくあれで大人しくなってくれたので一件落着です……!」
両手に拳を作って、誇らしげに得意気な顔を見せるシャオ。
正確には大人しくというより単純に落ち込んでいた男たちだが……自分たちの真なる問題を目の当たりしたからか。どうすれば恋人を作れるか、という議題のもと彼らは結束。結果的に揉め事がなくなったという形だった。
これを機に変な噂も消滅してくれたらこちらとしては願ったり叶ったりだ。
「それにしてもシャオちゃん、初めはあれだけ警戒していたのに、もうすっかりアッシュさんに慣れましたね」
嬉しそうな声でそう言ったのは少し後ろを歩いていたウルだ。
はっとなったシャオが素早い動きで距離をとった。かと思うや、また近づいてくる。こちらの顔をちらちらと窺ったのち、横腹辺りを右手の人差し指でツンツンと何度もつついてくる。
「たしかに……もうイケるかもです」
「くすぐったいからもう終わりだ」
やめる気配がなかったのでシャオの右手を掴んだ。
直後、「ほぁっ」とおかしな声をあげられたので即座に離した。シャオがまるで抱きしめるように左手で右手を撫でながら、ほのかに赤らんだ顔を向けてくる。
「さすが……先輩を虜にした人間の男ですね」
「シャオちゃん~っ」
顔を真っ赤にしたウルが慌ててシャオをいさめる。
もはや定番となった光景を横目に見つつ、陽の位置を確認する。
「そろそろ時間だな」
「あ、少し待っていただけますかっ。お渡ししようと思っていたものがあったんです。本日から解禁となる情報なのですが……これ、どうぞです」
ウルがポーチから丸められた一枚の紙を取り出し、渡してきた。早速開いてみると、なにやら指名手配書のごとく中央にでかい絵が描かれていた。
丸みのある橙色の顔に紫のローブで身を包んだ足のないナニカだ。ほかには絵を彩るように周囲には幾つかの文字が書かれている。
アッシュはもっとも大きな言葉を拾って読み上げる。
「……ペポン収穫祭? なんだこれ?」
「ペポンと呼ばれる野菜を使ったおばけさん――ジャックオーランタンが5日後の夜、ジュラル島全域に出没するので、それを挑戦者のみなさんに倒していただく、というお祭りですっ」
ウルが声を弾ませて説明してくれた。
紙の下のほうには興味深いものが書かれている。
「倒せば交換石と属性石が手に入るのか」
「はい、大きさに応じて報酬も変化します」
「まさか10等級も出るのか?」
「いえ、交換石は8等級までですね」
「さすがに甘くはないか。っても8等級でも充分金策になるな」
現状、欲しいものはほぼ自力で入手しなければならないが、属性石だけはいくらあっても困らない。今回の《ペポン収穫祭》とやらでは使わない交換石を売り、属性石を購入することになりそうだ。
「な、なんだって……その話は本当なのか……?」
ふいに後ろから弱々しい声が聞こえてきた。
シャオが素早くウルの背に隠れる中、アッシュは振り返る。
と、そこに立っていたのはシャオよりもさらに小さな挑戦者――キノッツだった。なにやら彼女はこちらを見ながら放心したように立ち尽くしている。
「キノッツか――ってどうしたんだ、そんな青ざめて」
「どうしたもこうしたもないよ! そんな祭りが開催されたら、交換石も属性石も価値がだだ下がりじゃないか!」
「あ~、だろうな。やっぱ在庫たんまりなのか? って、さっきの反応見れば明白か」
どうやら現実を突きつけてしまったらしい。
キノッツが頭を抱えて絶望していた。
「こうなったらいまのうちにできるだけ売りさばくしか……もし処理しきれなかったら、買占めてもとの価格に戻して……ふふ、ふふふ……っ」
ぶつぶつと今後の方針を口にしたのち、がばっとキノッツは顔をあげる。
「ということだからノンは急ぐよ! じゃあね、アッシュ!」
たたた、と全力疾走で中央広場方面へと走っていく。
目的地はまず間違いなく委託販売所だろう。
「い、行ってしまいましたね」
「ほんと挑戦者ってより商人だな」
ウルととともに唖然としながらキノッツの背を見送ったのち、アッシュはひとつだけ気になったことを口にする。
「にしても古参のキノッツが知らなかったってことは今回が初なのか?」
「はい。ジュラル島が出来て以来、初めてのことですね」
「なんでいまになって開催されることになったんだ?」
「そ、それは……」
ウルが返答に窮したように目をそらした。
相反して、シャオが平然とした様子で口にする。
「アッシュさんたちが90階を突破したからですよ」
「シャ、シャオちゃん! それ言ったらダメなことですっ」
「え、うわぁっ」
シャオが慌てて口を塞ぐが、もう遅い。
はっきりと聞いてしまった。
涙目のシャオをよそにアッシュは周囲を見回した。
ミルマが近くにいないことを確認後、ふっと微笑みかける。
「安心しろ、いまのは俺たちだけの秘密だ」
「あ、ありがとうございまずぅ……!」
約束事を破ってしまったミルマには壮絶な仕置きが待っているのかもしれない。そう邪推してしまうほどシャオからは必死さが窺える。
ただ、シャオの頭を優しく撫でるウルを見れば、困ったように眉尻を下げてはいるものの、そこまで深刻な雰囲気は感じられなかった。おそらくシャオが新人とあって必要以上に気にしてしまっているのだろう。
シャオが落ちつくまでもう少し付き合いたいところだが、仲間との待ち合わせまでもうそう時間がない。アッシュは島の南側にそびえる緑の塔を見やったのち、切り出す。
「それじゃ、そろそろ行くな」
「アッシュさん、今日は本当にありがとうございました」
「礼を言うのはこっちだ。おかげで楽しく暇が潰せた」
そう伝えると、ウルから両の掌が向けられた。
ミルマが気に入った相手にだけする、別れの挨拶を求めているのだ。
急ぎでもなければ2人の間で別れ際に交わすのがいまや当然となっている。アッシュは抵抗なくウルと両手を合わせて挨拶を終えた。
その様子を興味津々に見ていたシャオがなにやらもぞもぞしはじめた。かと思うや、ぐいっと小さな両手を突き出してくる。
「シャ、シャオも……お願いしますっ」
初対面であれだけ警戒していたシャオからだ。
思わず面食らってしまったが、断る理由はない。
ああ、とアッシュはシャオの挨拶にも応じた。
人間と初めて交した挨拶だったからか。
ほうっとした呆けた様子で自身の手を見つめていた。
アッシュは屈んで視線を合わせ、にっと口の端を吊り上げる。
「がんばれよ、シャオ。目指せ〝なんでも屋〟だ」
「ま、任せてくださいっ! シャオは立派な〝なんでも屋〟になります!」
「もう2人とも~! ウルは案内人です~っ!」
ウルから返ってきた予想どおりの反応。
アッシュはシャオとくすくすと笑い合ったのち、その場をあとにした。





