◆第四話『中央広場巡り』
「いらっしゃい、アッシュ。今日もいい男ね」
シャオにジュラル島を案内せんと始まった中央広場巡り。
まず初めに選んだ交換屋に入ると、扇情的な格好のミルマ――オルジェによる投げキッスに迎えられた。
いつものこと、とアッシュは躱そうとするが、その必要もなかった。ウルがまるで使命を帯びた戦士のごとく、いかめしい顔つきで割り込んできたのだ。
面白くないとばかりにオルジェが嘆息する。
「あら、いたのウル」
「いました! もうっ、オルジェさんは相変わらずなんですから」
眉尻を吊り上げて呆れるウル。反してオルジェはまったく意に介した様子もなく飄々としている。これも見慣れた光景だ。
オルジェがシャオへと視線を向けながら、受付台に片肘をついて前のめりになった。
胸元を大きく開いた服を着ていることもあり、その深い谷間がくっくりと視界に映りこむ。……本当に目のやり場に困るミルマだ。
「で、そっちの子が新しい子?」
「はい、シャオちゃんです」
「よろしく……です」
人間相手ではないからか、シャオは身を隠すようなことなく挨拶を返した。ただ、人見知りは発揮しているようでウルの服を隣からぎゅっと掴んでいる。
「オルジェよ。なにか困ったことがあったらなんでも言ってね」
「……すごく綺麗な人です」
「あら、なんていい子なの」
シャオの言葉でひどく気をよくしたらしい。
オルジェがいまにも抱きつかんばかりに身を乗りだす。が、ウルが間に入ってまたも鉄壁の防御ぶりを見せた。
「シャオちゃん、騙されてはいけません。オルジェさんはこの美貌を使って挑戦者を誘惑してはとっかえひっかえしてるダメダメな人ですから」
「ちょっとウル、いきなり好感度下げるようなこと言わないでくれる? 怖がられちゃったじゃない」
その言葉どおり、シャオはいまや完全にウルの後ろに隠れてしまった。不満げなオルジェへとウルが胸を張って言い切る。
「事実だから問題ありません」
「相手も喜んで受け入れてるんだから問題ないでしょう。ねぇ、アッシュ」
ぱちんと片目を閉じてオルジェが思わせぶりな態度を見せてきた。もちろんそんな事実はいっさいない。ただウルは信じてしまったのか、「え、えぇっ」と驚愕していた。
「……本当なのですか?」
「いや、オルジェが勝手に言ってるだけだ」
「そ、そうですよね……はぁ、よかったです」
心底ほっとしたように胸を撫で下ろすウル。
そのあからさまな態度を見て取ったか、オルジェがにっと口の端を吊り上げる。
「っていうか、あなたもひとのこと言えないんじゃないの、ウル」
「ウ、ウルのことはいいんです! それよりいまはシャオちゃんに交換屋のことを説明しないとっ」
「はいはい。ったく、自分だけ逃げてずるいんだから」
いつもウルに怒られてばかりで形無しのオルジェだが、恋愛ごとではやはり何枚も上手のようだ。アッシュはオルジェと顔を見合わせ、こっそりと笑い合った。
◆◆◆◆◆
「次は酒場を紹介していきますね」
交換屋に続いて鍛冶屋。
雑貨屋も見て回ったのち、ウルがそう言って先導しはじめた。
「どうして酒場なのですか?」
とことこと小さな歩幅を刻みながら、シャオが小首をかしげた。
ウルがもっともらしい格好をとりながら説明する。
「案内人たるもの、どこになにがあるのかを尋ねられたらすぐにお答えできなければなりませんから。酒場に限らずすべてを把握しておく必要があるのです」
「な、なるほど」
「そして案内人たるもの、人手不足の際はお手伝いとして働くこともあるのです」
「な、なるほど?」
上手いこと〝なんでも屋〟から逃れようとしたようだが、なかなかに苦しい
「ここは《喚く大豚亭》です」
「と、とても特徴的な名前ですね」
「もとは違う名前だったのですが、あることをきっかけに変更されたんです」
「あること?」
まったく想像がつかないようだ。
シャオがぎゅっと眉間に皺を寄せていた。
「見れば一発なんだけどな。いまはさすがに開いてないからまた夜だな」
「な、なんだかすごく気になります……っ」
ついにはむず痒そうに唸りはじめた。
あの〝看板男〟から繰りだされる入店時の凄まじい衝撃。口頭で伝えるのもいいが、できれば生で見てもらいたい。そんなことを思っていたときだった。
「ん、アッシュか。なんだ、店が開くにはまだ早いぞ。って、なんだその顔は」
振り返った先、〝看板男〟もといクデロが立っていた。それも頬を赤らめた状態で、だ。片手にカップを持っているが、間違いなく中身は酒だろう。
「いや……ちょうどよすぎるタイミングなうえに最高に準備万端な状態で現れたからな」
「なにがだ?」
「この子にいつもの鳴き声を頼む」
アッシュはシャオに横目を向けながら言った。
少しの間きょとんとしていたクデロだが、はっとなって眉を逆立てる。
「なんでこんなとこでせねばならん。そもそも何度も言っとるが、ワシは好きでやってるわけじゃ――」
酒が入っていることもあってか、熱が入った怒声だ。ただ、気にせずにアッシュはウルへと目配せをした。すぐに察してくれたか、ウルが頷く。
「のちほどクデロさんが快くお手伝いをしてくださったとお伝えしておきます!」
「ぶひぃぃぃいいいいいいいいいいいっ!」
蒔かれた報酬も相まってか、普段の2、3倍増しに大きな声だ。おかげで周囲の挑戦者やミルマの視線を集めてしまっていた。
ともあれ望みのものは見せられた。
アッシュはシャオの反応を見んと振り返る。
「どうだ、これがさっき話してた由来って奴だ――って、シャオ?」
「た、立ったまま気絶しちゃってます……」
歴戦の戦士たちが集う酒場の入店音。
どうやら人間慣れしていないシャオには早すぎたようだ。
◆◆◆◆◆
「悪かった、シャオ。悪ノリが過ぎた」
気絶したシャオを休めるため、ちょうど近場の《スカトリーゴ》を訪れた。
「いえ、気になると言っていたシャオに答えてくれただけですから。気にしないでください。それよりもご馳走になってしまって得した気分です」
言って、シャオが両手で持ったカップに口をつけた。
途端、表情筋のすべてが溶けて落ちそうなほど顔を綻ばせる。
「おいしいぃ……」
「でしょう。ここのクルナッツジュースは最高ですっ」
「これはクルナッツ信者になりそうです」
「なりましょうなりましょう! ウルと一緒に世界をクルナッツで満たしましょうっ」
「はいっ! クルナッツ最高っ!」
案内人はクルナッツ好きであることが必須条件になっていたりするのか。2人は一気に盛り上がって声をあげはじめた。
クルナッツはたしかに美味いが、それだけを食うには甘すぎる。ひとまず肉食派として抗いたいところだ。そんなことを考えていると、横合いから影が差した。
見れば、この店の看板娘――アイリスが立っていた。
「盛り上がるのはいいですが、ほどほどに」
「うっ、ごめんなさいです……」
「ウルはクルナッツのこととなると、昔から周りが見えなくなるんですから」
アイリスに優しくたしなめられ、しゅんとするウル。
その構図はまさしく姉に叱られる妹といった感じだ。
と、なにやらシャオが興奮したようにウルの服をつまんでいた。
「先輩先輩、このお方はっ」
「アイリスさんと言って、ウルの一番のお友達ですっ」
そう紹介されたアイリスがシャオへと視線を向ける。
「あなたが新人の子ですね」
「は、はい! シャオって言います! 今日から案内人として働くことになりましたっ」
「そうかしこまらなくても大丈夫ですよ」
立ち上がってびしっと直立するシャオに、アイリスがしとやかに微笑を浮かべた。シャオの視線に合わせて軽く屈んだのち、優しく声をかける。
「初めは慣れないことばかりで大変だと思いますが、焦らずあなたのペースで一歩一歩進むこと。これをしっかり守っていればきっといい案内人になれるはずです。頑張ってください」
「はいっ」
空に向かって元気よく返事をしたシャオに、アイリスが満足したように頷いた。
その後、再び仕事へと戻っていったアイリスの背中をまじまじと見つめるシャオ。その目は尊敬のまなざしといった感じできらきらと輝いている。
「綺麗だし優しいし、お仕事ができるって感じで憧れます……っ」
「……優しい、ね」
アッシュは思わず同意しかねる言葉をもらしてしまった。
直後、槍のごとく鋭い視線を感じた。
辿れば、予想どおりアイリスからだった。
……ミルマの聴力、恐るべし。
逃れるように視線を戻したところ、なにやらウルが険しい顔をしていた。ミルマ同士の通信でもしているのか、耳に手を当てている。
「どうした、ウル」
「それが……いま、ブランさんのところで挑戦者が揉めている、と報告が入ったんです」





