◆第十六話『ソードオブブレイブ』
天使の大群がこちらを囲んできた。王の攻撃を最優先に、ほかの天使たちが針の穴をとおすような攻撃をしかけてくる。王から離れれば巨体の天使による豪快な一撃が飛んでくる。休める場所はどこにもない。
長剣を持ったいまなら多少の雑魚が増えたところで問題はない。ただ、敵は9等級階層の天使。加えていまは王の相手もしている。回避や防御が間に合わず、幾つもの切り傷をつけられてしまう。
それでもわずかな隙を縫って接近してきた小型の天使から殲滅していく。スティレットとは違い、長剣なら一撃で屠れる。だが、雑魚を倒しても数は一向に減らなかった。倒した天使と同種のものがまたすぐに再出現するのだ。
これでは雑魚を倒す意味がない。ただ、だからといって相手をしないわけにはいかなかった。倒さなければ王へと一撃を与える隙を生み出せない。
ふいに影が差した。見れば、両側に立った巨体の天使がハンマーを振りかぶっていた。回避を選択しようとするが、4体の槍型が囲むように穂先を向けてきている。ほぼ逃げ場がない。
どうする。
負傷覚悟でどこかへ突っ込むか。
そうして一瞬の逡巡を経た、直後――。
腹に響くような轟音が幾つも鳴った。
見れば巨体の天使の上半身が爆炎に包まれていた。
これは《フレイムバースト》。
「遅くなってごめん! みんなもう大丈夫だよ!」
クララの声が聞こえてくる中、すでに槍型がこちらへと突進を始めていた。だが、向かってきたのは3体のみ。残りの1体は視界に飛びこんできた影によって消滅させられていた。
「……やっぱりアッシュにはそれが一番似合うわ」
影の正体はラピスだった。彼女はふっと笑みを向けてきたのち、串刺しにした槍型を放って再びべつの天使へと向かっていく。
アッシュはラピスが作ってくれた空間を用いて、向かってきた3体の槍型を瞬時に沈める。と、攻撃後の硬直を狙って剣型が迫ってきた。しかし、その攻撃は騒がしい金属音を鳴らす影によって大きく弾き飛ばされた。今度の影の正体はレオだ。
「悪い、レオ! 剣借りてるぜ!」
「大丈夫。僕にはこれだけあれば充分さっ!」
レオが盾を軽く持ち上げたのち、向かってくる天使たちへと体当たりをかましていた。そうして体勢を崩した敵から飛んできた矢を受け、くずおれていく。
これはルナの攻撃だ。
「雑魚はボクたちに任せて! アッシュはあいつをっ!」
気づけば雑魚が寄ってこなくなっていた。
仲間がすべてを遠ざけてくれているのだ。
雑魚とはいえ数が数だ。
決して楽な戦闘ではない。
それでも王を倒さなければ突破できないことを悟り、討伐の役目を信じて任せてくれたのだ。アッシュは瞬時に距離を詰めてきた王と再び激しい撃ち合いを始める。
そうだ。いまの俺はひとりじゃない……!
敵の大剣が斜めに振り下ろされた。
当たれば間違いなく命が潰える渾身の一撃。だが、アッシュは恐怖を押し殺して1歩前へと踏みだした。低い体勢から敵の腹を深く刻み、振り抜く。
これまででもっとも手応えがあった。
だが、敵は倒れない。それどころか生気に満ちあふれた咆哮をあげ、周囲に突風を撒き散らした。アッシュはたまらず後退し、腕で目を庇いながら様子を窺う。
「ここにきて狂騒状態か……ッ!」
王は塔と同じ緑の光を目から発したかと思うや、癇癪を起こしたかのように大剣を地面に叩きつけた。さらに柄を両側から持ち、引っ張るようにして分裂させる。と、対となった剣を持ちながら雄叫びをあげた。
再び互いの視線が交差した、瞬間。敵は翼をはためかせ、地面がへこむほどの加速を見せた。ぐんっと猛烈な速度で接近し、交差した2本の剣を押しだすように突進してくる。
予想以上の動きに回避の選択が間に合わなかった。アッシュは即座に剣を構えて受け止める。が、すべてをいなすことはできそうにないと瞬時に判断。自ら後方へ飛んで衝撃を和らげた。
勢いが止まる前に跳ね起きてすぐさま剣を構える。
「ははっ……まだ強くなるのかよ……」
速さ、力ともに格段に上がっている。
特殊な攻撃パターンが追加されるこれまでの主も厄介だったが、こうした純粋な強化がもっとも厄介だ。ただ、そんな危機的状況に反して体も心も高揚していた。
「面白いじゃねぇか……っ!」
これだ。
己の全力を出せる、こんな戦いを欲していた。
アッシュは口元を緩ませ、長剣を流しながら突っ込んでいく。
◆◇◆◇◆
「……なぜ彼は笑っているのでしょうか」
ベヌスの館にて。
ともにアッシュチームの戦闘を観ていたアイリスがそうこぼした。ベヌスはソファに身を預け、にやりと笑みをこぼしながら言う。
「簡単だ。ただ奴は楽しんでいるのだ。強敵との戦闘をな」
「苦戦しているように見えるのですが」
「本当にそう見えるのか?」
お前にわからぬはずがないだろう。
そんな想いをこめた目をベヌスは向けた。
断じて認めたくはないのか、アイリスが少し悔しげに眉根を寄せた。その後、再びアッシュと天使の王の激しい攻防を観ながら目を細める。
「人の身であれとたったひとりで戦うなんて信じられません。やはり《ラストブレイブ》の力が漏れているのでは」
「だが、傷は回復していない。なによりいまの奴はしかと自我を保っている」
「《アイティエルの鎖》によって制御できるようになったとは考えられないでしょうか」
「我も初めはそうかと思ったが、どうやら違うようだ」
――ブレイブの血が神に頼ってきただけとは思わないことだな。
以前、ディバル・ブレイブが訪れた際に残した言葉をベヌスは思い出していた。
「代々のブレイブが連綿と受け継いできた技術。その研鑽の成果が、いままさに昇華しようとしている。アッシュ・ブレイブという最高の戦士によってな」
すでに完成形へと至っているように見えるが、あの男はまだ足を止めていない。さらに先へと進もうとしている。
「そしていま、奴は歴代のブレイブが歩んできた道ではなく、べつの道を歩もうとしている。《アイティエルの鎖》の影響か、あるいは奴自身の意志の強さか。いずれにせよ神から得た力を無理矢理捻じ曲げたことには変わりない」
――あいつの振る剣はただの剣じゃない。神の首にも届く剣だ。
ディバルが残したもうひとつの言葉だ。
多少は大げさな部分もあるかと思ったが、まさかここまでとは。
「面白い。期待していた以上だ」
ここまで心がたぎったことはいつ振りだろうか。
アッシュがまだジュラル島に来た頃から――いや、《廃棄された塔》を攻略したときからずっと目をかけていたが、ついにこのときが来たか。
「アイリス、ミルマたちに通達せよ。ついに開かれるぞ、とな」
「……仰せのままに」
もはや反論する気はないようだ。
アイリスは頭を下げたのち、静かに部屋を退室していく。
ベヌスは昂ぶる気持ちを吐きだすように、いまもなお戦闘中の挑戦者へと向けて放つ。
「さあ、我にそのすべてを見せてみろ。アッシュ・ブレイブ……!」
◆◇◆◇◆
刃を交えるたび、巻き起こる強烈な風。
全身の骨が震えるほど響く重く鈍い衝突音。
アッシュはおよそ人間との勝負では起こり得ない壮絶な剣の応酬をなおも続けていた。
敵の大剣は2本に分かれたことで細くなっている。だが、その威力は大剣だったときとまるで変わらなかった。むしろ速さを増したことで威力が大幅に上がっている。
狂騒状態に入る前は一方的に刻めたが、いまはほぼ互角の攻防を繰り広げている。
ようやく手にできた長剣を思う存分に使って闘える相手だ。いつまでも刃を交わしていたい衝動に駆られるが、いまはその余裕がない。
即座に復活する大量の雑魚たちを仲間が引きつけてくれている。回避や防御寄りで戦っているとはいえ、余裕はなく、いつ壊滅してもおかしくない状況だ。
ゆえにいますぐにでも敵を倒さなければならない。
ただ、現状ではほぼ互角とあって攻めあぐねていた。
敵に体力という概念がおそらくないため、時間が経てば経つほどこちらが不利になる。だが、悲観はしていなかった。
12歳で長剣を手放してから約10年。
この間に得られた経験はまだこの剣に乗っていない。
「まだだッ! まだ俺は強くなれる……ッ!」
敵から繰り出された突きを弾き上げた。
かんっと甲高い音が響き、互いの剣が鈍色に煌めく。最中、こちらの剣の刃先だけがうっすらとか細い光を放ちはじめた。
島産の武器による特殊な変化か。その答えに至る間もなく、敵から薙ぎ払いを皮切りに連撃をしかけられた。初速の勢いに初めは押されたが、冷静にすべてをいなしていく。
剣をかち合わせるたび、刃先の光が強くなっていた。
なぜ光るのかはわからない。
ただ、本能的なものだろうか。
そこに懐かしく、温かいものを感じられた。
そうか、これは……。
――歴代のブレイブが繋ぎ、そしてディバルをとおしてこの手に宿った力だ。
そう確信を抱いた、瞬間。
アッシュは思わず笑みをこぼしてしまった。
この体には多くの人間の力と想いが込められている。それは自分――アッシュ・ブレイブにとって切っても切り離せないものだ。ならば。
「使わせてもらうぜ……ッ!」
アッシュは地を蹴り、前へと駆け出した。
直後、機先を制すように敵が交差させた剣で属性攻撃を放ってきた。
こちらも瞬時に虚空を2度刻み、属性攻撃で相殺する。と、属性攻撃の光を散らしながら敵が突っ込んできた。すでに振り上げられた敵の剣が両肩から斜めに刻む軌道で襲いくる。
アッシュは深く剣を落とし、受け止めた。
あまりの衝撃に両足が地面にめり込む。そのまま押し潰されそうになるが、前へと体をすべらせて敵の剣を2本とも後方へと流した。
いまの接触で刃先の光がより強さを増していた。剣身すべてを覆うほどになった得物を右後ろに流しながら、アッシュはさらに前へと踏み込む。敵が急いで剣を引き戻そうとしているが、遅い。
「ぁおおおおおおおおおおおお――ッ!」
――これはブレイブの血が紡いできた、ブレイブのための剣。
「いけぇっ!」
仲間の声に背中を押されるがまま、アッシュは敵の腹へと真横に斬りつけた。ほんのわずかな抵抗を感じた、瞬間。長剣に宿る光が炸裂したかのように広がり、気づけば駆け抜けていた。
ときが止まったかのように静まった中、なにかが崩れ落ちる音が後方から聞こえてくる。
感触から確信していた。
この緑の塔90階を支配していた、もっとも大きな存在を斬ったのだ、と。
それを証明するように残った天使たちが一斉に消滅をはじめた。
90階を攻略できた喜びは大きい。
ただ、いまはそれよりも……。
仲間による歓喜の声があがる中、アッシュはただひとり静かに長剣の柄をぐっと握りしめた。





