◆第十一話『討伐の打ち上げ』
陽が落ちはじめ、辺りが赤く染まりだした頃。
合同討伐参加者のうち、30人ほどがログハウスの庭に集まっていた。
すでに打ち上げと称した酒盛りが始まり、あちこちから参加者の騒がしい声が聞こえてくる。こんなにも早くに使うことになるとは思わなかったが、つい先日に造ったばかりの4つの木造テーブルが大活躍だった。
「ありがとな、ルナ。戦闘後で疲れてるだろうに」
「気にしないで。切って焼いたり盛り合わせたようなものばかりだし、みんなも手伝ってくれたしね」
庭の隅にて、アッシュはルナとともに石造りの炉で串焼きの見張り番をしていた。
細かく切り分けられた肉から溢れ出る油が網を通り越して落ちるたびに鳴る、じゅぅという音。もくもくとあがる煙とともに漂う香ばしい匂い。
たまらず1本手に取り、かぶりついた。あつあつの肉を口の中で少し転がしたのち、ゆっくりと咀嚼する。噛むたびにじゅわっと飛びだしてくる肉汁は最高としか言いようがない。
そうして肉の味を堪能しながら、アッシュは自作のテーブルたちを見やる。
「テーブルの中央で焼けるように改造するのもありだな」
「石をはめこむ感じ?」
「ああ。隅で焼くのもなんだか味気ないしな」
「それはたしかに」
急いで作る必要はない。
ただ、狩りの休日を利用すれば、そう遠くないうちに作れるだろう。
どんな形にするかと考えているうちに串の肉を食べ終えてしまった。ほかの串の世話もしつつ、さらなる追加の串を手に取ろうとした、そのとき。
「アッシュくん、はいどーぞ」
クララが大量の野菜が入った木皿を差しだしてきた。リーフで綺麗に縁取り、赤や黄色の野菜で彩られ、食欲もそそる色合いだ。ただ、腹が肉だけを求めていることもあっていまは凶悪な魔物にしか見えなかった。
「……俺はいま肉の相手で忙しいんだ」
「じゃー、これを食べてからにするといいよ!」
善意しかない無垢な笑顔を向けられた。
こちらの健康のためを思ってくれているからタチが悪い。目線でルナに助けを求めたが、顔をそらされてしまった。
どうやら逃げ道はないらしい。
アッシュは諦めて木皿を受け取り、がつがつとかきこんだ。
「……健康的過ぎて涙が出そうだ」
「うんうん、野菜は大事だからね」
どう見ても数人で取り分ける量だったこともあり、一気に腹がふくれてしまった。当分は肉を味わえそうにない。
ある意味で満身創痍といってもいい状態で串焼きを次々仕上げていく。と、視界の端で気になる光景が映った。ログハウスの中から出てきたドーリエがこそこそと分厚めの肉が乗った皿をヴァンの前に置いていたのだ。
「……ど、どうだい。ただ焼いただけなんだけど」
不安そうなドーリエに見守られる中、ヴァンが切り分けられた肉のひとかけらを素手でつまんで口に運んだ。直後、
「うめぇ……うめぇよっ」
「そ、そうかい。それならよかったよ」
なんとも初々しいやり取りだ。
クララがひそめた声で言う。
「さっきまであたしも中にいたけど、ドーリエさん、肉が焦げないように熱心に見張ってて可愛かったよ」
「ヴァンの奴、愛されてるな」
順調に進んでいるようでなによりだ。
ソレイユとレッドファング。いがみ合う両者だが、彼らたちが関係改善の架け橋となるかもしれない。
そんな未来がくることを想像していると、エール片手にふらふらとベイマンズが割り込んできた。彼はヴァンが食している肉を見つけた途端、宝でも見つけたかのごとく目を輝かせた。
「お、美味そうな肉じゃねえか!」
「ダメっすよ! これは俺の肉なんすから!」
「そんだけあるんだから一切れぐらいいいだろ」
「いくらボスでも無理なもんは無理っすよ!」
体を使ってベイマンズから肉を守るヴァン。
ドーリエが加勢すれば間違いなく追い返せるだろう。だが、秘密の関係とあってもどかしそうに状況を見守っている。
ドーリエがヴァンのために焼いた肉だ。
さすがにこれは見過ごすわけにはいかない。
「ベイマンズ! ちょうど焼きたてがあるぞ!」
「お、マジか! 待ってろ俺の肉~っ!」
予想どおりの反応を見せてくれた。
駆け寄ってきたベイマンズが串焼きを手に取るなり、豪快にかぶりつきはじめる。そんな彼の向こう側では、ヴァンが涙ながらに両手をあわせていた。
「兄貴……マジ感謝っすっ!」
少し離れたところでは、ロウも困ったように頭を下げていた。荒くれものばかりのレッドファングにおいて、いまや彼は保護者と化しているような気がしてならなかった。
その後、交代を申し出てくれたファミーユのメンバーに串焼き番を任せ、アッシュはテーブルを回りはじめる。と、早々に解決しなければならない案件が飛び込んできた。
「あたしのほうが早かったね」
「いや、わずかにだがわたしのほうが早かった」
「毒でも受けて錯覚してたんじゃないかい」
「それを言うなら麻痺のほうがひどいだろう」
「あたしに麻痺が効かないってことわかってて言ってるのかい?」
ひとつのテーブルで対峙する格好でヴァネッサとシビラだ。声こそ荒げていないが、空気は剣呑。おかげで彼女たちの近くの椅子には誰も座っていなかった。
アッシュは盛大にため息をついて彼女たちのもとへと向かう。
「まだ言い合いしてんのか。同時だったって言ったろ」
「それじゃ決着がつかないだろう」
「文句は言わない。どちらがより活躍したか、はっきりと言ってくれ」
両者から真剣な目を向けられる。
2人のやり取りが目立っていたからだろう。
周囲からも好奇心に満ちた視線が集まっていた。
彼女たちは優劣をつけてほしいようだが、そのつもりはない。そもそも彼女たちの実力はひどく拮抗している状態だ。実力差など正確にはかれるわけがなかった。
「大体、互いの実力は認めてるんだろ? チームを組むってことには否定してなかったみたいだしな」
「まあね。愛想がないうえにかたっくるしい奴だけど、剣の腕だけはたしかだ。安定感もあるし、あの血統技術による爆発力もある。欠点らしい欠点が見つからないよ」
「挑戦的な態度は気にかかるが、彼女がもたらす一撃にはどんな戦況をも打開する力がある。そして味方のために身を投げ打つ勇気と覚悟もある。尊敬できる戦士だ」
すらすらと相手の長所を挙げたのち、両者は複雑な様子で顔をついとそらした。やはり問題は〝どちらが新チームで主導権を握るか〟だけのようだ。
ただ、それも些細な問題だという想いが強かった。
「俺もチームじゃリーダーってことになってるが、みんな対等だ。ひとりだけギルドに入ってるレオがいてもそこは変わらない。だから、べつにリーダーを決めずに組むチームがあってもいいんじゃないかって思うけどな」
こちらの意見に思うところがあったのか。
2人は互いを牽制するように横目で見ながら口にする。
「結局、どっちがリーダーでも意見が食い違えば大人しく従いはしないだろうからね」
「たしかにそう考えるとリーダーなしというのも悪くはないかもしれないな」
いざというとき、リーダーがいればチームの結論を即座に出せる。それは大きな強みだ。
ただ、ヴァネッサもシビラも未熟な戦士ではない。
どれだけ考え方が違ったとしても、最後にはチームにとっての最善策を選ぶはずだ。
少しの間、2人は無言で視線を交えたのち、どちらからともなく立ち上がった。
「1階からだ。覚悟はできてるね」
「そんなもの、とっくに済ませている」
決意を示すかのように力強い握手が交わされた。
仲介したときから組むことは決まっていたようなものだが、ようやくといった感じだ。
事態を見守っていた周囲の者たちが祝福するようにぱらぱらと拍手をしていた。オルヴィとリトリィも渋々ではあったが、互いに握手を交わしている。
リセットの弊害として1階からの再挑戦となるが、彼女たちならきっと80階まで達し――そして越えられるだろう。
アッシュは新たに生まれたチームへと期待の眼差しを向ける。
「俺たちだけじゃ9等級は狩りきれないし、待ってるぜ。っても、そっちが上がってくる頃にはもう俺たちはてっぺんに辿りついてるかもしれないけどな」
「相変わらずだね、あんたは」
「必ず追いついてみせる」
両者から強い意志の宿った目を向けられる。
島に来たときは追いかける側だったが、いつの間にやら追いかけられる側になっていた。
胸中に言い得ぬ熱いものが込み上げてきた、そのとき。
「アッシュぅ~……」
背後からラピスの甘えた声が聞こえてきた。





