◆第九話『妖精王との再戦』
充分な休息をとったのち、アッシュは再び参加者とともに蔦の門をくぐり抜けた。
草花による盛大な出迎えを経て妖精王たちが出現。彼らによる魔法によって生み出された茨の巨人が奇声のごとく咆哮をあげる。
茨の巨人から繰りだされた初撃をレオが盾で受け止める中、妖精女王がふわりと舞い上がった。先ほど同様、周囲の草花へと魔法をかけ、魔物に変貌させようとしているのだろうが――。
「ルナ、頼む!」
「了解っ!」
すでに射撃体勢に入っていたようだ。
ルナの声が聞こえたと同時、頭上を翔け抜けた白の矢が妖精女王に命中した。さらに追撃が重ねられ、その場に釘付けになった妖精女王へと後衛組による総攻撃が始まる。
ついには妖精女王は1体の雑魚も生成できずに椅子へと引き返していった。
「次の蕾に備えて重装は左側、軽装は右側に陣取ってくれ!」
後衛組が妖精女王を迎撃中、近接組は茨の巨人へとの距離を詰めていた。接近したものから茨の巨人の足へと攻撃を開始。その緑の肌を削り取っていく。
二度目の挑戦とあって全員の動きに無駄がない。
時折、暴れる足の動きにも対応し、見事に回避している。上位陣ばかりとあってさすがの対応力だ。
と、早くも茨の巨人が金切り声をあげ、強張ったように動かなくなった。連動して妖精王が杖の先端をこちらに向けてくる。――風の壁がくる。
「くるぞ、後退ッ!」
茨の巨人に群がっていた近接組が全力で後退。
頭部から飛び込む格好で足場の葉にしがみつく。
「こいつを凌いだらすぐに前進! 蕾に攻撃だ!」
そう指示を出した直後、風の壁に呑み込まれた。
相変わらずの凄まじい勢いに体が吹き飛ばされそうになる。どれだけ心構えをしたところで2度目でも体にかかる負担は変わらない。
アッシュは自ら体を前へと投げ、強引に風の壁をくぐり抜けた。視界の中、すでに茨の巨人によって2つの蕾が産み落とされている。
先ほどと変わらず向かって左側に毒の蕾。
右側に麻痺の蕾だ。
アッシュは誰よりも早くに麻痺の蕾へと攻撃を開始する。ほんの少し遅れて到着したのはラピス。続いてヴァネッサとヴァン。ほかにも続々と挑戦者が加わり、けたたましい衝撃音が響きはじめる。
毒の蕾のほうに比べれば、圧倒的に麻痺の蕾のほうが削りが早い。ただ、これでちょうどいい。
早くも2つの蕾が膨らみ、ぼんっと音をたてて大量の粉を噴出した。
「一旦退避だ!」
限界まで麻痺の蕾を攻撃しつづけたのち、ヴァネッサを除いた軽装組が毒粉の範囲内へと後退した。ぱらぱらと舞い落ちた麻痺の粉が足場に触れたのを機に再び麻痺の蕾へと移動、攻撃を再開する。
一旦、攻撃を止めたこともあり、毒の蕾側との削り差はなくなりかけていた。どちらの蕾も半分近くまで赤く染まっている。
その後も順調に削り、2度目の粉が噴出された。
すでに蕾の大半が赤く染まっている。
ただ、初回の挑戦でほぼ総攻撃をしかけてぎりぎり3度目の毒噴出を防げたところだ。シビラとヴァネッサたちによる単独攻撃の時間も考慮すれば余裕はほとんどない。
「まだだ! まだ削るぞ!」
もう切り上げてもいいのでは、とでも言いたげな視線が周囲から幾つも向けられる中、アッシュは限界まで赤色に染まるのを待った。
……ここまでか。
「攻撃停止! シビラ、ヴァネッサ頼む!」
その指示を機に前衛部隊が一斉に後退した。
弓部隊の調節もあって両方の削れ方に差はない。
あとは同火力で削りきるのみ。
だが、シビラもヴァネッサも調節する気配はなかった。互いに眼前の蕾だけに集中し、一心不乱になって攻撃しつづけている。それでもまだ蕾はしおれない。
全員が同じ気持ちなのだろう。
まだかまだかと顔に焦りを募らせている。
と、逆に蕾が大きく膨らんだ。
粉を吐きだす前の挙動だ。
このままでは毒の粉を受けた毒の粉を受けた区画――妖精の庭の半分がすべて崩れることになる。多くの者が麻痺の粉を受ける覚悟で移動しはじめる中、ヴァネッサとシビラの咆哮が辺りに響き渡った。
ヴァネッサが豪快に繰り出した大剣の切っ先が麻痺の蕾に穴を開け、シビラが《ゆらぎの刃》で駆け抜けると同時に繰り出した剣の刃が毒の蕾を深く刻んだ。
偶然か、必然か。どちらの攻撃も決め手となり、膨らんだ蕾が粉を噴出させることなく一気にしぼんでいく。
挑戦者たちの歓声があがった。
もしものときに備え、ラピスとルナにこっそりと《血統技術》の準備をしてもらっていたが、どうやら杞憂に終わったようだ。
「「どっちだ!?」」
シビラとヴァネッサから必死な顔を向けられる。
どちらが先に破壊したかを求めているらしい。
すぐにでも答えを知りたいのはわかるが、いまはまだ戦闘中だ。
「先にこいつを倒してからだ!」
躍り出てきた妖精王と妖精女王が燐光と化し、茨の巨人の胸元へと飛び込んでいく。と、先ほどまで硬直していた茨の巨人が息を吹き返した。暴れるように腕を、足を振りまわし始める。
さすがにレオの顔にも余裕がない。
一撃一撃で大きく弾かれては位置を修正し、また盾で受け止めている。クララやオルヴィ、リトリィの《ヒール》でやっと耐えられている状況だ。
後衛組が攻撃を続ける中、前衛はいまだ近づけずにいた。敵の激しい動きを読みきれずにいるのだ。レオでもやっと耐えられる破壊力をそなえた攻撃だ。下手に突っ込めば命はない。
そうして多くの前衛が足踏みをする中、アッシュはいち早く敵の足下へと飛び込んだ。
相手はどれだけ大きくても人型。足の外側、加えてくるぶし側であればただちに機敏な動きで攻撃されることはない。それにもう片方の足の動きとともに敵の重心に注意していれば次の動きをある程度は予測できる。
アッシュは敵の足下でひとり攻撃を加えつつ、戦い方をほかの前衛組に示した。ぽつぽつと前衛組が攻撃に加わりはじめる。
「さすがあたしの認めた男だよっ!」
「本当に惚れ惚れする動きだ……っ」
「俺たちも負けてらんねぇっ」
マスターとしての意地か。ヴァネッサとシビラ、ベイマンズは気迫のこもった動きをみせていた。触発されたようにほかの者たちの攻撃も一気に勢いを増しはじめる。
茨の巨人の頭部に幾つも咲いていた薔薇の花が舞い落ちてきた。それらは空中で白光するやいなや、茨の巨人の小型版へと変貌。どすんと音をたてて着地する。その数8体。
アッシュはすぐさま飛びかかり、敵がなにか動きを見せる前に1体を処理する。
「雑魚優先で処理!」
指示を出すまでもなかった。
残りの8体の雑魚もすでに沈んでいたのだ。ラピス、ルナ。ヴァネッサとシビラ。ベイマンズとヴァン、ロウ。それぞれが1体ずつに攻撃を加えていたようだった。
間違いなく彼らは世界でも屈指の戦士だ。
そんな彼らと協力して戦っている事実に胸が躍り、ひどく高揚した。アッシュは思わず笑みをこぼしながら再び茨の巨人へと向かう。
「一気に決めるぞッ!」
自らを鼓舞するような声があちこちであがり、味方による総攻撃がはじまった。
後衛組による飛び交う魔法と矢。前衛組による無数の斬撃。やがて視界の大半が赤色で埋め尽くされた、瞬間。
敵が2歩も後退し、大きくよろめいた。
次の一撃がトドメとなることを全員がわかっていたのだろう。誰もが我先にと前へと踏み出し、攻撃をしかける。
「ぉおおおおおおおおおお――ッ!」
それらすべての〝刃〟が敵へと刺さった、そのとき。
茨の巨人がひどく重い音を鳴らして背中から倒れた。あちこちに刻まれた傷から光が漏れはじめる。それらがカッと最後に強く光ると、その体を膨張させてついには破裂した。
妖精王と妖精女王が。2体とも目を回したようにフラついていたが、はっとなった。まだ戦闘が続くのか。そう思ってアッシュはすぐさま身構えるが、無駄に終わった。
互いに向き合った妖精たちが、まるで痴話喧嘩でもするかのように聞き取れない言葉を吐きはじめたのだ。最後には杖の先端で互いの頭をぼこっと殴り、どちらもあっけなく消滅していく。
苛烈を極めた戦闘には似合わない、なんとも愛らしい最後だ。多くの者がきょとんとしていたが、数えきれないほどの戦利品が目の前に現れた、瞬間――。
主をなくした妖精の庭に、挑戦者たちの歓喜の声が響き渡った。





