◆第十二話『オークション②』
その桁外れな入札に場が騒然とした。
入札者は舞台前に置かれた席にちょこんと座っていた。ふわっとした帽子を被り、子どもかと見紛うほど小さな体をしている。
覚えのある声だと思ったが、やはりそのとおりだった。
入札者の正体は、先日会ったばかりの女性挑戦者――キノッツだ。
周囲の注目を一身に集めながらも、彼女はいっさい動揺していなかった。むしろ楽しげに口の端を吊り上げてすらいる。
「1000万ジュリーが出ました。ほかにいらっしゃいますか?」
700万から一気に1000万ジュリーだ。
この300万はかなり大きい。それを証明するかのように、先ほどまで声をあげていた者たちが一斉に黙ってしまっていた。
「――1050万」
静かながら、力強い声が響いた。
この声はヴァンだ。
彼はロウとともに立ち見の挑戦者たちを割って姿を現した。ただ、ここまで早く1000万まで跳ねるとは思っていなかったのか、その顔に余裕はない。
相反してキノッツは飄々としたままだ。
「1100万」
「ぐっ……1120万」
「1150万」
ヴァンの入札に、キノッツは躊躇なく被せていく。
さすがのヴァンも厳しいのか、なかなか次の声をあげられないでいた。オークション開始前の決意からして出し惜しみをしているわけではなさそうだ。
このまま決まるか。
そう思いきや、べつの声があがった。
「1200万」
「ロ、ロウさん……?」
声をあげたのは、ヴァンの隣に立っていたロウだった。
ヴァンの動揺を見る限り、予定にない介入のようだ。
そしてロウは魔導師とあって短剣を使わない。
ヴァンのための入札であることは明白だった。
決意に満ちたロウの顔をじっと見たのち、キノッツが口を開く。
「1390万」
約200万もの上乗せ。
その大胆な入札に会場がどよめいた、瞬間。
「1400万」
ロウがためらうことなく上書きした。
先ほどよりもさらに大きくどよめきが沸き起こる。
「こっちは下りるよ」
キノッツがふっと笑みをこぼしつつ、両手を挙げた。
まだまだ余裕はある。
そう言わんばかりのえらくあっさりとした引き際だった。
次なる入札がなくなったのを機に、ウルが視線を巡らせはじめる。
「1400万ジュリー。ほかにいらっしゃいますか? ……いらっしゃいませんね。それでは1400万ジュリーで落札となります」
超高額での落札とあってか。
会場に拍手と歓声が沸き起こった。
ロウがほっと息をついて緊張の面持ちを崩す。
「なんとか無事に落札できたか……よかったな、ヴァン」
「ロ、ロウさん……俺、一生ついていきます……っ!」
もともとヴァンの手に渡るだろうとは予想していたが、落札額もさることながらまさかこんな展開になるとは思いもしなかった。
「……これは予想以上だね」
「ああ。いいとこ1000万だと思ってたんだけどな」
ルナも驚きを隠せないようだった。
クララにいたっては唖然としながら「い、いっせんよんひゃくまん……」と目がジュリーになってしまっている。
ロウが商品を受け取りにいく中、キノッツが早々に席を立っていた。そばをとおって去っていく彼女へとアッシュは声をかける。
「残念だったな」
「ノンはただ適正価格まで引き上げただけだよ。あれ以下で買われるぐらいならノンが買うつもりだった」
「で、転売か」
「さあ、どう処分してたかは内緒さ」
本当になにを考えているかわからない。落ち込んだ様子が見られないことから、彼女にとって〝絶対に欲しかった商品〟でなかったことはたしかだろう。
去っていくキノッツの背中をラピスが怪訝な目で見つめる。
「……彼女、いくら持ってるのかしら」
「前に言っていた僕よりも持ってるだろうって挑戦者。彼女のことだよ」
レオが補足するかのように言った。
もしかしたらとは思っていたが、やはりそうだったらしい。
キノッツがただの金持ちだったならなにも問題はないが、今後に関わることで大きな障害となる可能性が高かった。
大型レア種討伐会議のことを思い出しながら、アッシュは言う。
「キノッツの奴、いまアルビオンにいるんだよな。それも7等級の挑戦者だ」
「ってことは大型レア種にも参加するかもってこと?」
そう問い返してきたルナに、アッシュは「ああ」と頷いて応じる。
「これは色々覚悟しとかないとかもな」
先日、チームで出せる金額を算出した結果1500万だった。そこに今回のレリック分で1400万を追加すれば2900万となる。
最近の資金稼ぎで100万以上は加算できるとしても3000万。この額で落とせないものはないと思いたいが、キノッツがいる限り安心できない。
最悪の場合にそなえて、討伐当日まで資金繰りは続けたほうがよさそうだ。
「みなさま本日はお集まりいただきありがとうございました! これにて終了となります! 出品者のみなさまは事前にお伝えしたとおりベヌスの館にてジュリーをお渡ししますので、お手数ですがそちらまでお願いいたしますー!」
ウルの元気な声が辺りに響き渡った。
参加者が散り、ミルマたちによる撤収作業が始まる。
初めての試みとあって不慣れな点もあったが、大盛況のうちに無事終了。レリックは想像以上の価格で落札されるなど、出品者側としてもこれ以上ないほどの結果となった。
これも開催に向けて頑張ってくれたウルたちミルマのおかげだ。
……提案者としていずれなにか礼をしないとな。
そう思いながら、アッシュは仲間とともに会場をあとにした。





