◆第十一話『オークション①』
昼の陽射しを上回る熱気が漂っていた。
どこを見ても人、人、人。これから始まる行事を前に待ちわびてか、誰もが興奮を隠し切れないといった様子だ。
「うわぁ……前のお知らせほどじゃないけど、すごい数だね」
「初開催とあってさすがの注目度だな」
ついに訪れたオークション当日。
アッシュは仲間とともに会場となる中央広場の一角、南側通りと西側通りの交わる場所へと来ていた。
「100人は優に超えてるね、これ」
「悪いけど、わたしはこの中には死んでも入りたくないわ……」
ルナは乾いた笑みを浮かべ、ラピスは心底いやそうな顔をしている。
ミルマによって簡易に設営された舞台。
その前には30脚ほどの椅子が置かれているが、完全に埋まり、立ち見の挑戦者が押しかけている状態だ。その密度は濃く、とても中へと入れそうにない。
無理に入ろうものなら、むさ苦しい男たちの汗にもまれること間違いなしだ。
「今日は見学で来たようなもんだからな。隅のほうでいいんじゃないか」
「それなら、あそこがちょうどよさそうだね」
言って、レオが通りの脇を指差した。
そこには花壇がずらりと並び、そばには木造のベンチが等間隔で置かれている。
見学と思しき挑戦者たちによってベンチはすべて埋まっていたが、花壇の縁のほうには誰も座っていない。座り心地は劣るが、立ちっぱなしよりはずっといい。
早速とばかりに全員で向かいはじめた、そのとき。
「アッシュの兄貴ーっ」
後ろから、そんな声が聞こえてきた。
こんな呼び方をする者などひとりしかいない。
振り向いた先にいたのは、やはり《レッドファング》のヴァンだった。かたわらには同ギルドのロウの姿も見える。
近くまで来た彼らへとアッシュは手を挙げて応じる。
「よっ。2人もきたんだな。……ベイマンズはいないのか?」
「一応誘ってはみたが、あまり興味がないそうだ」
ロウが少し呆れ気味に言った。
「ま、出品される装備は7等級以下ばっかだろうからな。俺たちも見学で来てる感じだ」
「というよりレリックの入札を見守りにきたのだろう」
あけすけな物言いに、アッシュはおどけるように肩をすくめた。
ヴァンが盛大にため息をつき、恨めしげな目を向けてくる。
「兄貴もずるいっすよ。こっそり俺に言ってくれりゃ買うのに」
「悪い。こっちもなるべく高く売りたくてな」
「やはり妖精郷で出るかもしれない戦利品用のためか」
ロウの目が光ったような気がした。
「さすがにバレてるか」
「時期が時期だからな。しかし、こちらがジュリーを温存して買わないかもしれないと考えはしなかったのか?」
「そんときゃそんときだ。ってか、こっそり企画して金出させたらそれはそれで後味悪いだろ。だったら思惑とか全部知られたうえでやったほうが気持ち的にも楽でいい」
「……まったくきみらしいな」
たしかに塔を攻略するにはジュリーが必要だ。
しかし、友人との関係を悪化させてまで得たいと思うものではない。
ロウがどこか嬉しそうに微笑む中、ヴァンが右腕に力こぶを作る。
「どっちにしろ俺は本気でいかせてもらいますよ。現状、9ハメ武器なんて運でしか手に入らないものっすから」
属性石9個から放てる特殊攻撃は凄まじく強力だ。
その力のほどはいまや広く知れわたっている。
ヴァンのみならず、きっと多くの挑戦者が多額のジュリーを投入してくるに違いない。
と、がたがたと騒がしい音が聞こえてきた。
見れば、ミルマたちが2台の荷車を引いてきていた。
その上には競売品と思しきものがたくさん載っている。
「そろそろ始まるようだな」
「っと、行けねえ。最前列にもぐりこまねえと。……アッシュの兄貴、絶対俺が落としてみせるんで見ててくださいっ」
「高値で落としてくれるよう祈ってるぜ」
軽口交じりにヴァンたちに別れを告げ、アッシュは仲間のもとへと合流した。ちょうど花壇の縁に座ったとき、会場のほうから覚えのある声が聞こえてくる。
「司会を務めさせていただきます、ウルです。初めてなので至らないところも多々あるかとは思いますが、お、お手柔らかにおねがいしますっ」
ぱらぱらと拍手が起こる中、ぺこぺこと頭を下げるウル。この大人数を前に初開催の司会とあってか、がちがちに緊張しているようだ。
「そ、それでは早速始めたいと思います。まずはこちらの商品から。属性石100個セット――20万ジュリーからどうぞ……っ!」
今回、オークションに出せる商品に縛りはない。
ゆえにこうしたセット商品も出てくることは予想していたが……。
「45っ」
「46!」
「48万!」
「48万ジュリーが出ました。ほかにいらっしゃいませんか? ……それでは48万ジュリーで落札となります」
初めての落札とあってか、軽い拍手が起こった。
ミルマにジュリーを支払った落札者が、その場で商品を受け取る。
「いま属性石の単価って5500ぐらいだったよね」
「いまのだと4800よね。安い……」
ルナとラピスが物欲しげな目を落札者のほうへと向けていた。
たしかにかなり得な商品だった。だが、いつまとまった資金が必要になるかわからない環境だ。やはり50万近くも一気に飛ぶのは考えものだった。
「こちら黒の属性石8個装着の5等級長剣です。お値段は55万ジュリーからどうぞ」
3回ものオーバーエンチャントに成功した武器。
5等級とはいえひどく貴重とあってか、会場がどよめいた。
「かなりの良品だな」
「しかも長剣だし、これは跳ね上がるね」
そう口にしたレオの言うとおり、173万ジュリーとなかなかに高価格で落札された。
個人的にはもう少し低いかと思ったが、やはり先日発表された《リセット》の影響があるのかもしれない。
「みんな、意外といいもの持ってるのね」
「思ってもみない商品がたくさん出てくるね」
「うん、見てるだけでも楽しいかもっ」
ラピスやルナ、クララの3人とも楽しげにオークションを見守っている。ほかの挑戦者の声もちらほらと聞こえてくるが、どれもオークションに好意的なものばかりだった。
やはり委託販売所では売り出されない品ばかりとあってか。なにが出てくるかわからないといった面白さがあるのだろう。
遠慮がちな空気も垣間見えた序盤はたどたどしい入札が多かった。だが、時間が経つにつれ参加者も慣れたのか。終盤には大国で見かける競売会場に見劣りしない熱気が辺りを包み込んでいた。
そしてついに。
「それでは本日最後となります。こちら白の属性石9個装着の、レリック等級のスティレット。お値段は400万ジュリーからです。どうぞっ」
「430!」
「470っ!」
「500!」
あちこちから張りのある声が飛び交いだした。
これまで温存していたと言わんばかりだ。
「い、いきなりすごい額……っ」
あまりの勢いのよさに、クララが動揺していた。
その隣では対照的にラピスが冷静に状況を見守っている。
「思ってたより多くの人が狙ってそうね」
「っても持ってる奴らは限られてくるからな」
予想どおり700万ジュリーを超えた辺りで声をあげる挑戦者が絞られてきた。どの挑戦者も6等級以上の挑戦者だ。まだヴァンは声をあげていないが、そろそろ入札してくる頃だろう。
そう思っていたときだった。
白熱する空気を割るように、愛らしい声が飛んできた。
「――1000万っ!」





