◆第十話『変わらぬ目線』
白の80階突破後。
中央広場へと辿りついた頃には、すでに陽が落ちはじめていた。赤から深い青へと変色していく空を見上げながら、アッシュはぼそりとこぼす。
「微妙な時間だな」
「いまから用意すると少し遅くなっちゃうし、どこかで食べていこうか」
ログハウスの料理長でもあるルナの発言だ。
すでに外食は決定したも同然だった。
「あたしはそれで賛成でーす」
「なら、早く決めないと混みそうね」
クララが喜び、ラピスもまんざらでもない様子で賛成の意を示した。そんな中、レオがひとり困ったように眉尻を下げている。
「僕は遠慮しておくよ。最近、ギルドのみんなと飲めてないからさ。ごめんね」
「謝る必要ないだろ。いまさら1日付き合わなかったぐらいでどうにかなるような関係じゃないしな」
「そうだね。僕とアッシュくんは誰よりも深い絆で繋がっているからね」
「即座に撤回したくなるような発言はやめてくれ」
さすがに冗談だとはわかっているが、寒気がするのでやめてもらいたいところだ。
その後、レオと別れたのち、馴染みの《スカトリーゴ》を訪れた。相変わらずの人気だったが、なんとか並ばずに入ることができた。
皿に料理を盛ったのち、空いたテーブルを探しはじめる。
と、こちらに手を振っている客が見えた。
「お、アッシュんとこじゃんー」
「ここ空いてるわよ~」
ザーラとレインだった。
マキナとユインの姿も見える。
どうやらチームで来ているようだ。
促されるがまま、アッシュは仲間とともに彼女たちの隣のテーブルへと座る。
クララやルナがマキナチームと親しげに挨拶を交す中、ユインが持っていたフォークを丁寧に置いたのち、声をかけてくる。
「こんにちは、アッシュさん」
「よ。そっちも早くに上がったんだな」
「はい。今日は朝早くから出発していたので」
そう答えたのち、ユインが拳にした右手を軽く持ち上げた。そのまま自身の隣に座っていたマキナへと怪訝な目を向ける。
「マキナさん、今日は大人しいですね。……準備していたのですが」
「な、殴ること前提なのおかしくないっ!?」
「なにかあったんですか?」
「うぐっ」
思い切り呻き、目をそらすマキナ。
そのあからさまな態度にユインの目がさらに細められる。
アッシュは口の端をにっと吊り上げながら言う。
「べつになにもないぜ。な、マキナ」
「そーですねー。なにもありませんでしたぁーっ!」
マキナが拗ね気味に叫んで応じた。
なにかあったと言っているようなものだ。
ユインも疑念は残っていたようだが、追及するのを諦めたようだ。
「……まあ、いいです。それよりレリックの話、聞きました。本当に出すつもりなんですか?」
「ああ。もう使わなくなったし、それなら売ったほうがいいと思ってな」
競売とあってあえてレリックの出品を明言していたが、どうやら順調に噂は広まっているようだ。この調子なら当日は想定以上に多くの入札者が出るかもしれない。
「欲しいけど、うちは誰もスティレット使えないからなぁ」
「そもそもわたしたちでは手が届くかすらもあやしいですね」
「少なくとも1千万ジュリーは超えそうよね」
ザーラに続いてユインとレインが言った。
ジュラル島では、高階層のほうが圧倒的にジュリーを稼ぎやすい。そんな環境とあって高等級挑戦者とは言えない彼女たちがすでに諦め気味なのは無理もないことだった。
「それよりわたしとしてはリッチキングが狩られないか心配かも」
「あ、それあたしも思ってた」
マキナの言葉に反応するクララ。
独占する気満々のようだ。
リッチキング討伐には9等級相当の白属性武器が必須だ。その点において、確定で属性石を9個装着できるレリックはうってつけの装備と言える。
ゆえにレリックさえあればリッチキング討伐における最低限の装備は整うが……実際のところそう上手くはいかない。
ラピスとルナもそこまで考えが至っていたようで淡々としていた。
「たとえレリックがあったとしても、現状ではほかに狩れるところはないと思うけど」
「まあ、初見殺しなあれがあるからね」
リッチキングが狂騒状態へと入った瞬間、全体へと放つ昏睡魔法。あれをとっさに防ぎ、なおかつ直後の敵の攻勢を凌ぎきれる者はそうそういない。
「それでも倒せたのは〝ヴァネッサがいたから〟でしょうけど」
ラピスがやけにヴァネッサを強調して言った。
いまだに嘘をついていたことを気にしているらしい。すでに《ラストブレイブ》で凌いだことは話しているが、当分は覚悟しておいたほうがよさそうだ。
「そういえばマスターから聞いたけど、7等級の大型レア種にも挑むんでしょ。いいなー。わたしも行きたかったなぁー」
言いながら、マキナがぐでんとなってテーブルに顎を置いた。
最近、彼女たちは50階を突破し、晴れて6等級挑戦者となったところだった。ゆるやかではあるが、停滞なく順調に進みつづけている。
「次回には参加できるように頑張ればいいだろ」
「でもリッチキングの湧き具合からして最低でも1年以上は間隔空くんだよね。長すぎぃ~~っ」
「いますぐにでも突破する気満々だな」
「当然っ、ね、ユインちゃん」
がばっと顔を上げたマキナがにかっと笑った。
声をかけられたユインが力強くうなずいて応じる。
「はい。時間はかかるかもしれませんが、アッシュさんたちにも追いつくつもりです」
9等級に上がってからというもの、壁を作られたり無駄に持ち上げられたりすることが多くなった中、ユインはいまも変わらず同じ目線で見てくれる。それが、なんとも居心地がよかった。
そうしてマキナたちと会話を楽しんでいるうち、とってきていた料理がいつの間にかなくなっていた。アッシュは席を立ち、料理が並ぶテーブルへと向かう。
と、できたての料理を並べているアイリスを見つけた。
アッシュはそっと近くに寄り、話しかける。
「今日も忙しそうだな」
「いつものことですから」
「今回はなにも言ってこないんだな」
「なんのことですか?」
「いや、いつも強そうな奴に挑むときはやめとけって言ってくるだろ」
こちらの動向をよく調べているアイリスのことだ。
おそらく妖精郷の大型レア種に挑戦する計画のことも知っているに違いない。そう決め込んでいたが、実際そのとおりだったようで漠然とした話し方でも通じていた。
「……忠告して止まるような人でないことはもう十二分に理解しましたから」
「つまり俺のことをよく知ってもらえたってことか」
「わたしとしてはいますぐにでも忘れたいことですが」
「忘れると後々困るんじゃないか?」
無関心を貫いていたかに見えたアイリスの表情に色がついた。底が見えない深い瞳でじっと覗き込んでくる。
「……なんのことですか?」
「さあ、なんのことだろうな」
おどけるように肩をすくめて応じる。
それが不快だったのか、アイリスが眉根を寄せた。
「お仕事に戻ります」
くるりと身を翻し、離れていく。
その後ろ姿は優美でありながら、いっさいの淀みが見られない。
……さすがにボロは出さないか。
アッシュは胸中でそう独りごちながら、興味を料理へと戻した。
 





