◆第八話『巨人の集落』
ほのかに赤く染まった大樹たちは、悠久のときを感じさせるほどにたくましく天へと伸びていた。またあちこちでちらつく妖精の燐光にしとやかに彩られてか、より幻想的な存在へと昇華していた。
「なんか懐かしく感じるな、この雰囲気」
「ね、あんまり経ってないのに」
「それだけ濃密な時間を過ごしてたってことかも」
アッシュは仲間とともに赤の塔61階に来ていた。
ちなみに61階から順当に進むのではなく、62階から柱廊を下ったのち、出口転移門を通じて塔内に入った形だ。
「僕の場合はこの階層にいたのが長かったからね。帰ってきたって感覚が大きいよ」
「わたしもそれなりにいたから少し落ちつくかも」
レオとラピスが揃って安堵しながら辺りを見回している。
初めてこの場に来たときは、まだ2人はチームに入っていなかった。だからか、以前とはまた違って新鮮な気分だ。
「そんじゃ準備運動も終わったし、挑むとするか」
アッシュはそばから伸びるわき道へと進み、行く手を阻むように垂れた枝葉を手でどかした。
映りこんだのは幅広の吊り橋だ。辿った先には大樹の枝を支えに足場が張り巡らされ、11の巨大な家屋が点在している。中でも最奥に位置する家屋はほかよりも2倍以上も大きい。
大型レア種が落とすであろう戦利品の購入資金調達。
その第一弾として選んだのがここの巨人レア種討伐だった。
ラピスが吊り橋の向こう側を見つめながら言う。
「あそこにレア種がいるのよね」
「ああ。ただ10体の雑魚のおまけつきだ」
「なかなか厄介そうね」
言葉に反して深刻そうには感じはなかった。
気持ちはわからなくもない。
大量の天使たちに比べれば、どうしても巨人たちの威圧感は劣る。
それでもレア種が混ざっているのだ。
気を抜かないように注意する必要があるだろう。
レオが吊り橋の前に立ち、肩越しに振り返る。
「アッシュくん、あっち側で戦うのかい?」
「いや、それはできない。橋に花が巻きついてるだろ。ハバシカソウって言うんだが、人間が近づいたら喚き叫ぶんだ」
吊り橋の手すりに巻きついたそれは真っ白な花弁を持ち、鐘のような形状をしている。人の接近を感知した瞬間に蕾が開き、叫ぶ仕組みだ。
「あ~、橋を渡りきる前に巨人たちが飛び出てきちゃうわけだね。でも、11体もいるんだよね。ここじゃ狭すぎるような……」
「それに関しては考えがある」
言って、アッシュはクララのほうを見やった。
瞬間、彼女はなにか閃いたかのようにはっとなる。
「あ、《ツナミ》持ってきてって言ってたの、そのためだったんだね」
「ああ。敵が一斉に来たところで撃ってくれ。この幅なら余すことなく当てられるからな。ルナも取り巻きが橋を渡ってるうちにできるだけ数を減らしてくれ」
「了解。いまならレア種以外は全部倒しちゃうかもね」
冗談交じりの口調だったが、実際にそのとおりにできる火力は持っている。
「こんなところか。レオ」
「了解。それじゃみんな行くよ……!」
合図とともにレオが橋に片足を置いた、その直後。
橋に巻きついたハバシカソウの蕾が開き、赤子のような鳴き声をあげはじめた。耳をつんざくようなその不快音に全員が顔を歪める中、集落の家々から巨人たちが飛び出してきた。
どの個体も7等級階層に跋扈する巨人と同形状だが、先頭を走る巨人だけは違った。ほかよりも身体が一回り大きく、両手に斧を一本ずつ持っている。目的のレア種だ。
そのレア種を先頭に巨人たちが地鳴りのような足音を響かせ、吊り橋を渡りはじめた。
クララが《ツナミ》を発動せんと慌てて右手を突き出す。
「まだだっ」
吊り橋の側面には足場を吊る紐しかない。
早めに《ツナミ》を放ったところで巨人へと届く前に水が流れ落ちてしまうのは必至。当てられるとすればせいぜい中間地点を越えた辺りからか。
「ア、アッシュくん……っ」
不安に満ちたクララの声が聞こえてくる。
その間にもレア種が吊り橋の中間地点を越えていた。雑魚を引き連れたその威圧感は凄まじく、いまにもこちらを呑み込まんとする勢いだ。
すべての雑魚へと当てたいところだが、これ以上は危険か。
「いまだっ!」
合図を送ると同時、クララが《ツナミ》を発動した。
巨人たちの背を越えるほどに高くせり上がった波が吊り橋側へと一気に倒れる。轟くような破裂音とともに波が吊り橋の足場を叩き、勢いのままレア種と数体の雑魚を呑みこんだ。さらに後方の巨人たちには足をすくうようにして自由を奪っている。
吊り橋の側面から流れた水ととともに2体の雑魚が落ちていった。ほかの雑魚たちは手すりに掴まることでなんとかしのいでいた。
ただ、レア種だけは手すりに掴まることなく、その場に立ち続けている。それどころか波に押し負けることなく、ゆっくりと歩を進めていた。
「もう1発っ」
クララが叫びながら《ツナミ》を再び放った。
先ほど同様に激しい波が巨人たちを襲う。
追加で3体が落ち、雑魚は残り5体。
残った雑魚たちへとすかさずルナが矢を射ていく。すでに満身創痍だったか、多くが1撃で沈んでいき、あっという間にレア種だけとなった。
「もういっかいっ」
クララがさらに《ツナミ》を放つ。
押し寄せる波を前に敵が胸を突き出すように両腕を開き、咆哮をあげた。どうやら早くも狂騒状態に入ったようだ。自ら波へと突撃し、その水壁をぶち破るようにして跳躍。一気に吊り橋を越えてきた。
「避けろ!」
重厚な音とともに着地した敵が1対の斧をあわせて振り下ろした。幸い誰も直撃を受けることはなかったが、勢いよく叩かれた足場によって全員の体が浮いた。足場が神の創造物でなければ間違いなく破壊されていただろう。
敵が上半身を起こし、クララのもとへと駆け出そうとする。が、そうはさせまいとラピスが槍を足場に突き立てた。9等級槍の青の特殊攻撃――氷の道が迸り、敵の両足を氷漬けにする。
上手く踏み出せなかったせいか、敵が前のめりに倒れた。
その間にレオが接近し、剣の切っ先を足場に滑らせながら振り上げた。裂いた虚空からちらついた燐光が瞬く間に青の旋風を形成。敵の左手首を刻みはじめる。9等級の長剣による特殊攻撃だ。
たまらず敵が悲鳴をあげ、身を起こした。すでにその足を凍らせた氷は破壊され、消滅している。が、敵はその場に留まり、標的をレオに定めていた。
片側ずつによる斧の振り下ろしの激しい連撃。さらには2本の斧をあわせた斧がレオへと襲いかかる。見たところ威力はベルグルシと同程度か。だが、そのすべてをレオは盾で受けきり、踏みとどまっていた。
そんなレオの勇姿を横目に見ながら、アッシュは敵に向かって右側面から距離を詰めていく。最中、ルナから放たれた3本の矢が敵の膝を穿ち、体勢を崩させた。
アッシュは肉迫するなり敵の太腿、背中を足場に高く跳躍。落下の勢いを乗せたスティレットを敵の脳天へと突き刺した。
直後、敵が慟哭じみた鳴き声とともに頭を跳ね上がらせた。さらに振り落とそうとしてか、頭を振りはじめる。
アッシュはすぐさまソードブレイカーも頭皮に引っ掛けるようにして刺し込み、体を支えた。敵は斧を放した左手でこちらを掴まんとしてくる。一旦離脱しようかと思ったが――。
「そのままでっ」
クララが敵の左手を《フロストバースト》を当てて弾いてくれた。だが、敵は諦めることなく今度は右手からも斧を放し、こちらを掴もうと右腕を持ち上げはじめる。が、そうはさせまいとラピスがその腕へと槍を突き刺し、阻止してくれた。
「こっちも大丈夫! アッシュ!」
この機を逃すわけにはいかない。
アッシュはスティレットを敵の脳天へと何度も突き刺した。敵はもがき苦しんでいるが、いまだ消滅する気配がない。ならば、と頚椎にも一撃を食らわした、そのとき。
敵がこれまで以上に大きな悲鳴をあげ、全身をびくんと震わせた。その後、すぐに硬直し、脱力したように前のめりに倒れ込んだ。ずしんと重い音が響き終わったのを機に、その巨体は空気に溶け込むようにして消滅していった。
「さすがにいまの装備だと余裕があったな」
アッシュは息をつきながら得物を収めた。
早速とばかりにクララが戦利品に飛びつく中、ルナが近寄ってくる。
「そうだとしてもあっさりだったよね。小型だったのかな?」
「耐久的におそらく間違いないな」
「とはいえ、火力はかなりのものだったけどね」
レオが盾を置きながら左手をぷらぷらと振っていた。あれだけの攻撃を受けていながら傷ひとつ負っていないのは本当に驚きだ。レオの技量だけでなく、きっと9等級防具による影響も大きいのだろう。
戦利品を漁り終えたクララが両手に乗せた3個の宝石を見せつけてくる。
「防具の交換石が1個と、属性石が2個でした!」
「まずまずってところか」
想定の範囲内だ。
ただ、やはりレア種を狩るとどうしても期待してしまうものがある。
ラピスが少しだけ不満そうにため息をつく。
「やっぱり装飾品はそう簡単に出ないわね」
「ま、こればかりは運だしな。よし、めげずにどんどん狩ってくぞ」
金策目的とあってか。
おー、とひとり大きな声で応じるクララ。
そんな彼女から元気を分けてもらいながら、アッシュは仲間とともに次なるレア種のもとへと向かった。





