◆第十二話『81階の最奥へ』
レオの防具に加え、全員の武器を9等級に上げたおかげか、幾度かの撤退を繰り返しつつもなんとか前へと進み、初の安全地帯に辿りついた。
そこで充分な休息をとったのち、翌日。
進行再開からほどなくして、待ち受ける構造が箱型の部屋を連続して繋いだだけのものから、ただひたすらに長い廊下へと一変した。
「くそっ、いったいどんだけ続いてんだっ」
アッシュは悪態をつきながら、レオが盾で弾いた剣型へと横合いから肉迫。その脇腹へとスティレットを刺し込み、足裏で蹴飛ばした。よろめいた敵の首へとルナが矢を当てて凍結を付与。すかさずラピスが振るい、首を飛ばす。
敵が消滅する中、目を凝らしても先に終わりは見えない。
壁や天井、床……どこも同じ模様ばかりが一定間隔で繰り返されている。そのせいでどれだけ進んだかも把握しづらかった。
幸いなのは廊下の幅が5人並んでもとおれるほどにゆったりとしていることか。おかげで武器を壁にぶつけたり、仲間と衝突したりなんてことはせずに済んでいる。
「湧き、かなり早いよ! しかも遠くからでも追いかけてくる!」
ルナの切羽詰った声が後方から聞こえてくる。
前方から次々に敵が押し寄せてくるため、湧きなおした敵の感知範囲から逃れられるほど進めていなかった。とはいえ、この状態が長く続けばいずれは前後から大量の敵に押し潰されるだけだ。
アッシュは舌打ちしながら声を張り上げる。
「少し無理をしてでも速度を上げるぞ! レオはそのまま先頭! ラピスとクララは中衛で状況に応じて前後に加勢してくれ! ルナは後衛で湧きなおしの対応を頼む!」
指示を出す間にも前方から凄まじい勢いで槍型の天使が突っ込んできていた。
レオもまた前へと力強く踏みだし、盾で迎え撃った。衝突と同時に腹に響くような音が轟く。《セラフ》防具のおかげか、レオは以前のように吹き飛ばされずに留まっている。しかし、人2人分の隙間は生まれていた。
そこを埋めるように新たに剣型の天使が割り込み、レオの盾へと突きをかます。その最中、アッシュは斜め後ろからレオの背へと勢いよく走り込む。
「レオ、踏むぞ!」
「いくらでもっ!」
アッシュはレオの肩を足場にし、剣型の頭上を飛び越える。剣型はこちらに見向きもしなかったが、後方で控えていた槍型が反応していた。着地したところを狙わんとランスの先を向けてきている。
予測済みの行動だ。だからあえて斜めに跳躍し、その先の壁を足場にして角度を変えることで敵の背後へと回り込もうと考えていた。だが、その必要はなくなった。
敵の側面へと荒れ狂う氷片の球――《フロストバースト》が勢いよく激突した。絶妙な援護のタイミングだ。これなら1手省いて敵を仕留められる。
「いいぞ、クララ!」
アッシュは口元に笑みを作りながら壁を蹴りつけ、敵の眼前に着地。懐へと一気にもぐり込み、勢いのままスティレットを敵の腹部に刺しこんだ。体ごと押しつけ、向こう側の壁へと叩きつけると同時に引き抜く。
敵はまだ動こうとしていたが、喉もとにもう1撃入れてトドメをさした。
残る剣型は、ちょうど処理されるところだった。
レオの巧みな剣さばきと猛烈な盾の強打に敵がよろめいたところ、ラピスが豪快に槍で貫いた。ぐいと持ち上げられた敵はぐったりと腕を下げ、そのまま消滅。幾つかのジュリーを落とした。
時間が経つほどに疲労は蓄積していく。
だが、逆に処理時間はどんどん短くなっていた。
まだ余裕といえるほど余裕はない。だが、この限界に近い戦闘の連続が仲間の連携をさらに底上げしていることだけは間違いなかった。
その後も廊下を進みつづけていると、ようやく前方の景色に変化が訪れた。3人同時にくぐれるほどのゆったりとした門だ。その先ははっきりとは確認できないが、ひとまず敵の姿はない。
先頭を進むレオが剣型の敵に長剣でトドメをさしながら振り返る。
「どうする、アッシュくん!?」
「こんなところで立ち止まるわけにもいかないしな! 行くぞ! ラピス、ルナと入れ替わって最後尾で頼む!」
そうして全員で駆け込む形で門をくぐった、直後。
門は落とし格子によって完全に塞がれた。
後ろから迫ってきていた槍型と剣型1体ずつが格子に突進をしかけてくる。その後、幾度か剣を振り続けていたが、格子が壊れる気配はない。
ルナが格子の隙間から敵へと矢を射て、響いていたやかましい音を止めさせた。静かになったのを機にアッシュは落ち着いて辺りを見回す。
どうやらこの場所は安全地帯らしい。
ただあまり広くはなく、横になって眠るなんてことはとうていできそうになかった。一時的な休息場所といったところだろう。
「次の部屋、思いっきり確認できるわね」
「それだけやばいってことだったりして……」
奥側の一面に巡らされた格子。
そこからラピスとクララが次の部屋を覗き込んでいた。
彼女たちと同様にアッシュは中を確認する。
円形の部屋で、広さ的には試練の間よりも少し狭い程度か。
2階と思しき高さには踊り場のように通路が巡らされ、そこに等間隔で弓型が配置されている。いまのところ確認できるのは4体。手前の2階部分にもいると考えれば合計で6体といったところだろう。
そして弓型が向いている1階の広間中央。そこにはハンマーを両手に持った巨体の天使が佇んでいた。高さは人の3倍ほど、横は5倍ほどといったところか。5等級階層で対峙したトロルに近い体型だ。
「あれって転移門だよね」
ルナが指差した先、巨体の天使のそばに見慣れた転移門が設置されていた。ただ、その門の枠内には虹色の膜は張られていない。
「作動してないのは、やっぱりそうだよね」
「あのでかい奴を倒さないととおれない仕組みだろうな」
これまではどれだけ敵を引き連れていても転移門に駆け込めば突破できたが、今回はそのやり方もできなさそうだ。
「ここに来てハンマー持ちか……実に厄介そうだね」
レオが難しい顔で巨体の天使を見つめていた。
ここまで遭遇した天使はすべてが9等級相当の武器を持っていた。おそらくあのハンマーも9等級相当で間違いないだろう。
「レオ、任せてもいいか?」
「もちろん。そのための盾だからね。でも、中央だと弓の的になりそうだね」
「可能なら奥の壁まで引き連れてってくれて構わない」
「了解っ」
レオは怯むことなく盾を軽く持ち上げて応じた。
アッシュは続けて指示を出していく。
「2階の弓型の処理はルナに任せる。あ~、最初だけレオが裏をとられないように手前の1体、次に奥の1体を頼む」
「りょーかい」
「弓の処理はクララにも参加してもらうが、レオの状態を確認しつつで頼む。回復が必要そうならそっちを優先してくれ」
「任せてっ」
ルナに続いて、クララが元気をよく
「俺とラピスはひとまず後衛組の護衛をしつつ、様子見でいこう」
「なにがあるかわからないものね」
ああ、と頷いて応じる。
部屋のすべてを確認できる状態だ。ガチガチに作戦を固めることもできるが、ある程度の柔軟性は残しておきたかった。
「これを回せば開く仕組みみたいだね」
部屋の隅に設置された取っ手つきの歯車を、レオが手の甲で小突きながら言った。ほかに格子を開ける仕掛けのようなものはないし間違いないだろう。
「レオには真っ先にあのデカブツのところまで行ってもらう必要があるから、俺が回したほうがよさそうだな」
アッシュはレオと入れ替わる格好で歯車前に立った。
クララが奥側の格子を見ながら、ぎゅっと杖を握る。
「まだ81階だし、9等級の序盤も序盤だけど、ようやくここまできたって感じだね」
「だな。ここまで手こずった階層は初めてだ」
さすがは9等級階層。
ただの通常階の最奥に辿りつくまで想定以上に時間をかけさせられた。
今後も同難度かそれ以上のフロアが続くことは間違いないだろう。そう思うと億劫な気持ちがわずかながら湧くものの、楽しみでしかなかった。
「そんじゃ仕上げの戦闘、行くとするかっ!」
アッシュは高揚する気持ちをそのまま手に乗せ、歯車を勢いよく回した。





