◆第四話『魔力量の検証』
すでに空は無数の星に彩られていた。
海も昼間の青さはなく、限りなく黒に近い。
おかげで揺れる水面に映り込んだ月明かりを鮮明に見ることができた。
夕食後。
アッシュはクララを連れて浜辺に来ていた。
「まだ落ち込んでるのか?」
隣をよたよたと歩くクララの足取りは重い。
足場の悪い砂浜ということを考慮しても――。
クララは頷くこともせず、ただ俯きながら答える。
「それだけがあたしの取り得だったから……」
「ま、早めにわかってよかったろ。失敗できないってときに倒れてたらそれこそ取り返しがつかなかっただろうしな」
「そうかもしれないけど……」
今回のことはクララにとって精神的に堪えることだったかもしれない。ただ、悪いことばかりではないことを彼女は知るべきだ。
「今回のことでできないことがわかったんだ。だったら割り切って次はできることを把握するんだ。そうすりゃ、いままでよりもっと洗練された動きができるはずだ」
「……そういうもの、なのかな?」
「そういうもんだ。俺だってそうして経験を積んできたんだからな」
「アッシュくんも……でも、あたしにできるかな」
いまだ不安な様子のクララに、アッシュはにっと笑う。
「俺も付き合う。だから心配するな」
「アッシュくん……うん、あたし頑張る」
両手に拳を作って決意に満ちた瞳を向けてくる。
ひとまず気持ちは切り替えられたようだ。
「大体、限界があるっつってもほかの魔導師より多くの魔力を扱えることは間違いないんだ。落ち込んでたら恨まれるぜ」
「た、たしかに……」
ほかの魔導師から一斉に恨まれる場面でも想像したのか。
若干の怯えを見せつつクララは頷いていた。
よし、とアッシュは海のほうを見やる。
「まずは戦闘に支障が出ない程度に使える魔力量の把握をしないとな」
「う、うん。でもどうやって?」
「数値ではかれるわけじゃないからな。どの魔法をどれだけ同時に何発撃てるかで把握しよう。そうだな……まずは《フロストバースト》でいこう。今日、倒れたばかりだし計測がしやすい」
「りょ、了解ですっ」
教えてもらう立場とあってか。
クララがかしこまった様子で返事をした。
アッシュは彼女から距離をとったのち、指示を出す。
「まずは15発だ。そこから1発ずつ増やしていこう」
「はいっ」
元気よく返事をしたクララが海のほうへと右手を突き出した。連動して彼女の周囲の虚空から15の魔法陣が出現。そこから球形にまとまった荒れ狂う氷片――《フロストバースト》が放たれた。
暗がりとあってか、青白い光を発する魔法陣や《フロストバースト》が空を彩る光景はとても美しく、幻想的だった。《フロストバースト》が遠くでかき消えたのを機にアッシュは叫んで確認する。
「調子はどうだ?」
「ま、まだ大丈夫だよ」
「これはクララの魔力量を知るためにやってることだ。下手な強がりはいらないからな」
そう忠告した途端、クララがばつが悪そうに顔を歪めた。
「ちょ、ちょっと苦しいかも……でも、本当にちょっとだけだから」
「わかった。それじゃ続けるぞ。次は16発だ」
そうして同時発動を1発ずつ増やしていき、19発に達したときだった。クララがフラついてその場にへたり込んでしまった。顔を歪めながら荒く呼吸している。
「……限界は19発か。戦闘に支障が出ない程度となると、同時発動は15発以内に収めたほうがよさそうだな」
クララは苦しくて返事すらもできないといった様子だ。ただ、荒れていた息はみるみるうちに収まっていくのがわかる。
「この調子でほかの魔法でも計測するが、その前に魔力が完全に回復するまでの時間を先にはかっておくぞ。きついかもしれないが、やれるか?」
「う、うん。やれますっ!」
19の《フロストバースト》を何度も同時発動しながら少しずつ発動間隔を短くしていく。そうしてクララの体調に影響が出るまで続けていくことで、魔力の回復時間を計測する。
結果、驚くべきことがわかった。
通常の魔導師が魔力を枯渇させた場合、完全回復には1日、長くて2日を要すると聞いている。だが、クララの場合は10拍程度で完全回復していたのだ。
おそらくその凄まじい回復力もあって《精霊の泉》が無限の魔力を要すると思われていたのだろう。
その後も少しずつ計測していき、主要な攻撃魔法の最大同時発動数を調べ終えた。
クララが砂浜にどすんと座り込んだ。
天を仰いだその顔には汗が滲み、幾つかの髪がはりついていた。
「組み合わせもはかっておきたいが……」
「さ、さすがにちょっと頭がふわふわしてるかも」
「今日はこれぐらいにしとくか」
アッシュはクララのそばに歩み寄ってしゃがんだ。
彼女の髪をくしゃりと撫でながら微笑む。
「よく頑張ったな」
魔力切れの感覚を味わったことはない。
だが、彼女の苦しそうな顔を見れば楽でなかったことは容易に想像できた。
ふぅとクララが長く息を吐いたのち、か細い声をもらす。
「ありがと、アッシュくん」
「どうした、改まって」
「今日81階で倒れちゃったときもすぐに抱きかかえてくれたし、いまもこうして付き合ってくれてるし。いつもいつも助けてもらってるから」
「なにいまさらなこと言ってんだ」
クララとは同じチームで仲間だ。
それにジュラル島で過ごした時間は誰よりも長い。
彼女が危険にさらされたときに助けるのはいまや当然のことだった。
クララが自身の両脚を引き寄せて縮こまった。
もじもじと恥ずかしそうにしながら、ぼそぼそと話しはじめる。
「時々ね、思うんだけど……あたしが普通の家に生まれて兄妹がいたら、いまのアッシュくんとの関係みたいになってたのかなって」
「俺でよければいくらでも兄代わりになるぞ」
「ほんと? たくさん甘えちゃうかもだよ?」
目を大きく開きながらくいついてきた。
彼女にとって「甘えられる」ことは重要な要素らしいが……。
「ってもいまとあんま変わらないだろ」
「えぇ、そんな甘えた覚えないんだけど」
「これまでの島の生活を思い返してみることだな」
アッシュはクララの小さな額を軽く小突いたのち、立ち上がった。
クララが「うぐっ」と呻き、両手で額を押さえると、口を尖らせながら睨んできた。かと思うや、じっと顔を見つめてくる。
「でもお兄様って感じじゃないよね。アッシュくん、荒っぽいし」
「失礼な奴だな。まあ、柄じゃないのはたしかだが」
「うん、お兄ちゃんって感じ」
言って、彼女は両手を伸ばしてきた。
アッシュはしかたないな、と嘆息しつつ彼女の手をとってぐいと引き上げる。と、クララがふにゃっと顔を崩し、「えへへ」と嬉しそうに笑った。
81階への挑戦失敗からずっと暗い顔をしていた彼女だが、すっかりいつもの調子を取り戻したようだ。
「そんじゃ検証も終わったし、帰るとするか」
「うんっ」
歩きはじめると、クララが腕に抱きついてきた。上機嫌なようで鼻歌までうたっている。先ほどの〝甘える〟を早速とばかりに実行してきたようだ。
なんだかんだでこちらも彼女を妹のように思っていたのかもしれない。わずかな居心地のよさを感じながら、アッシュは浜辺をあとにした。
 





