◆第三話『反省会と今後の方針』
転移門をくぐってからも勢いは止まらなかった。
アッシュは跳ね転がり、床に何度も体を打ちつける。
「アッシュ!」
「アッシュくん!」
勢いが止まったのを機に仲間たちが駆け寄ってきた。
アッシュは揺れる視界を固定せんと頭を軽く振り、体を起こす。
「俺は大丈夫だ。それより……」
腕に抱いたクララの様子を窺う。
「大丈夫か、クララ?」
「う、うん……」
脚は少しすりむいてしまったようだが、ほかに大した傷はない。頭を守るように抱いていたかいがあったようだ。
「ごめん……いきなり目の前が真っ白になってふわっとちゃって……いまはもう大丈夫なんだけど」
クララはふらふらと立ち上がる。
ただ、顔は白いままで万全とは言いがたい感じだ。
貧血と似たような感じだろうか。
だが、なぜあのタイミングで起こったのか。
原因があるとすれば心辺りはひとつしかない。
「魔力が枯渇したんじゃないかな」
そう言ったのはルナだ。
レオも同意見とばかりに頷く。
「何度か魔力の枯渇で倒れた人を見たことがあるけど、同じような感じだったよ。もっともクララくんと違って一度枯渇すれば2、3日はまともに立ち上がれなかったけどね」
「でも、クララって魔力がなくならないんでしょ?」
ラピスが怪訝な顔で訊いてきた。
クララの血統技術――《精霊の泉》については仲間にはすでに話しているため、その考えに至るのは当然だった。
「そのはずだが……高等級の魔法をあれだけ同時に撃ったのは初めてだったからな。もしかしたら限界はあるのかもしれない」
島の外ではジュラル島でいう高階層の魔法を撃つ魔導師はほぼ存在しない。使っていたとしてもせいぜい3等級のレイ系の魔法だ。
おそらく5等級の《フロストバースト》を20発も同時に発動したのは長い歴史の中でもクララだけだろう。《精霊の泉》に限度があったとして、いまになって気づいたとしてもなんらおかしくはない。
そうして巡りはじめた思考をはっとなって止めた。
自身の血統技術に欠点が見つかったからか、クララの顔が曇っていたのだ。
アッシュはクララの髪をくしゃっと潰しながら撫でたのち、空気を切り替えた。
「いずれにせよ今回は断念するしかないな」
「だね。これだけじゃ僕も役に立てなさそうだし」
言って、レオが右手の剣をくいと持ち上げる。
もう片方の左手には、いつも持っているはずの盾がない。
今回の敗戦を象徴する被害だ。
アッシュは苦い思いをしながら仲間とともに塔をあとにした。
◆◆◆◆◆
新たな階層への挑戦後とあり、夕食はチームで集まってとることにした。場所はお馴染みの《スカトリーゴ》。ログハウスでの食事でもよかったが、気分転換になればと提案した形だ。
「アッシュチームだ」
「やっぱ貫禄があるよな」
「そりゃそうだろ。いまじゃ島最高のチームだからな」
席に案内されたのち、各々で料理を選びはじめる中、あちこちからそんな声が聞こえてきていた。
80階を突破してからというもの、以前にも増して注目を集めるようになっていた。こうした多くの人が集まる《スカトリーゴ》ではなおさらだ。
「いまだ慣れないね、この視線には」
「わたしはべつに気にならないけど」
「さすが、ずっと前から注目されてたラピスは違うね」
そうしてルナとラピスが会話を交す中、アッシュは興味とはべつの鋭い視線を受けていた。そちらに目を向ければ、両腕でトレイを胸に抱き、いまもこちらを睨んでくるミルマが映る。《スカトリーゴ》の看板娘――アイリスだ。
相変わらずの敵意にアッシュはため息をつきつつ、自ら寄っていった。
「よっ、アイリス。今日もご機嫌ななめだな」
「あなたがいないときはいつも笑顔です。そちらは新たな敵を前に手も足も出ず惨敗していまにも歯軋りをしそうな顔をしていますね」
「さすが情報が早いな」
「単純にあなた方の戦力と照らし合わせた結果です。……ですが、そう落ち込む必要はありません」
彼女の口から意外な言葉が出てきた。
アッシュは思わず目を瞬いてしまう。
「珍しいな。アイリスが励ましてくれるなんて」
「誰も励ましてなんていません。ただ、9等級が人間の限界だと思っているだけです」
「そんじゃ俺たちが攻略してアイリスが驚くとこを見るのを楽しみにしとくか」
「……本当に口の減らない人ですね。では、どうぞごゆっくり」
アイリスは会話を早々に切り上げて仕事に戻っていった。混雑する時間帯とあって客は少なくない。休んでいる暇はないといった様子だ。
「とりあえずみんなおつかれ」
料理を選び終えたあと、早速とばかりに各々がカップを軽く持ち上げた。誰もかち合わせようとしなかったのは間違いなく本日の惨敗が理由だろう。
「いや、予想以上のきつさだったな」
「だね。まさか盾を壊されるとは思いもしなかったよ」
今回の9等級挑戦はその話に尽きる。
あのベルグルシやアジ・ダハーカの強烈な攻撃を受けてもヒビが入ることはなかった。それほどまでに硬いレオの盾を破壊したのだ。いかに天使の攻撃が鋭く、威力を持っていたかがわかる。
「属性石をハメてたんだよな?」
「うん、竜のブレス対策で8個とも全部」
「硬度強化に幾つか振らないときついかもな」
「割られるぐらいだからね。少なくとも4個以上は必要かも。まあ、9等級の武器交換石があればその限りじゃないんだろうけど」
武器の等級を上げることが強化の近道といってもいい。だが、その武器交換石を手に入れるためにはあの天使たちを狩れるようにならなければならない。
「今後のことだが、みんなはどう思う? とりあえず赤の81階でまともに狩れるようになるのが優先だと俺は思ってるが」
「ボクも同じ意見かな。結局ほかの80階を攻略しても同じように81階で詰まる可能性が高いし」
「赤で9等級の交換石を手に入れてから、ほかの80階を攻略したほうが効率もいいものね」
ルナ、ラピスも同意見のようだった。
「決まりだな。まっ、本音を言うと単純に攻略が楽しいってだけなんだけどな」
「知ってる」
ルナが眉尻を下げながら言った。
そんな顔をしつつも楽しそうに見えるのは、きっと気のせいではないだろう。
8等級階層での竜狩りもすでに安定し、緊張感が薄れていたところだ。こうして強敵を前に対策し、どう攻略するかを考えるのは心躍るものがあった。
ぷはぁっ、とエールを飲み干したレオが提案してくる。
「そういうことなら明日は手頃なクエストがないか確認しにいかないかい? もしかしたら報酬で交換石がもらえるかもしれないし」
「落ちる確率も大分低いだろうし、それが現実的だな」
階層が上がるにつれ、交換石の落ちる確率は減る傾向にある。
8等級階層で自力入手した武器交換石が9個だったことを考えれば、5個入手できればいいほうかもしれない。もちろん相応の数を狩ったうえでの話しだが。
「了解だ。そんじゃ少し遅めの出発だな」
そうして今後の方針とともに明日の予定を決めると、全員の手が早まった。料理が一気に片付いていくが、ただひとりだけ進みが遅かった。
対面に座るクララだ。
いつもなら我先に食しはじめる彼女らしくない姿だった。
「どうした? 食欲ないのか」
「……そういうわけじゃないんだけど」
「クララがたんまり頬張ってないと違和感があるな」
「そ、それだとあたしが食いしん坊みたいじゃん~。実際にそうかもしれないけど……」
言葉こそいつものようだが、声に張りがない。
やはり《精霊の泉》のことで落ち込んでいるのだろうか。
チームのメンバーはルナやレオ、ラピスと生粋の戦士ばかり。戦闘訓練を積まずに育ってきたのはクララただひとりだけだ。そんな彼女にとって《精霊の泉》の存在は心の支えとして大きな比重を占めていた節がある。
そんな《精霊の泉》の限界を今回の9等級階層への挑戦で知ってしまった。もちろん、それでもほかの魔導師より使える魔力が多いことは間違いないが……やはりほかのメンバーより経験の浅い彼女にとって無視できないことだったのだろう。
「クララ。このあと、ちょっと俺に付き合ってくれるか」
「う、うん? べつにいいけど……」
目をぱちくりとしながら首を傾げるクララ。
隣に座っていたラピスが口元に運んでいたカップをぴたりと止めた。
「アッシュ、このあとってもう夜だけど」
「あ~……なにを勘違いしてるのか知らないが、そういうんじゃない」
「じゃあなに?」
ぎろりと睨まれてしまった。
なにを邪推しているのかは容易に想像できるが、本当にやましいことはなにもない。
アッシュは嘆息しつつ、クララのほうを見ながら言った。
「確認だ確認。クララの魔力についてな」





