◆第十一話『新たなる仲間とともに』
アッシュは着地と同時にまろぶようにして衝撃を和らげる。それでもかなりの高さからの落下とあって少し足がしびれてしまった。得物を支えにして軽く呻いていると、がしゃんがしゃんと金属のこすれる音を鳴らしながらレオが近づいてきた。
困っているのか嬉しいのか。
どちらともとれるような顔を向けてくる。
「まったく……きみはどれだけ僕を驚かせば気がすむんだい」
「こっちは驚かせてるつもりはないんだけどな」
アッシュは肩を竦めつつそう答えた。
ルナとクララもこちらにやってきたかと思うや、なにやら呆れた様子で言う。
「レオももう同じチームなんだ。覚悟しておいたほうがいいよ」
「そうそう。いつもあんな無茶ばかりだから、あれぐらいで驚いてたら心臓もたないよ」
「あはは、それは大変そうだ」
そう言って、レオが笑う。
なぜだろうか。
直接責められるより数倍ばつが悪い気分だ。
「……まさか本当に1発でいけるとはね」
レオが先ほどまで主がいた場所を見つめながらしみじみと言った。釣られてアッシュはルナ、クララとともに同じところに視線を向ける。
「つってもぎりぎりだった。たぶん3人のときじゃ厳しかっただろうな」
「だね。きっとレオがいたからだ」
「うんうん。最後のとか中央でひとり耐えてて凄かったし!」
称賛を受けたレオが微笑みながらゆっくりと首を振る。
「あそこまで耐えられたのはクララくん、ルナくんの援護があったからだ。そして敵を倒せたのはアッシュくんの大胆で、勇敢な攻撃があったからだ。僕の力じゃないよ」
そう言って謙遜するレオ。
まるで手柄の譲り合いといった空気になった、そのとき。
「じゃあ~、みんなが頑張ったから、だねっ!」
クララが明るく元気な声をあげた。そんな呑気な空気にあてられてか、アッシュはルナ、レオと揃って噴き出すように笑い合う。
「ああ、そうだ。みんな頑張ったから倒せたんだ」
全員で力強く頷き合ったとき、ちょうど最奥の壁が開いた。射し込んだ陽の光が溶けるようにゆっくりと薄れていく。やがて映り込んだ抜けるような空を見たとき、ようやく実感できた。
緑の塔70階を突破したのだ、と。
「これで俺たちも8等級の挑戦者だ……!」
◆◆◆◆◆
正午過ぎに戦闘を開始したとはいえ、ユグドラシルとの1戦のみ。夕刻までまだまだ時間があったが、アッシュは《スカトリーゴ》で腹に酒を入れていた。待機していた《ファミーユ》と合流後、そのまま祝勝会となったのだ。
「おめでとうございます! レオさん!」
「ついにうちから8等級の挑戦者か……」
「俺たちも鼻が高いぜ!」
レオはメンバーから祝福を受けていた。
酒を注がれるがまま気分よく飲んでいる。
すでに顔は真っ赤。いまにも脱ぎだしそうな勢いだ。
べつの席では、クララとルナが《ファミーユ》の女性メンバーと会話を楽しんでいた。なにやらどう攻略したかと話しているようだが――。
「まともな遠距離攻撃きかないって……」
「そんな高いところにあるのにどうやって壊したの!?」
「クララが《ストーンウォール》を並べてアッシュに道を作ったんだ」
「えぇ、クララちゃんすごい! よく魔力持ったね!」
「えへへ……ま、まああのぐらいは余裕かなって」
クララが調子に乗りかけているが、彼女の力が突破に役立ったことは間違いない。ルナもそう思っているのか、温かい笑みで見守っていた。
そんな2つの席をべつの席からアッシュは見守っていた。頼んだエールをぐいと一口含むと、対面に座ったウィグナーが声をかけてくる。
「ありがとうございます、アッシュさん。やっぱりあなたに頼んで正解でした」
「礼を言うのはこっちだ。レオがいなかったら間違いなくやられてた」
「……これからもレオさんのこと、よろしくお願いします」
「ああ」
改めてカップをかち合わせたとき、横合いから影が差した。見れば、《スカトリーゴ》の看板娘のミルマ――アイリスが立っていた。彼女は運んできた5杯のエールをテーブルに置いたのち、盛大にため息をつく。
「まったく……こんな早くから騒がしい人たちですね」
「今日ぐらい許してやってくれ。なにしろ70階を突破したんだからな」
数多の挑戦者を阻んできた壁を乗り越えたのだ。
あんな風に喜ぶのも無理はない。
ただ、アイリスは騒々しい光景に腹をたてているわけではないようだった。こちらに鋭い視線を向けてくる。
「あなたはこれでいいのですか?」
「ん、なにがだ?」
「……ひとりで昇るつもりだったのでしょう」
なぜ知っているのか。いや、知っていたとしても果たしてそんなことを真面目な顔で言えるだろうか。挑戦者よりも深く塔のことを知っているミルマが――。
アッシュは疑念を感じながらもそれを表に出すことはしなかった。いまも楽しそうな仲間たちを視界に入れながら答える。
「初めはそう思ってた。けど、べつに後悔はしてないぜ。クララやルナ。そしてレオ……あいつらがいなかったらきっとここまで辿りつけなかっただろうからな」
なにやらアイリスは納得できないといったような顔をしていた。彼女がいったいなにを知っているのかはわからないが――。
アッシュは手に持っていたカップをあおってエールを飲み干した。カップを置きながら彼女に問いかける。
「大体、それが〝狙い〟でもあるんじゃないのか? 神アイティエルの」
「……どうでしょうか」
平然と応じた彼女だが、かすかに目を動かしたように見えたのは気のせいだろうか。いずれにせよ、それ以上の反応を見ることはできなかった。彼女は礼をして仕事に戻っていく。
と、なにやらウィグナーが目を瞬かせていた。
「驚きました。アイリスさんがあんなに喋るなんて」
「そうか? わりと誰にでも話してるだろ。しかも俺以外には愛想いいし」
「あ、愛想に関してはそうですね。ですが、あんな風に会話を続けようとはしませんよ。なんというか、一線を引いてるみたいな」
仮にウィグナーの言うとおりだとしてもきっとベヌス絡みで間違いないだろう。そうでなければほかに理由が思いつかない。とはいえ、彼女と話すのはなかなかに楽しいのでどんな理由であれこちらとしては歓迎だった。
その後も席を渡り歩きつつほかのものとも会話を楽しんでいると、空に赤みが差してきた。《スカトリーゴ》も夜の部の準備に移るため、そろそろ終わりにしなければならない。
そんな中、アッシュはレオと示し合わせたように席全体を見渡せる端へと向かった。通りと席を仕切る柵に並んでもたれかかる。
「いやぁ、飲んだ飲んだ。さすがに昼からこんなに飲んだのは初めてだよ」
「なんとか脱がなかったな」
「脱いで欲しかったのかい?」
「本気でやめてくれ」
残念だ、とレオが服にかけた手を下ろした。
間一髪だ。
「居場所があるっていいよね」
レオが噛みしめるように言った。
「ときどき思うんだ。僕みたいなのが、こんなにも温かい場所にいていいのかなって」
「いいとか悪いとかはわからないけどな。ただ、あいつらは好きでレオのところにいるんだ。むしろレオがいないとダメなんじゃないか」
その言葉にレオははにかんでいるのか、困っているのか。複雑な表情で応じると、意を決したように口を開いた。
「僕さ、マルセルをギルドに誘おうと思ってるんだ」
「……あんなことがあったってのに正気かよ」
「あんなことがあったからだよ。彼には僕を近くで見ていてもらわないとね」
果たしてマルセルはレオの誘いを受けるだろうか。正直、受けるとは思えないが、もし受けたならきっと2人にとって大きく前に進むきっかけになるかもしれない。
「ったく、驚かされてるのはこっちのほうだな」
「きみほどじゃないよ」
そうして互いにふっと笑い合う。
時間が移ろうのは早いもので赤く染まった空にはすでに深い藍色が混ざりはじめていた。点々と星も現れはじめている。そんな色んな顔を持った空を見上げながら、アッシュはレオと片手の甲をこつんと合わせた。
「明日からも頼むぜ、レオ」
「うん……僕の全力をもって戦うと誓うよ。そして――」
「――目指すよ、塔の頂を……!」





