◆第六話『ごはん前の会議』
「いやー、今日はほんと楽しかったな」
赤の塔から帰還し、中央広場に戻ってきた。
予想していたことだが、やはり夕刻は過ぎていた。
中央広場では軒先に吊るされたランプや建物の中からもれる光のおかげでまだ暗さは感じない。人の多さもあいまって、むしろまだ明るいと錯覚するほどだった。
しかたないな、とばかりに隣を歩くルナが苦笑する。
「ほんと、アッシュは階層上がるたびに毎回楽しそうだね」
「見たこともない場所で見たこともない魔物と戦う。これほどわくわくすることなんてそうそうないからな」
試練の塔では見飽きた魔物との遭遇ばかりだった。
だが、ここジュラル島の塔では違う。
階層が上がるたびに未知と遭遇できるのだ。
これほど楽しいものはない。
ふと隣からクララの盛大なため息が聞こえてきた。
「あたしは最後のでかいのでどっと疲れたよー……」
「悪かったって。でも面白かったろ」
「アッシュくんだけだよ、あんなの見て喜ぶの」
きっとほかにも同じように喜ぶ挑戦者はいるはずだ。
そう思ってみたものの頭に浮かんだ者はいなかった。
ともに世界中を旅した父なら間違いなく同意してくれると思うのだが……悲しきかな、この島には同類がいないようだ。
ルナが暗くなった辺りを見回しながら言う。
「今日はちょっと遅くなっちゃったからどこかで食べていこっか」
「じゃ、詫びもかねて今日は俺が奢るか」
「やたーっ。じゃあ、《スカトリーゴ》で!」
先ほどまで肩を落としていたというのに、なんと調子のいいことか。しかし、クララが希望した《スカトリーゴ》のほうを見やると、少し待機列ができていた。どうやら今日も今日とて人気のようで入場制限がかかっているようだ。
「つっても、混んでるみたいだな」
「でも、そんなに並んでないし!」
「なにがなんでも行く気だな。ま、少し待つか」
受付のミルマから『3』と記された札をもらったのち、近くの花壇の縁に腰を下ろした。今日の狩りは充実していたが、そのぶん疲労が溜まりに溜まっていた。アッシュは少し張り気味のふくらはぎをほぐしながら話す。
「とりあえず当分は赤の7等級階層で狩ることになりそうだな」
「だね。それで武器交換石と属性石を集めていく感じかな。クエストも絡めていけばかなり現実的だと思うし」
ルナが意見も交えてそう答えると、クララが難しい顔をした。
「でも妖精さんを500体討伐で赤の属性石1個だったよね。今日の感じだとちょっと時間かかりそう……あんまり多くなかったし」
「その分、繰り返しても属性石は何度でももらえるクエストだし片手間にちょうどいいと思うよ。それにボクたちがまだ知らないだけで、妖精がたくさんいるところもあるかもだしね」
巨人にあわせてか、あれだけ広い空間だ。
探せば妖精の棲家ぐらい見つかりそうな気がする。
「とはいえ、そういうところはたぶん人気でほかのチームがいそうだけどな」
「そのときはそのときだね。ほら、時間を外して狩りに行くって手も」
「実際、そういう理由で深夜に狩ってる奴らもいるみたいだしな」
朝一で塔に向かったとき、広場で入れ違いになる場合は少なくない。そういったチームは総じて高等級の挑戦者だ。やはり上層に行けば行くほど狩場の争いも熾烈なのだろう。
「防具はどうする?」
「7等級のってことか。インペリアルに変えたばっかだしな」
「普通は階層ごとに防具を交換するみたいだけどね。その、いいペースだから」
ルナが言うとおり周囲に比べればかなり早いペースで塔を昇れている。それ自体はいいことだが、階層ごとの雑魚狩り時間が充分ではない。おかげで資金がカツカツで等級が上がったらすぐに装備交換とはいかない状態だった。
「《フェアリー》と《巨人》シリーズだったか」
「うん。《巨人》のセット効果は物理攻撃による損傷を大幅に軽減。《フェアリー》のセット効果は俊敏性向上、魔法ダメ軽減。どっちも優秀だね」
当然ながら人気でどちらも凄まじく高い。
フェアリーのほうは1部位で約10万ジュリー。
巨人のほうは約6万ジュリーだ。
「俊敏性向上ってのがどれほどかわからないが、あのラピスがずっと装備してるし、ちょっと気になるよな」
「同じく。巨人1000体討伐で《巨人》シリーズの1部位もらえるクエストもあったし、それをこなして売って資金稼ぎするのも手だね」
「上手く稼げたらって感じだな」
クララはどうする、と視線で問いかける。
と、彼女は自身のローブを見下ろしながら答えた。
「あたしはまだ《アルカナ》ローブで大丈夫」
「っても5等級だろ。そろそろ変えてもいいんじゃないか。《フェアリー》ならクララにぴったりだろ」
「なんか暗にとろいって言われてる気がする……」
「気のせいだ。気のせい」
むっと頬を膨らませて無言の反論をしてきたあと、彼女は目線を落としてぼそりと言う。
「欲しくないわけじゃないけど……それより魔石のほうが気になってて」
彼女が言わんとしていることを理解して、アッシュは思わず「あ~」と声をもらしてしまった。ルナが思いだすように「えーと」と口にする。
「《ファイアストーム》、《ブリザード》、《トルネード》だったっけ。たしかどれも36万ぐらいだったよね」
「うん。ほんと高すぎだよね」
魔法は効果がどれも強力なこともあって高い。
そのせいもあってクララはいつも肩身が狭そうにしている。
「7等級で高いって言ったら《アブソーブマナ》が320万ジュリーでやばかったな」
「あれはいくらなんでも高すぎだと思うんだけど……」
「たぶん白の塔で狩ってる数が少ないってこともあるんだろうが、それだけ魔力が足りなくなる魔術師が多いんだろうな」
「その点、クララは魔力切れがないからね。うちの強みだ」
ルナがそう持ち上げると、クララが「えへへ」と嬉しそうに顔をほころばせていた。
「さっきの3種魔法に話を戻すが、あれって広範囲系だろ。いまは無理して買う必要ないんじゃないか。それよりレイ系を強化したほうが使い勝手はよさそうだ」
「魔石の面白いところだよね。下層のものでも使い方次第では上層のものを上回るし」
「むしろレイとウォール、バースト系は重点的に強化するべきだと個人的には感じてる」
「その3種は基本って感じだしね」
どうやらルナもおおむね同じ意見のようだ。
話を聞いていたクララが頷く。
「うん、わかった。2人がそういうなら、その3種をしっかり強化してみる」
方針が固まったからか、クララがやる気に満ちたように両手をぐっと握った。ちょうどそのとき、視界の端でミルマが「3番でお待ちの方~!」と声をあげた。どうやら順番がきたようだ。
クララが待ってましたとばかりに勢いよく立ち上がる。
「ごっはんー!」





