◆第五話『巨人の住まう森』
孤立した巨人をルナの弓で釣っては速やかに処理。ルートを確保しては進むといったことを繰り返しながら、ゆっくり奥へと向かう。
「まだ複数体を相手にせずにすんでるのが救いだね」
「序盤だからな。これから先、集団でくる可能性は充分にありえるな」
倒した数は20体と少しといったところ。最初に比べれば効率的に倒せるようになってきたが、元の耐久力が高いせいで討伐までの時間短縮にも限界があった。これからは楽に処理する方法を考えるのが先決かもしれない。
その後も慎重に進んでいくと、これまでとは違った道に辿りついた。分厚い木の板を連ねて造られた階段だ。大樹の根本から螺旋状に始まり、かなり高いところで平らな足場と繋がっている。
「でかぁっ」
「どう見ても人工だよな」
「巨人が作ったって感じだね」
まるで小人になった気分で面白い。
だが、問題は1段1段の高さだ。
無理をすれば上がれるが、クララは間違いなく無理だろう。
「クララ、持ってきてるウォール系は《フロスト》だけだよな」
「うん。赤の塔だし、必要ないかなって」
「それでもないよりはマシか。すべらないようにな」
「もう、心配しすぎだよ。あたしだって成長してるんだからねっ」
信用したいのは山々だが、これまでのことを思えば難しいところだった。とにもかくにも、クララの《フロストウォール》を大樹の幹から横だしにして、それを足場に巨人の階段を上がっていく。1段上がるのも一苦労だが、なんとか中腹辺りまで辿りつけた。
「このまま巨人がこないことを祈るばかりだね――って」
階段を見上げていたルナの顔が突然、曇った。
「言ってたらきちゃったみたいだ」
階段の先、大樹の陰からぬっと1体の巨人が出てきた。こちらの姿を認めるなり、のしりのしりと下りてくる。階段の横幅はちょうど巨人1体分。そのせいもあって眼前から逃げ場のない壁が迫ってくるようだった。
「えぇ、こんな戦いづらいところで出るとかっ」
クララが焦り、早速退路確保のための《フロストウォール》を生成しはじめる。たしかに戦いづらくはあるが、それは相手も同じのはずだ。それにこの高さなら――。
「ルナ、巨人の目を狙ってくれ! クララは俺の1段上の階段をどんな方法でもいいから凍らせてくれ!」
「なるほどね、それ狙いか!」
「え、え? わかんないけどわかったっ!」
すぐに察したルナが矢を放って巨人の両目を射抜いた。巨人が顔を覆ってもがき苦しみはじめる。その最中、クララのほうは《フロストバースト》を5発分ストックして横並びに発射。指示どおりに1段上の階段をもれなく凍らせてくれる。
アッシュは後衛組に向かって叫ぶ。
「内側に逃げろ!」
暴れた巨人が凍った段に左足を置いた瞬間、ずるっと盛大にすべった。左足を投げだした格好で尻や背中を階段に打ちつけながら、さらに段を下っていく。
「えいっ」
さすがにクララも狙いを察したらしい。巨人がすべりやすいようにまたも《フロストバースト》を放っていた。すべる勢いを増した巨人は下のほうの段の手すりを破壊。その身を階段の外へと投げ出した。
が、意地でも食い下がらんと片手の指を階段の端にかけていた。アッシュは念のためにとすでに追い討ちに向かっていた。接近と同時、残っていた指先に思いきりハンマーを叩きつける。と、巨人が激しい呻き声をあげながら指を外した。
近くでは巨大だったその体がどんどん小さくなっていき、やがて小粒程度にまでなったとき、凄まじい轟音を鳴らした。あまりよく見えないが、おそらく地表に衝突したのだろう。
「た、倒したのかな」
「この高さだし、さすがにね」
クララとルナが揃って階段の外側から顔を出して覗き込んでいた。
「ま、どっちにしろさっさとここを上がりきるに越したことはないな。戦いづらすぎる」
「だね。急ごう」
「はーい!」
クララの元気な返事を合図に進行を再開する。以降も2度、巨人と遭遇したが、同じ対応でなんとか撃退に成功。それからクララがへばりはじめた頃、ようやく階段が終わり、平らな足場に辿りついた。
大樹から生えた枝を支えにしているせいか、足場はなかなかに不規則な形だ。ただ、それでも1つ1つが大きいこともあり、落ちる心配がないほどに広々としている。
「あそこから次の場所にいけるみたいだね」
ルナが指差した先にほかの大樹へと繋がる吊り橋がかかっていた。ただ、その前には1体の巨人が門番のように立っている。
「とりあえずあいつを倒す必要がありそうだな。2人とも援護頼む」
アッシュは巨人に向かって駆ける。接近直前にアックス側で虚空を斬り、青の斬撃を放った。腹に命中したものの、かすかな傷をつけるだけに終わる。敵の頑丈さを考えればなにもおかしくはないが、直後にその身が青い光で包まれた。
どこかで見たような光だ、と思っていると、人の頭ほどの大きさを持った光球が巨人のそばから現れる。燐光をまき散らすそれは、よく見れば人の形をしていた。さらにその背からは赤い羽根を生やしている。あの姿は間違いない。
「妖精!?」
先の攻撃で巨人はすでにこちらを攻撃対象と認めていた。
「うわぁ、全然凍らない!」
「さっきの光、やっぱ《マジックシールド》だ! しかもかなり強力みたいだ!」
「最悪の組み合わせじゃん! こうなったら――!」
クララが《ディスペル》で巨人の強化効果を解除する。が、妖精によって《マジックシールド》をすぐさまかけなおされてしまう。もう一度繰り返しても同じ対応をされ、クララが憤慨する。
「もーっ!」
その間にもアッシュは巨人に接近。攻撃を躱しながらその左足に攻撃を加えていた。すでにかなりの傷は負わせた。あともう少し、といったところでその傷がみるみるうちに治っていく。理由は明白。妖精の《ヒール》だ。
「こりゃあ先に妖精を倒さないとだめっぽいな!」
「ボクに任せて!」
ルナが妖精に矢を放ちはじめる。かろやかかつ機敏な動きに翻弄され、すぐには当てられなかったようだが、なんとか射抜くことには成功していた。妖精が頭からまっさかさまに落ちていき、床に落ちる前にその姿をジュリーに変貌させる。
「思った以上にすばしっこいね……!」
射た矢の数が理由か。
倒したにも関わらずルナの顔は険しかった。
「2人とも、追加で敵きてるよ!」
吊り橋の先から巨人と妖精がセットで向かってきていた。アッシュは急いで眼前の巨人の左足へと猛攻撃をしかけ、倒したあとに首を斬り落とす。
「巨人の相手は俺がする! ルナは妖精を優先排除! クララはルナを援護しつつ余裕があれば巨人に攻撃してくれ!」
「了解!」
「わかった!」
◆◆◆◆◆
何度か吊り橋を渡って幾つもの大樹を経由したのち、それはついに視界の端に映り込んだ。そばでずしんと重々しい音をたてて倒れた巨人が完全消滅したのを機にクララが声をあげる。
「出口の門だよね、あれ! やっとだー!」
かなり先ではあるが、5段ほどの階段を上がった先、大樹の幹に入るような形で転移門は配されていた。階段の下に巨人はいるが、その数は5。慎重に1体ずつ釣って狩れば問題なく突破できるだろう。
「思った以上に時間がかかったな……」
「たぶん、すでに夕刻は過ぎてるだろうね」
普段なら夕食も終えて酒場でのんびりしている頃だ。1階を突破するのにこれほどかかったのは初めてだ。装備が充実していないことや初めてという面もあるが、それにしたってやはり7等級は規格外だ。
いくら上層がきついとはいえ、通常階すらも突破できないのか。そんなことを思っていたが、ようやく納得できた。たしかにこれは1階を突破するだけでも簡単ではない。
その後、階段下の巨人を丁寧に処理。
転移門前に広がる足場まできたのだが――。
大樹から伸びた枝葉に隠れるようにしてそばにわき道が続いていた。その先には吊り橋がかかっており、べつの大樹へと繋がっている。
ただ、ほかの区画とは違って足場だけが広がっているわけではなく、大樹の枝葉に乗せるようにたくさんの木造家屋が見えた。
「見たところ集落みたいだね」
「どう見ても巨人の家だよね、あれ」
クララが言うとおり家の大きさは巨人がちょうど1人は入れる程度のものだ。ただ、もっとも奥にある家だけはほかよりも2倍以上の大きさだった。
「変わった花の蕾だね」
ルナが吊り橋の手すりに巻きつけられた花を見ながら言った。真っ白な花弁を持ち、まるで鐘のような形状をしている。
「それ、ハバシカソウって言ってな。人間が近づいたら思いきり喚き叫ぶんだ。まあ、侵入者を報せる用に使われることが多いな」
「じゃ、じゃあちょっとでも踏み入ったら家から巨人が出てくるんじゃっ」
だろうな、とアッシュは答えたあと、奥のもっとも大きな家を見つめる。
「あの奥のでかい家、レア種いそうじゃないか?」
「アッシュくん……まさか行くつもりじゃないよね?」
「ただの巨人相手でも今回はかなり苦戦してるからな。さすがにそこまで無理するつもりはない。ただ――」
にっと笑って告げる。
「どんな奴かちょっと拝んでみたいだろ?」
「この顔、なに言ってもやるときの顔だぁ……」
「だめだクララ。諦めよう」
2人も快く許してくれたところで早速配置についた。
クララ、ルナは転移門の前に。
アッシュは吊り橋の前に立つ。
「アッシュー、絶対に無理しちゃだめだからねー!」
「わかってる!」
ルナにそう答えて、アッシュは吊り橋に向かった。
「そんじゃ行くぞ!」
後衛組にも聞こえるよう叫んで合図を送ったのち、吊り橋に足をかけた。直後、ハバシカソウたちが一斉に蕾を開いた。あわせて赤ん坊の泣き声に近い、高い音を発しはじめる。
思わず耳を塞いでしまいそうになるが、それどころではなかった。視界の中、映っていたたくさんの家の中から巨人たちが出てきていたのだ。
数は10。さらに目をつけていた大きな家からも赤黒い肌の巨人が出てきた。通常の巨人よりも2倍とまではいかないが、それに近いぐらいの大きさだ。
赤黒の巨人が両手に1本ずつ持ったアックスを掲げ、咆哮をあげた。呼応するようにほかの巨人たちも哮ると、一斉にこちらへと向かって走ってきた。
アッシュは振り返って全力で走りはじめる。
巨人たちが吊り橋を渡っている音だろうか。
後方からどすどすと騒々しい音が聞こえてくる。
「ははっ、やっぱりでかかったな!」
「呑気に笑ってる場合じゃないよ! 早くー!」
クララが手を振りながら必死に叫んでいた。
彼女は焦っているが、かなり離れていたので追いつかれる心配はない。
あと少しで転移門に辿りつくといったところでアッシュは肩越しに振り返り、改めて赤黒の巨人を確認する。あれがレア種かどうかはわからないが、取り巻きの数が数だ。少なくとも相手にするには1チームでは厳しいだろう。
「いつか倒してやるからなー!」
アッシュは最後にそう捨て台詞を吐いたのち、転移門へと飛び込んだ。





