◆第二話『思い出作り』
予想していなかったことにアッシュは思わず目をぱちくりとする。改まって言うものだからもっと深刻な話かと思ったのだ。
「ついこの間、うちのメンバーがたまたま見つけてね。名前はベルグリシ。たぶん、まだ誰にも討伐されていないと思う」
聞いたことのない魔物だ。
いったいどんな姿かたちをしているのか。そんな好奇心が先行して答えをすぐに出してしまいそうになるが、なんとか感情を押し殺して話を進める。
「手伝って欲しいってことは、もう挑んでたりするのか?」
「1度だけね。火力的にちょっと厳しそうだったから撤退したんだ」
「なんとか削れてはいたんですが、そのあとのことを考えたら……」
レオに続いてウィグナーが補足して説明してくれる。
ジュラル島の魔物は多くが弱ると凶暴化する。
その際のことを言っているのだろう。
通常時でぎりぎりの戦いを演じているようでは、凶暴化以降を凌げるとはとても思えない。撤退したのは賢明な判断だったと言えるだろう。
「1つ訊きたいことがある。どうして俺たちなんだ? そりゃあ声をかけてもらったのは嬉しいけど、ただ倒すだけならもっと戦力が整ってるところに声をかけるのが確実だろ。それこそ3大ギルドとかな」
意地が悪いと認識していながら、アッシュはあえてそう質問した。
「あわよくば戦利品で美味しい思いをしたいって気持ちはもちろんある。けど、それ以上に僕たちのギルドで倒したっていう実績が欲しかったんだ」
「たしかにレオんところより名声のあるところと組んだら、手柄をとられちまうな」
その点、こちらはただのチーム。
しかも3人と少ないので打ってつけというわけだ。
と、女性メンバーの1人が神妙な面持ちで心境を吐露する。
「わたしたち、ギルドを作ってから長いんだけど、こういう大きなことって一度もしたことなかったから……」
「思い出作りみたいなものか」
こくり、と彼女は頷いた。
なるほどな、とアッシュは息を吐く。
大方の理由はわかったが――。
「どうする、2人とも」
そう問いかけながら振り返ると、クララがそそくさと目をそらした。右手で左腕をぎゅっと握りながら、恐る恐る不安を口にする。
「……す、すごく強そうだけど、大丈夫かな」
「耐久力的にはきみたちがソレイユと一緒に倒したリッチキングほどではないと思う。ただ、攻守ともに等級相応だろうね」
どちらが上かの判断は難しそうだ。
とにかく決して楽でないことはたしかだろう。
「う、う~……アッシュくんに任せる」
「放り投げたな」
「だってーっ!」
彼女のことだ。
結局はチームの方針に従うといったところだろう。
「ルナは?」
「ボクもアッシュに任せるよ。ただ、個人的には気になるかな」
どうやらクララと違ってルナは乗り気のようだ。
「でも、受けるにしてもボクたちまだ緑は60階を突破してないから、まずはそっちをどうにかしないとだよね。そのレア種、硬いってことは強化もたぶんしないとだろうし」
ルナの指摘にレオが「そうだね」と答える。
「武器は8ハメが最低条件になるかも。もちろん参加してもらうからには強化に必要な費用はこちらで負担するよ」
「そういうのはあまり嬉しくないな」
アッシュは目を細めて即座に拒否した。
レオが見るからにうろたえる。
「ご、ごめん……アッシュくんがこういうこと嫌いだってわかってたはずなのに、僕はなんてことを……」
「ちょっとレオさん!」
「僕が一番アッシュくんをわかってるんだー! って言ってたのはどこのどなたですか!」
「うわぁ、みんなごめんよー!」
レオの失言に、彼のギルドメンバーが寄ってたかって責めはじめる。それはもうマスターという肩書きが嘘のように感じるほどに容赦なしだ。
「ごめんね、レオさん。アッシュくん、こういうところ頑固だから」
「なんでクララが謝るんだ」
「ほら、あたしってアッシュくんの相棒だし」
得意気に胸を張ったクララを見ながら、ルナがぼそりと一言。
「大方ジュリーが浮くのに、とか考えてたんじゃないかな」
「うぐっ」
どうやらそのとおりだったらしい。
アッシュはため息をついたのち、返答を口にする。
「受けるのは問題ない。むしろ今後のことを考えたら7等級の中級レア種の強さを知っておきたいってのが本音だ」
ただ、と話を続ける。
「やっぱり強化に関しては自力でしたいから少し時間が欲しい。それが俺たちが参加する条件だ」
強化にはオーバーエンチャントも絡む。
下手をすれば莫大な時間を要するかもしれない。
それでも果たして彼らは受け入れるだろうか。
そう思っていたのだが、意外にも決断は早く下された。
レオがギルドメンバーたちに目線で確認をとったのち、首肯する。
「僕たちはそれで問題ないよ。期限があるわけじゃないしね」
「悪いな、わがまま言っちまって」
「こっちから誘ったんだから気にしないでおくれ。それにきみたちのことだから、そんなにかからないと思っているし」
本当に出会ったときから変わらない。
レオは常にこちらを高く買ってくれる。
その根拠がどこからくるかはわからないが……。
期待されて悪い気はしない。
アッシュはレオとがっしりと握手を交わす。
「そんじゃ決まりだな」
◆◆◆◆◆
ギルド《ファミーユ》の本部をあとにし、中央広場へと向かっていた。まだ昼食をとっていないので、これから《スカトリーゴ》に行こうという話になったのだ。
「それにしても大きな目標ができたね」
「あたしとしては、いまから怖くてしかたないんだけど……」
「レア種が?」
「ううん、オーバーエンチャントで散財するのが……」
ルナと話していたクララが途端に怯えはじめた。
アッシュはからかうように彼女の顔を覗き込む。
「なんだよ、前はやる気満々だったじゃねえか」
「あれはその場の勢いって奴だよ。ていうかあのとき2人が止めたから余計にいま怖くなってるんだからねっ」
そう言って、眉根を吊り上げながら抗議の顔を向けてくるクララ。
あはは、とルナが苦笑しつつ応じる。
「でも、やっぱりクララに失敗されるとあとに響きそうだからね」
「魔法に関しては火力不足ってことはないだろうし、クララは免除でいいかもな」
「え、えぇ。それはそれで仲間外れみたいでいやかも」
ただ優柔不断なのか、流されやすいのか。
本当に見ていて面白い子だ。
「ま、結局はガマルの胃袋と相談か」
「うん、それでお願いしますっ」
そうしてクララが威勢のいい返事をしたとき――。
「アッシュさん!」
後ろから覚えのある声が飛んできた。
振り向いた先、映ったのはこちらへと走ってくるウィグナーの姿だった。近くまでくるなり、彼は申し訳なさそうな顔を向けてくる。
「すみません、急に呼び止めてしまって」
「いや、それはいいんだが、どうしたんだ? クララが忘れ物でもしたか?」
「え、してないと思うけど……って、言われたら心配になってきたよっ」
冗談を真に受け、クララが自分の体をぺたぺたと触りはじめる。と、慌てた様子でウィグナーが止めにかかる。
「あ、違うんです。実はあなた方にお願いがあって……」
なにやら言いにくいことのようで少しの間、彼は迷っているようだった。だが、ついには意を決したように叫んだ。
「レオさんを、あなた方のチームに入れてはもらえないでしょうかっ」





