◆第四話『ばればれな尾行』
蒸すような熱さに襲われ、じわりと額に汗が滲んだ。
アッシュは腕で汗を拭いながら、ふぅと息を吐く。
そこはまさに洞窟といった姿だった。
黒々と艶めく荒い岩肌に囲まれた中、だだっ広い1本道が続いている。
昨日、狩り中に妨害を受けたことで途中離脱を余儀なくされた。その悔しい思いを早々に晴らすため、本日も同じく赤の塔58階に挑戦しにきていた。
ぺたりぺたりと音をたてながら、右壁面のへこみから四足の魔物が姿を現した。全長が人間ほどもあることや、肌が目を刺激するような鮮やかな赤であることを除けば、その外見はまさにトカゲそのもの。
竜の下位種――ドレイクだ。
敵は壁から転がり落ち、どしりと重みのある音を鳴らして着地。顎を引いて頬を膨らませた。火炎の息を吐いてくるつもりだ。
「アッシュ、顔をそらして!」
後方からルナの声が飛んできた。
言われるがまま顔を左にずらす。
と、1本の矢がそばを翔け抜け、敵の顔面に突き刺さった。命中と同時に敵の口がぱりぱりと音を鳴らして凍りついていく。
行き場をなくした火炎が敵の口内で膨れ上がった。
かすかに空いた口の両端からぼふっと黒煙をもらすと、敵はその場にぽてんと倒れ込んだ。
速やかに処理はできたが、油断はできない。
逆の左側壁面からも1体のドレイクが転がり落ちてきた。
先の固体と同じくすぐさま頬を膨らませる。
「そのまま詰めて大丈夫だよっ」
今度はクララの声が後方から聞こえてきた。
アッシュは彼女を信じてハンマーアックスを手に前へと駆ける。
その間に敵が顔を押し出し、大きく口を開いた。
吐き出された火炎は人ひとりをたやすく呑み込むほど巨大だ。触れれば一瞬にして骨と化すのではないかと思うほど勢いもまた凄まじい。だが、その火炎はこちらに届くことはなかった。
眼前にせりあがった氷壁――《フロストウォール》が防いだのだ。防ぎきれなかった火炎が左右を流れていく中、アッシュは駆けつづける。
火炎の勢いが衰えたとき、氷壁もとろけるように消滅した
アッシュは氷壁が残した水を飛び越え、敵に肉迫。勢いのままハンマー側を振り下ろそうとする。が、敵はその外見に似合わない機敏な動きで横に飛び退いた。さらに尻尾を振って応戦してくる。
このままハンマーアックスを地面に叩きつければ硬直してしまい、その間に敵の尻尾に弾かれるだろう。だが、それは通常の武器であった場合だ。
ハンマーアックスには青の属性石を6個装着していた。
地面に叩きつけた直後、円を描くように周囲から膝高の氷刃が幾つもせり上がった。まさに王冠といった形のそれらのひとつが敵の腹に突き刺さる。敵が辺りに響くほどの呻き声をもらす。
以前、リッチキング戦の前にドーリエが雑魚相手に見せた一撃には遠く及ばないが、それでも充分な威力だ。
氷の刃に体を持ち上げられ、地面につかない四足をじたばたとさせるドレイク。その頭にハンマーを上から叩きつけると、さらに氷の刃が深く突き刺さった。追い討ちに今度は体全体へと押しつけるようにして振り下ろす。
敵は頭と四足をピンと跳ねさせると、ついには動かなくなった。ぐったりとしたままその姿をジュリーへと変貌させる。
ぴょんぴょんと跳んでジュリーへと向かうガマルをよそにルナが歩み寄ってくる。
「相変わらず容赦ないね、アッシュは」
「下位種とはいえ、まがりなりにも竜の仲間だからな。これぐらいがちょうどいい」
「敵の種類に関わらずいつもな気がするけど」
「手を緩めて後ろからやられるよりはいいだろ」
そう答えながら、アッシュはハンマーアックスを肩に担いだ。
「アッシュくんだしねー。きっと魔物が命乞いしてきてもやめなさそう」
ガマルとともに戦利品を確認し終えたクララが弾むような足取りで合流した。
「人を悪魔みたいに言うなよ。ってか、ご機嫌だな、クララ」
「うんっ。だって2つも強化石出たんだもん!」
彼女は両手でひとつずつ摘んだ小さな宝石――強化石を見せつけてきた。
「反射と、硬度上昇っ」
58階に入ってからすぐにドレイクから反射の強化石が出るやいなや、その次の個体からも硬度上昇の強化石が出たのだ。本当に運がよかったとしか言いようがない。
昨日の妨害で憤慨していたクララもおかげで満面の笑みだ。
「反射のほうはボクたちじゃ使い道がないから売却だね」
「うん、7万ジュリーです!」
相変わらず換算するのが早い。
もとからジュリーに見えていた節さえある。
ちなみに反射の強化石は島にきた当初は約5万だった。
それが海の秘宝に続いて黄金都市で7万まで値上がった形だ。
ルナが険しい顔をしたかと思うや、後方へ視線を流した。
「それより……アッシュ、気づいてる?」
「つけられてることだよな。ああ、もちろんだ」
「え、誰に――」
クララが過剰に反応することは予想していた。
ルナも読んでいたようで、クララの口を後ろから流れるように塞いだ。
「ん~~っ、ん~~~!!」
「はい、クララ落ちつこうね」
こくこくと頷くクララ。
そんな彼女を解放しつつ、ルナは訊いてくる。
「あのアルビオンの人だよね」
「ああ、たぶんシビラだ」
戦闘しながらこっそりと後方を確認していたが、幾度か黒髪と《ソル》シリーズの防具を捉えている。黒髪はまだしも、《ソル》シリーズを着ている挑戦者はシビラ以外に見たことがない。
相手はこちらが気づいているとは思っていないのか。いまだ尾行をやめる気配がない。
「ボクたちが犯人だって疑われてるのかな」
「さすがにそれはないと思いたいが……いずれにせよ、見られながらってのはやりにくくてしかたないな」
とはいえ、ここまで監視まがいのことをされたのだ。
ただ文句を言いにいくだけではすましたくない。
もう少し進んだ先に曲がり角がある。その先は少し入り組んでいて隠れられる場所があったはずだ。昨日、通ったばかりなので記憶違いはない。
アッシュは口の端を吊り上げながら2人に提案する。
「ちょっとおどかしてやろうぜ」
 





