◆第二話『白き王城』
アルビオン本部の門を開け、踏み入る。
中は石造にも関わらず壁面にはごつごつとした感じがなかった。床も同様で、多くの挑戦者に踏み荒らされているとは思えないほど汚れがほとんど見当たらない。
相変わらずどこかの王城のような洗練さだ。
と、クララが服のすそを握ってくる。
「うぅ、お留守番しておけばよかったかも……」
「捕まったときのことを思い出すか?」
「え、クララ捕まったことあるの?」
「店前で入るか悩んでたら不審者扱いされたらしいぜ」
「あ~……なるほど」
「納得しないでよぉっ」
入口の門を抜けた先、すぐ左隣に階段があった。
正面奥には椅子やテーブルが幾つも置かれた仕切りのない広間が見える。どうやら待機場所のようでいまも3人の挑戦者が雑談している。
夕刻前という中途半端な時間とあってやはり人は少ないようだ。とはいえ昼間にも中央広場を警邏している彼らだ。いつでもそう多くはないのかもしれない。
それにしても待機中の挑戦者たちの装備には驚かされた。
1人が《フェアリー》、残り2人が《巨人》シリーズの防具に身を包んでいる。
アルビオンのメンバーはその多くが7等級に到達しているという。三大ギルドの中でもっともメンバーの質が高いと言われるゆえんだ。
アッシュは勇んで歩みだし、彼らのもとへと向かう。
「あ~、いきなりで悪い。ニゲルに話があるんだが」
「マスターはまだ帰ってきていない。用があるならわたしから伝えておくが」
挑戦者のひとりが淡々と答えながら訝るような目を向けてきた。こちらは以前にクララ関連で色々と騒動を起こしている。無理もない反応だ。
アッシュはルナ、クララと顔を見合わせる。
「まだ狩りを終えるには早い時間だしね」
「どうするか……」
事情を話すか話すまいか。
相手にしてみれば疑われることになるのだ。
下手に話せば口論になる可能性もある。
そうして迷っていたとき、後ろで扉の開く音がした。
振り返ると、3人の挑戦者が中に入ってきていた。
ひとりは銀の短髪に白皙の男。
アルビオンのマスターであるニゲルだ。
彼が装備するのは淡い白銀に金の意匠が入った煌びやかな軽鎧。ヴァネッサと同じ8等級の《レガリア》シリーズだ。
もうひとりは背にかかるほどの黒い髪を流した女性。
ニゲルの右腕として名高い剣士、シビラだ。
彼女のほうは白を基調にしながらも赤を引き立てるよう均整に模様づけされた軽鎧に身を包んでいる。たしか8等級の《ソル》と呼ばれるシリーズだったはずだ。
敵への損傷を増加させる《レガリア》シリーズとは違い、《ソル》シリーズは俊敏性の微増、赤と白属性への耐性微増という効果を持つ。多くの近接が《レガリア》を選択している中、珍しい選択だ。
そして最後のひとりはダリオンにも負けないほどの巨躯に禿頭が特徴的な男だ。
防具はニゲルと同じく《レガリア》シリーズ。棘つきの球を鎖で垂らした武器――モーニングスターを手にしている。装備からして、ニゲルたちのチームメンバーで間違いなさそうだ。
大きな体もあってなんともいかつい外見だが、背からは杖が覗いている。ヒーラーなのだろうか。ニゲルとシビラが近接であることを考えればその可能性は高そうだ。
彼らが現在の最高等級に達したチームのひとつ。ヴァネッサやベイマンズのチームとはまた違った……どこか張りつめたような独特の風格を持っている。
ニゲルを先頭に彼らはこちらまでやってきた。
「きみたちは……」
「話があってきたんだ」
「それは急用かな?」
「以前、連行された場所にわざわざくるぐらいにはな」
冗談まじりに言ってみたが、とくに面白い返しはこなかった。真面目なところは以前に会ったときからなにも変わっていないようだ。
「ゴドミン、警邏のほうを頼めるか」
「承知した」
モーニングスターを持った大男はゴドミンという名らしい。彼は短くそう返事をすると、振り返って再び外へと出て行った。どうやら彼もまたニゲルと同じく至極真面目な人間のようだ。
ニゲルが階段のほうへと向かいながら、こちらに言ってくる。
「ついてきてくれるかな。応接間で話そう」
◆◆◆◆◆
「魔物をなすりつけられた件についてだろう?」
ソファに向かい合って座るなり、ニゲルがそう訊いてきた。
「まだなにも言ってないはずだけどな」
「……きみたちで6件目だ。いやでも予想がつく」
彼はため息混じりに言った。
見るからに嫌気が差しているといった様子だ。
「はっきりと言わせてもらうが、我々のメンバーによるものではない」
「やけに自信満々だな。もう調べはついたのか?」
「そんなもの、調べずとも明らかだ」
そう返答したのはそばで控えていたシビラだ。
彼女は眉をひそめながら、こちらを睨んでくる。
「シビラ」
ニゲルに目線で制され、シビラは渋々ながら顔から険をといた。
どうやら直情的なところは相変わらずらしい。
「報告を受けた時間をもとにメンバーには確認をとり、全員が無実であることがわかっている。とはいえ、これは独自の調査。信じる信じないはそちらの自由だ」
ニゲルの目にはいっさいの揺らぎがない。
「仮にも島の秩序を守るって言ってるあんたらのことだ。その活動にわざわざ支障が出そうなことをするとは思えないしな。それにあんたがそんなへまをするとも思えない」
「ずいぶんと買ってくれているようだね」
「好きにとってもらっていい」
ただものではない。
単純にそんな空気感がするだけだ。
「たぶん報告しにきた奴らも同じ考えだと思うぜ。ただ……アルビオンを名乗っての犯行だ。犯人はあんたらに恨みを持ってる可能性が高い。だとしたら、あんたらも捨て置けないんじゃないか」
「貴様っ、我々のせいだと言うつもりかっ」
「……シビラ」
少し意地の悪い話の運び方かと思ったが、案の定シビラが反応した。
彼女はニゲルに叱られ、すぐに口を閉じた。だが、募った怒りは消えないようで鋭い目でこちらを睨み続けている。
彼女から目をそらし、アッシュは話を進める。
「こっちとしてはただ邪魔されずに塔を昇りたいだけだ」
「もちろん我々としても早期の解決を望んでいる。そのためにもどんな些細なことでもいい。なにか情報を持っていたら教えて欲しい」
こちらだけで解決できれば問題ないが、たった3人でジュラル島全域に目を光らせるのは無理がある。
その点、アルビオンは在籍数約60人の大所帯。
彼らに任せるほうが手っ取り早い。
「じょ、情報って言っても仮面つけてたから顔わからなかったよね」
右隣に座るクララが怯えつつ言った。
慣れていない人の前では相変わらずらしい。
ルナが続いて挙げる。
「特徴じゃないけど……連れてきた魔物の数が異常だったこととか」
「だな。明らかにありえない数だった」
その話をした途端、ニゲルの顔つきが険しくなった。
「場所は?」
「赤の58階から59階までの柱廊だ」
「きみは……つい最近きたばかりだったと記憶しているが」
ニゲルが目を瞬かせながら呆けていた。
真面目な顔ばかり見ていたこともあって意外な反応だ。
「優秀な仲間がいるもんでな」
アッシュは得意気に言い切った。
苦笑するルナと同じく、クララは冷静にやり過ごそうしていたようだが、口元は緩んでいた。
こちらの返答になにを思ったか。
ニゲルがじっと見つめてきたあと、息を吐いて空気を一新させた。
「しかし、異常な数の魔物か……ほかの被害者からも同様の報告を受けている」
「マスター、やはり……」
「ああ。おそらくハザードリングだろう」
シビラと顔を見合わせたニゲルが頷いたのち、そう言った。
「ああ、悪い。そのハザードリングってのは?」
「魔物の出現数を大幅に上げる効果を持つ装飾品だ」
そんなものがあったとは。
本当になにがでてくるかわからない島だ。
「かなり前のことになるが、委託販売所に売り出されていてね。上手く使えば効率的に魔物を狩れ、金策に有効だと話題になったが、あまりの凄まじい湧きに誰にも扱えず、買われては売られを繰り返していた」
「あの湧きじゃあな。狩りに使うのはきつそうだ」
おそらくゴブリン相手でも面倒なことになるだろう。たとえ処理しきれたとしても低層の魔物ではそれほど旨味はない。本当に扱うのが難しい装飾品だ。
「ああ、とても危険だ。だからわたしが購入し、保管しようと思っていたのだが」
「先に買われたってことか」
ニゲルが頷いた。
察するに以降は委託販売所に売られずいまに至るといったところか。
ルナが難しい顔をしながらこぼす。
「でも、そんな危険なものを持ってるってなると、捕まえるのも容易じゃないね」
「心配せずともわたしが必ず犯人を捕まえてみせる。……これ以上、アルビオンの名を穢させはしない」
シビラが力強く宣言する。
その姿からはアルビオンのメンバーである誇りを大いに感じられた。
「なんとも頼りがいのある剣士さんだことで」
「ああ。彼女ほどこのギルドの象徴として相応しい者はいない」
ニゲルはあっけらかんと言った。
直後、シビラが幸せそうに顔を崩した。
凛々しかった先ほどの姿はもうどこにもない。
アッシュはルナにささやく。
「やっぱ絶対ニゲルのこと好きだよな」
「すでにデキてる節もありそうだよね」
そうしてこそこそと話していると、ニゲルが立ち上がった。
「ひとまずこんなところだろう。我々もできるかぎり問題を解決できるよう努めるが、なにぶん犯人の正体も掴めていない状態だ。すぐにとはいかない」
「そのあたりは理解してるつもりだ。こっちもなにかわかったらそっちに伝える」
「感謝する」
島にきて間もない頃。
クララを取り巻く事件からアルビオンには目をつけられていた。
そんなこともあって彼らとの協力関係には違和感しかないが……仲間になればこれ以上心強いものはない。
アッシュは立ち上がり、ニゲルと力強く握手を交わした。





