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コップ
無理せずに
目の前に座る男は
何かが擦り切れてしまったような印象を受けた
辛そうで今にも泣き出しそうな顔をしている
人の心はよくコップに例えられる
コップに並々と水を注ぎ
そこへ一滴ずつ負の水が加わっていく
いっぱいになった水は溢れるのだろうか
それともコップそのものを壊して
流れ出るのか、それは誰にもわからない
こぼれた時に人は間違いを犯したり
取り返しのつかない状態になったりする
だから時には別の要因を使って
わざと水を溢れさせてやる必要がある
僕の場合は並々と水の入ったコップに
お酒という水を注いでやるのだ
しかし酔ってしまうと
そもそも自分のコップにどれほどの
水が入っていたのかわからなくなってしまう
ストレスがあるのかないのか
自分がどれほど疲れているのかさえ曖昧になる
それもそれで問題なのだろう
他人のコップを見て
あれこれ考えている場合ではないのかもしれない
所詮自分の機嫌は自分で取るしかないのだから




