巻末特別資料(3):夢野ベル子様がくださったご感想、および私の回答
[良い点]
幼女作家「わたしの恥ずかしい歴史。えっちな本が下校途中にあって、わたしはそれを発見したんだけど、持って帰る勇気もなくて、でも興味があって、下校途中なので、当然一度きりの逢瀬なんだけど、またグルっと道を一周して、またえっちな本のところにいって、また家のほうに向かって。またグルってまわって。ぐるぐるぐるぐる……」
[一言]
国立図書館の件については、なんとも腹立たしいというより悲しい気持ちになるな。
基本的に書籍化したいという作者の気持ちって、何かを形に遺したいってことだろうし、その気持ちが踏みにじられてしまってるような気がします。
まあ、ネットも含めて、わたしたちには物理的なものはなにも残せないというのが事実でありましょうから、そんなセンチメンタルな気持ちになったところでしかたないのかもしれませんけど。太陽系も50億年もすれば滅んじゃいますし、宇宙もいずれは熱的に死ぬか、ビッグクランチが起こるらしいですし。そこまでいかなくても、人間があと100万年も生き残るかというとそんなわけもないように思うし、ああ、それとそれと、わたしはたぶんあと100年内には死ぬでしょうし。
ただ作者様の中では、そこまで追い求めたことで、くだんの「官能劇画誌」なるものは特別なものになったのだと思います。
少なくともこの世界にひとり、作者様だけは忘れずにいてくれたわけで、「官能劇画誌」のお姉さんたちも喜んでいるんじゃないかと思います。作者様が見出した「官能劇画誌」のお姉さんがエロかった。その考え方だけは永遠に遺ると信じます。
投稿者: 夢野ベル子
2022年 06月04日 21時47分
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
【 夢野ベル子様への、私の回答】
こんばんは! とても優しく、あたたかいご感想を頂きまして、ありがとうございます。
・・・「官能劇画」の中には、その時代時代の「空気」が残っていますね。
1970年代あたりの作品を見ておりますと、下宿先の浪人生やその住まいである四畳半の畳の部屋などが登場し、そこに、その当時の髪型の女子大生が訪れる・・・そんな「神田川」のような世界が、自然に描かれています。
劇画誌の中の作品たちは、ほぼ「一話完結」という形でおさめられていますが、その一話一話に、「ドラマ」があります。
ただ単に「濃厚な性行為」が描かれているのではなく、登場人物たちの心の葛藤、悲しみ、喜び、憎しみ・・・こういった感情の部分まで、短い話の中に凝縮されているんですヨ。
昔の私は、「官能劇画誌」というものは、単純な「性欲解消のための道具や手段」に過ぎませんでした。
でも、齢50を過ぎた今、劇画誌に対する私の態度や感覚は、まるで違っています。
夢野ベル子様のおっしゃるように、その劇画を作られた作者の思い・・・こういった作品の向こう側に見えてくる、精神世界まで考えるようになりました。
まぎれもなく劇中の登場人物・・・特に主人公などは、作者自身の「投影」であり、時には「分身」ともいえるものではないか・・・作者の内に秘めた願望や「魂の叫び」の部分も、実はかなり強い割合で反映されている・・・そうも感じました。
だから、私にとって非常に強い思い入れのある、魅力的で貴重な作品たちを、身勝手な軽い動機でもって、何のためらいもなく奪い去ったヤカラどもが許せなかった・・・実は、今回のエッセイでは、そんな強い思いを表現したかったという経緯がありました。
あ・・・つい熱く語っちまった(苦笑)。すみません。
また何か・・・こんな感じの「エロネタ以外の」何かを書いてみますので、またよかったら、お立ち寄りくださいませ・・・。では、失礼します。
サファイアの涙
2022年 06月05日 00時33分




