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白夜の奏でる音  作者: 月原 悠
それぞれの道

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17/19

春—―2

春の訪れは、タピオの胸にもやわらかな光を落としていた。

ルージェは彼にとって、樹木のあいだからこぼれる木漏れ日のような存在だった。


あたたかく、明るく、そばにいるだけで心がほどけた。

まるで、小さな太陽のようでもあった。


けれど、その光に包まれていると、なぜか歌への情熱は少しずつ薄れていった。

歌はなお彼の中にあったが、以前のような切実さでは燃えなくなっていった。


それでも、ルージェが微笑むのを見るために、タピオは夜ごと歌った。

彼女は目を細めて耳を澄ませ、ときおり嬉しそうに小さくうなずいた。

その姿を見るたびに、タピオの胸には静かなぬくもりが満ちた。

けれど同時に、どこか遠くで、まだ名もない風が吹いているようでもあった。


その胸には、どこか満たされないものが残っていた。


ある日のことだった。

春の陽気がふいに崩れ、小雨が降り出した。

遠くには虹が淡くかかっていた。


タピオはルージェとともに窓からその虹を眺めていた。

窓ガラスには細かな雨粒が光り、外の森はしっとりと色を深めていた。

ルージェは「きれいね」と小さく微笑んだ。

その声はやさしく、春の雨のようにやわらかだった。


そのやわらかな色を見つめているうちに、胸の奥に言いようのない空しさがひろがった。


そして、虹の淡い光の向こうに、ふいにアイリの面影が浮かんだ。


けれど、今そばにいるのはルージェだった。

彼をあたため、支えているのも、また彼女だった。


タピオは、どうしてそんな想いにとらわれるのか、自分でもわからなかった。

ただ胸の奥だけが、静かに揺れていた。


雨の音がタピオの胸の奥まで沁みこんできた。

このままでいいのかと、ふいに思った。


自由だったころの風が、どこか懐かしくなった。

今の暮らしはあたたかいはずなのに、そのぬくもりがかえって彼を戸惑わせた。


タピオは必死にその面影を振り払おうとした。

けれど、振り払おうとするほど、アイリの姿はかえって鮮やかに胸に焼きついた。


小雨が降っていた。

彼のこころに静かな音をたてて。


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