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狐と踊れ  作者: 墺兎
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2023年4月、新潟㉑

「グレイシャ計画は確かに人間を減らしたいとは言ってたけど、汎発流行パンデミック状態にならなくてもいいんじゃん?」

「人々の混乱に乗じ易いのでは?」

「うーん、そうかなぁ。今回は偶々カタリン・カリコの研究が為されていたのが最大要因かも知んないけど、直ぐワクチンが完成されて長引かせないで今に至るじゃん。5類移行も目前だよ」

「斯様に技術が進んでいると予測が立っていなかった?」

「もし、コロナが意図されたものだったとして…増殖させてばら撒く、なんて設備と技術者がいなきゃできなくない?」

「技術者なら新しい研究も知り得ておるか。そうだな」

メイアンは腕を組み、唸る。

「ただねぇ、クローン技術があるっぽいんだよね…簡単に使い捨てられる」

「クローンってそういうものなの?」

タカはメイアンを見上げた。

「いや、遺伝的に同一である個体や細胞、細胞群を作ることはまあ容易なんだけど、個体を成長させるのはどうなんだろう?動物を促成するなんて、聞いたこともない」

うんうんとタカは鼻先を振った。

「なら四十歳のクローン人間は育成に四十年かかっているのですね。それを使い捨てって、無茶苦茶ですよ」

「そうなんだよ〜。同じ顔が幾人もいて犇いていたのなら目立たないわけがない。だからそれだけの設備や施設も持っているってことだよね。今回のコロナの汎発流行パンデミックは偶発だったとして、でもここからなにかを学んだと思うね」

「次の死亡被害著しい感染症は疑わしい…ということ?」

「そ。疑わしい」

九頭龍は顎を指で擦った。

「今度は過感染エピデミック状態に感染爆発アウトブレイクさせるのか」

「いや、地域流行エンデミック…特定感染の名の通り、一定の地域一定の罹患率一定の季節の所謂風土病的に…もしかしたら特定のターゲットを狙うかもね。あんまりアウトブレイクが過激だと、警戒されて直ぐワクチン作られちゃうでしょ」

「物騒な」

「やりかねないとは、本気で思ってる。あれ?ねぇ九頭龍さん、仙になっても感染するのかな?」

「ワクチン、打ってないのか?」

「いや、なんか馬鹿すか打たれてる。実験体になった気分だったよ。や、そうじゃなくて。感染と発症のメカニズムを考えたら、仙の不死性と整合しないな、と思って」

「ううむ。それはなんとも、わからんな。四条の方が詳しかろう。今から会う輩は、インフルエンザを酷く恐れとるがな」

インフルエンザを恐れるって後天性免疫不全症候群(AIDS)かよ、と舌の上まで出かけて呑み込んだ。

左に急に海が開けた。港湾になっている。船が横づけされていた。

「あれは粟島汽船ですよ」

「えっ、粟島?まだ島があるの?」

「佐渡島だけではないのですよ」

「そんなに広い島なの?」

「いえ、佐渡と違って人口三百人くらいの小さな村ですよ、粟島浦村」

クラが穏やかに右折し、川沿いを走る。左側は崖で、小高くなっている。

「詳しいね」

するとくすくすと九頭龍が笑い出した。

「クラとタカの実家がこの近くなのだ」

ふうんそうなのかと軽く聞き流したが、クラとタカのという部分にやっと引っ掛かり、声が引っ繰り返った。

「…実家ぁ?」

「そこの石船神社。饒速日命にぎはやひのみこと罔象女命みずはのめのみこと高龗神たかおかみのかみ闇龗神くらおかみのかみが祭神だ」

罔象女みずはのめ…」

するとどこからかクラの声がした。

「聞き覚えのある言葉で、気になっておりました」

「あっクラ!先に言うなよ!こういうお姉さんもありかな、って思った」

メイアンは言葉を忘れたように口を開けたままになっていた。

「…いやいやいや、女神じゃないし」

九頭龍の声が笑っていた。

「饒速日も罔象女もここでは生じなかった。信仰が薄かったというわけではないが、ここで生まれたのはクラとタカだけだった」

「… 高龗は山の龍、闇龗は谷の龍って意味だった筈」

「そうさな、村上の風土だろうかな?よいではないか、タカもクラもこないに愛らしい」

愛らしいって言われちゃったよ、とメイアンは苦笑いした。

「饒速日は磐舟いわふねという空飛ぶ船団を率いて各地を行幸したという。だからこの地を岩舟という」

「へ?空飛ぶの?ちょっと待て古代だろ」

「史実かは定かではないが」

「古代のオーバーテクノロジー説ぅ?なんの遺構も残ってないじゃん!」

九頭龍は可笑しくて堪らないという風に肩を震わせている。

「その名も、いわふね。素材は鉱物だったのやも」

「うわーうわー、そういうのオカルト雑誌だけにしてよ」

「ムーなら読んだことあります」

タカは真面目な顔で言う。

「や、や、や、それどうなの龍がムー読むのって!」

シエンタは閑散とした住宅地に入り込んだ。ところどころに茶畑があるが、その家は畑からも雑木林からも離れており、静かな佇まいだった。この辺りにしては珍しく敷地をぐるりと低い柵で囲ってある。その中央に平屋があり、濃い色の八重桜、あれは多分九頭龍が言っていた関山だろうか、それが咲き乱れていた。花桃と花蘇芳が左右に配され控え目に常盤万作と谷空木。柵の一部には蔓薔薇が絡ませてあり少しだけ蕾をつけている。庭の隅には四阿があり、藤が絡んでいる。その横に花梨が花をつけている。馬酔木、躑躅、花水木。よく植えたものだ、と玄関前に目をやると、よくガーデニングに励んだ成果があった。アプローチの両側にビオラとパンジー、雛菊、ムスカリ。一段高くなるように外側に浜簪アルメリアとヒヤシンスが固まるように植えられており、その間をずっとチューリップが埋めている。玄関の傍に斑入りの葉が鮮やかな沈丁花。家の縁を這っているのはヒメツルソバ。陽当たりのいいところには少しばかり盛り上げて芝桜の丘ができている。端の方には鈴蘭の群落。

「なにこの庭」

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