2023年5月、セーヌ⹀サン⹀ドニ⑦
プラムがしゅんと小さくなっている。少々いじけてもいるのだろうが、落胆の方が大きい気がする。ドラゴンの乗り心地は案外良いのだねなどとウルテが無配慮に言ったりするものだから、余計に落ち込んでしまう。雲の中を抜けているからかと思ったが、どうやら雨雲の下を通っているらしい。忠遠に防御陣を教わっておいてよかったと思っていると、寒霏の不満そうな声が響いた。
…そいつを泣き止ませろ。
寒霏がそいつと言い放てる相手はプラムしかいない。現在消沈した様子で蹲るように座っているだけで際立った感情の発露など無いのだがなと思って一瞥すると、目が合ってしまった。ここは笑顔を投げかけてやるしかない。プラムはつられて笑い顔にはなったが、なんとも不安定で一瞬で瓦解しそうな危うさを含んでいた。メイアンは覚悟を決めてプラムの横に座り直した。
「どした?酔った?」
プラムはふるふるっと首を横に振る。アキとは違う、纏わりついてきそうな髪が揺れる。
「高いとこ、怖い?」
ウルテを乗せて太平洋を越えてきたのだからそういうことではないことは重々承知ではある。だが流石にジェット気流を避けて高度1,000m以上を飛んでいながら雨という異常はプラムに起因しているとしか考えられず、メイアンは慎重に言葉を発した。
「カンピーが強面で怖い?」
滅相も無いと焦り気味にプラムは慌てて否定する。
「怖いものは怖い、嫌なものは嫌って言っていいんだよ。カンピーの眉間の皺は本当に良くないよね」
指で己の眉間を摘んで深い皺を拵えてみせるとプラムは気抜けしたように笑みを見せた。だが抱えているものが払拭できなかったのは明白だ。
「お弁当にしよう。なにを作ったの?」
プラムは小声でピカチュウ、と答えた。耳聡くウルテが聞きつけて近寄ってくる。弁当箱は四つあり、ひとつはピカチュウ、次のを開くとトトロ、三つ目はひつじのショーンで、彩り鮮やかで賑やかな弁当だった。四つ目はここにいる人員から考えると寒霏の分なのだろうが、とプラムとウルテに目配せしてそっと開く。白い飯が敷き詰めてある上に焼いた塩鮭が端にどんと置かれ、空いたところに切り刻まれた海苔があった。なんの悪戯だろうかと暫く眺めていたが、目を細めた瞬間合点がいった。
「ゴルゴ13…」
「なにそれ?」
「劇画漫画…って通じるかな?超ハードボイルドの殺し屋漫画なんだけれど…熊も凝ったことを」
デューク東郷の顔半分が鮭の無い部分に海苔で,描き出されている。おかずが素っ気ないことといい、どう考えてもこれは寒霏用だ。
ウルテが絵を読み取れたらしくおおおなどと妙な叫び声をあげている。凄い顰めっ面、と楽しげだ。プラムも目を細めたり弁当箱を近づけたり遠去けたりして白地の黒い絵柄を読み取り、ぽつりと呟く。
「…似てる」
「こいつと?」
メイアンは座っているところ、つまり寒霏のことを指した。プラムはこくりと頷いた。
「似てるか?」
プラムは先程メイアンがしたように己の眉間を摘んでみせた。
「成程ね!そこ!」
ウルテがぶっと吹き出した。プラムは微笑んでいる。雨が止んでいた。笑い上戸なウルテは転げんばかりに笑い通しである。メイアンはデューク東郷にそっと蓋を戻すと包みを結び直した。
散々食べるのが惜しいと言っていた割に完食したウルテにメイアンは尋ねた。
「そろそろ教えてくんない?」
「ん?」
「イニスを何故追うのか」
「あれ?黙ってついてきたから、もう承知だと思ってたよ」
「忠遠も必要があるから追っている、としか答えなかった。それしか知らないからだ」
ウルテは少しだけ目を逸らした。まだ惚ける気だ。
「ディズマルから来た貴女がおそらく些細を知っている筈だ。レイヴンモッカーの総意が別にあるとしても」
「レイヴンモッカーとしては、これ以上火種を撒いてほしくないんだよ」
火種とはなんだと今問うても答えなさそうだなと内心嘆息する。
「…フランスに行くって言ったら断りそうとかそういう危惧は杞憂だぜ」
ウルテはぴくりと目の下を引き攣らせた。
「ヴァールの家は法人化して人を雇っていて頻繁に顔を出すと歳をとらない雇主は怪しまれるから、基本顔を出さないでいただけだ。姿なら今は自在だから、別に問題はない。ノスタルジーなんか抱えていない。大体、パリとヴァールとどんだけ離れてると思ってるんだ、狭い日本じゃあるまいし」
ウルテはぼりぼりという感じで後頭部を掻く。メイアンの真横から強い視線が刺すなとそちらを見ると、縋りつかんばかりの様相でプラムがこちらを見ていた。
「…プラムが雨を呼ぶのはウルテ、貴女に責任があると思うよ」
「なんでそうなるの」
「貴女なんでもできる人だから、心配ご無用とか思ってるんだろうけど?傍から見てると危なっかしい。失敗しそうとか実力不足とかじゃないよ。独りで抱え込んじゃってさ、悩んでるなら悩んでるって宣言すりゃいいものを。だからプラムはおろおろするしかできないんじゃん」




