2023年5月、セーヌ⹀サン⹀ドニ⑤
「そう、そのプラム。プラムについて教えてほしいんだよ」
彼だか彼女だかわからない以上あまり代名詞は使いたくない。
「プラムはジャージー・デヴィルって聞いたんだけどさ」
UMAに生まれついたというだけで悩みが多そうだ。
「ジャージー・デヴィルが伝承通りの存在とか、思ってないよね?」
ウルテは怪訝そうにメイアンを覗き込む。
「思ってないから訊いてる」
「難産を呪った母親が産もうとしてるのは怪物なんじゃ?とか思うのは、どこでもある話で、それが伝承だけど、実際はそうじゃない。先に伝承があって、新聞やラジオ、テレビなんて媒体があってそこから生まれてきちゃったんだ」
「原型は、適当な空想だった?」
「アメリカには移民達が持ち込んだ雑多な記憶しかなかったから、幻獣とかそういうの根っ子がないの。民族が動いちゃうとこういうの、本当に駄目ね」
「中国なんか散々民族が入れ替わってるよ?」
「そう。だから物凄く形や能力が飛躍したり失墜するの。でもなんだかんだ連綿と伝えられて文化レベルに合った洗練が為されてくるものなの」
「要は長い時間かけて弄ばれてくるってこと?」
「そう。色や形、動き、役目…段々と肉づけされて削ぎ落とされて醜く美しい不思議さを備えてくる。けれどどう?想像力が培う理由づけが足らないまま出来上がりにされちゃったジャージー・デヴィルは何処も彼処も適当でしょう?」
色は取り敢えず、黒。不吉で、想像し得ない部分と色の持つ意味を全部塗り潰し消極的に弾き出した結末。黒に対する意味がそれだけなので、艶があるとか毛並みがあるとかそういう色合いではなく、ただ光を吸い込んでしまう縦に並んだカーボンナノチューブの色にしかならない。
穢らわしいと聖書に書いてあるから蹄と角と蝙蝠の羽、これもまた消極的な選択。
「想像力が今いちなのに、どうして実体を持つに至ったの?」
「記者やテレビクルーが取材や撮影に来るじゃない」
「よくわかんないな」
「発信する側はね、大して信じてないの。当たればいい、視聴率が稼げればいい…だから大まかで、雑な情報を盛り込んで垂れ流すの。都市伝説程度の状態を大きく流布すれば、見聞きした人数分だけ想像力が膨らむ。テレビなら適当な形を作ったりするから、変な拠りどころができてそこが軸になっちゃうのね。黒くて角とか蹄とか羽があるって」
そこから先は龗達と一緒か。畏怖されてそれが段々と凝ってくる…龗達と異なるのは地域や土地に対する願いなどは一切無いという点か。だからあんなに不安定そうなのかもしれない。
「ジャージー・デヴィルは他にいるか、って訊かれたら、いるにはいる、という答えになる。けど、全部同じ形状をしていない。自分は特別なのだと考えるか、自分は異端なのだと考えるか。…こんなところにまで世相を反映しなくてもいいのに」
ウルテは少し口を尖らせた。
彼女の為人が垣間見えた気がする。特段に突っ慳貪でも冷淡でもないが、冷徹な分析を持っている。現状を拒否しない懐の広さはネイティブ・アメリカン的な気質なのだろうか。
あまり個人的な懊悩に抵触するのは本意ではない。それはプラム本人から聞けばよい。
「よかった、不幸な生まれではなかった」
話を逸らしたとウルテにはわかってしまうだろう。おそらく彼女はそういう部分に敏感だ。
「母親に呪われながら生まれてきてはないよ。けど、何者なのかわからない状態でこの世に存在を与えられちゃったから、テレビ番組が特集組んで追い回しちゃってね。ニュージャージーまで出張したの。メイアン、貴女がちょっと戦死してた頃かな」
「あはは、いつの戦死だろ」
いつの間にか座卓に茶が用意されていた。熊も菫も姿がない。用心深いことだ。
「もうひとつ訊きたいんだけど、いいかな」
「貸しが増えるぞ」
「この質問は、貸しになんてカウントしないと思うよ、貴女」
「それは気になる。なにが知りたい?」
座卓に移動しメイアンは湯呑を手に取った。
「慈愛に富んだレイヴンモッカーは何故チェロキーに最恐とされてるの?」
同じように湯呑に手を伸ばしかけていたウルテはメイアンを凝視した。
「“full of mercy”!そう思わなかったからでしょ!」
足をばたつかせながら笑うウルテにメイアンは心外そうに言う。
「チェロキー達になにかをした。対価をもらうなり善意でなりだろうけど、よかれとやったことが、ある筈。想像でしかないけど…とても好結果だったけど、過程が酷く恐ろしかった?」
「あはっ、あはっ、大体合ってる。痛みを紛らわすのに煙草しか無かった時代に色々医療を施したのはレイヴンモッカーだよ。疣を取ってやったり、痔を治してやったり。あ、ちゃんと痛みを遮断してやってあげたんだからね?でもさ、決定的だったのは、抜歯だね」
「麻酔並のことはしたんでしょ?」
「現代の歯科技術だって抜歯は辛いよ。痛みは遮断しても骨と近い歯を抜くと凄い音が頭に響く。ちゃんと止血して化膿しないようにケアもしたけど、抜くときのごりごりって相当恐怖だったんだろうねぇ。なにが怖かったレイヴンモッカーに痛くしないで頼んだってそこを残さないで、痛くなかったけど楽になったけど怖かったってとこだけ後世に伝えるってチェロキー達め」
転げて笑うウルテにメイアンは困ったように眉を寄せる。
「…歯医者さん怖いって言う子供と一緒じゃん」
「そうなの。恐いけど、頼るしかない。これがチェロキー達にとっての魔女」




