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狐と踊れ  作者: 墺兎
149/342

2023年5月、京都㊿

メイアンは顎を擦った。

「ねぇ忠遠。この子」

「ああ。オーバークロックというやつかな?」

「CPUの積み換えって簡単な話じゃないだろうけど…見えてるんだろう?」

忠遠は顎を引く。

「物凄い勢いで生気が血気になり変わって渦巻いておる。練り上げられていると言うべきか。まあ、瞬間的なもので終わるだろうが」

「なら、放っておこうか…裂け目でも要るかと思ったんだけど」

「要らんな。寧ろそれを能力と認めてセヴンホークが伸ばしてゆこうとしたら危険だ」

「させないよ。みんな妖精パイクの仕業にしてしまえばいい」

忠遠は再度カードの隊列をセヴンホークの前に横切らせた。態と黒い面を並べて不気味さを強調する。そして流れから外し、純恋の足元へ…螺旋を描いて純恋の守護者であるかのように彼女を取り巻かせる。

妖精パイクを出すよ」

「用心せい」

「用心肝心、Aye, aye, sir! 」

戯けて答えたが、答え方は海軍式だ。

純恋は憤怒を蓄め、顔を真っ赤にしてトレンチコートを引き千切ろうとしていた。近くへ寄れたならば気づいたことだろう。ぎちぎちと布地が音を立て、時折ぶちっぶちっと縫い目が切れていることに。

メイアンは妖精パイクの姿を態と純恋の真横に出した。セヴンホークに流し目のような意味ありげな目線をくれ、標的はあれだと言わんばかりに純恋に頷く。

セヴンホークが目を瞠っている。到頭堂々と己の前に姿を現したと思ったのだろう。

…どうせ今娘には言葉はおろか、音なんてなにひとつ届いてないんだよな。

ならば科白はセヴンホークにくれてやった方が無駄がない。なんで俺に聞こえたんだって、後々がっつり混乱してもらえるしな。

妖精パイクの科白、奴の方に流して」

「女に聞こえても?」

「いい証人になる」

「悪辣」

忠遠はいいぞ、という風に頷いた。妖精パイクは純恋を嗾けるように楽しげに言った。力を貸してあげる。やっちゃえ純恋。妖精パイクが調子づいたように海蛇のように見えるカードの隊列の先頭に身軽く跨る。まるでロデオのように海蛇を乗りこなすが如く妖精パイクは愉悦に満ちた表情で踊るように純恋の周囲を周る。

「よし、切れたな」

「カードを一旦離す」

妖精パイクを乗せたままカードの隊列がするりと大きな渦へ躍り出る。その瞬間赤黒く顔を染めていた純恋が、その小さな手を左右に引いた。甲には静脈が浮かび上がり、布地に食い込んだ指から手首にかけて、爪までも赤くなっていたことにセヴンホークは気がついただろうか。縫い目が弾け、コートはそこを皮切りに襤褸雑巾のように裂けた。純恋は一気に真っ二つにしてしまいたかったようだが、子供がどんなに腕を拡げても1mというところ、コートの身丈の方が優っている。悔しそうに持ち直し、別の裂き口を作って二度引き千切る。

「続くのう」

「や、もう無理だな。爪が剥がれかけてる」

「人間の爪はものを裂く為には弱過ぎる」

「だってものを摘み上げるためにあるんだもの。お、全エネルギー使い切ったな。倒れる」

純恋の手からふっと力が抜けた。びりびりになったトレンチコートが風にのって渦の一部に加わる。純恋は白目を剥いて糸が切れたように前後に揺れた。

「頭でも打ったら寝覚が悪い」

「この風も原因の意識が切れて尚続いたら不自然だ。ディズニーアニメのようにご都合でいこうぜ」

渦に翻弄されていたように見えていたセヴンホークの荷物の数々が狙ったように純恋の足元に落ちてくる。まるで貿易センタービルに突っ込んでくる旅客機のようだとメイアンを思った。スローモーションのようでいて、不可止で、自己犠牲的。そして独善。最後に破かれたトレンチコートが穴に潜り込む虫のように入り込んで純恋の枕になった。純恋は取り敢えず一旦衣類の多い荷物に受け止められてから床にごろりと倒れ伏した。カードが流れるように箱に雪崩れ込む。風が一気に止んだ。

残されたのは、へたり込んだセヴンホーク。周辺に突き刺さったカードに囲まれて小柱に縋る美智。指先に血を滲ませ伏している純恋。

そしてふわんふわんと高さを維持している妖精パイク妖精パイクは上手くいったとばかりに唇を弧にし、純恋を見ている。

逸早く気を取り直したのは美智だった。純恋の名を呼びながら段面を蹴って駆け寄る。突き刺さった三枚のカードが踏まれて、先程までの凶悪さなど嘘のようにぺそっと倒れ潰れていた。

…また出遅れたな、セヴンホーク。

あまり動かさない方がいいと知識でわかっていても美智は純恋を仰向けにして抱いていた。親ってこんな感じだよな、と思う。セヴンホークはこういう感情を向けられたことがないのだろうけれど。

美智は安心させてやるか、と妖精パイクを近づける。気を失ってるだけ。爪の手当て、してあげて。美智は存外慈愛を含んだ妖精パイクの声に恐れを払拭して涙目を合わせ、何度も頷いた。妖精パイクは母親らしい美智に満足したように微笑む。と、その瞬間妖精パイクは拘束された。

メイアンは急に体中に強くかかる圧迫感に妙な声を上げた。

「ぐえ。なんだ?」

「妖精がセヴンホークに掴まれた。…捕まった」

忠遠は眉根を寄せた。メイアンは肩や肋を苦しそうに押さえながらもにやりと笑う。

「やっと動けるようになったか。鈍いな、セヴンホーク」

「潰されたら、メイアンにダメージがくるぞ」

「潰されないよ。今奴は知りたいことでいっぱいなんだ」

「しかし」

「大丈夫。力加減がわかってないだけさ。唯一の糸口を潰せない」

「しかし」

「怒りなんか、無いさ。娘に駆け寄ったんじゃない、この虫みたいな幻想の産物みたいなのがもしかして掴めるかもって、半分以上好奇心だ」

ここはど定番な科白だな。ちょっとぉ、なにすんのよぅ!放しなさいよぅ、この助平、変態、糞親父!じたばたと暴れてみせるが、髪や羽を崩さないのが幻想の生き物的。汗や涙でぐちゃぐちゃの純恋との対比が高まる。

「あ、緩んだ」

妖精パイクはセヴンホークの親指のつけ根に力を込めてよじよじと半身を抜け出させた。再び握る手は締まったが、先程より苦しくない。

「熟甘い男だの」

「庇うわけじゃないけど、傭兵としてはかなりいい線いってるんだよ?」

「それとこれは別ということだ」

「限られた範囲になると人間ってのは能力を最大化できるんだな。変なところで人類のサンプル的な奴」

「全くだ」

セヴンホークは妖精パイクを掴んだまま次のアクションに戸惑っているらしい。捕獲したこれを捕獲し続ける方策を練るべきか、握り潰してしまうべきか。訊き出したいことも山程ある。

「ここは俺の娘になにをした、でしょうが」

「駄目な男だ」

「気を失ってるだけって答えが出ちゃってるから、だな。融通の利かない奴」

セヴンホークは意を決して尋ねた。

「なんだお前」

これには忠遠とメイアンの爆笑を買った。

「それかーっ!」

妖精フェアリーで納得したのではなかったのか⁉︎」

妖精パイクはくくっと笑って答える。見ての通りよ、と。

妖精フェアリーなんて、いない。まやかしだろう」

じゃああんたが今掴んでるのはなんなの?いないものなら、掌を開けばいい。

セヴンホークは口をへの字に曲げた。自ら存在を否定しておきながら、その手の裡に存在を収めている。どちらかを否定しなくてはこの命題は成立しない。

「イマヌエル・カントか」

「やだーっ、難しいところに辿り着いちゃってぇ!」

「いや、単純な二律背反アンチノミーだろうか」

「だったらフッサールにしとこうよ〜。事実、即ち現象。背後根拠との相関を想定しない状態じゃん」

「素直に現象だけを受け容れては、いるのだよなあ」

「そうなんだよ。けど、超常現象を丸呑みにできるいかれたマニアにはなりたくないんだろ。どうしたもんかな」

下半身が動かないメイアンに忠遠はやれやれと言わんばかりに溜息を吐く。

「手を開かせればよい」

「や、それじゃ駄目なんだよ。逃した、あれはなんだったんだ、気の迷いか。コートびりびりだけど、きっと間違えてびりびりのやつ持ってきちゃったんだ、で終わりだ。己の不行跡を確り断罪されて、罰として父親の自覚に目覚めないと、また馬鹿になる。二子目ができるってのに、またグレイシャ計画にふよふよ引き戻されたら洒落になんない」

「…メイアン。お前さん、誰の為にこの男をどうにかしようとしておるのだ?」

忠遠はじっとメイアンを見据える。メイアンは軽く肩で息を吐いた。

「冗談も休み休み言えな、忠遠。この男の為なんかじゃないぜ。娘の為でもない。全て、自分の為。このメイアンの安寧の為、だ。グレイシャ計画なんて阿呆な秘密結社に暗躍されたら、村上でいっちゃんとのんびりポタジェを作ってらんなくなる。なにかにつけ忠遠に呼び出されてぴりぴりした気分になるなんて、真っ平なんだ」

「…嘘は、無いな?」

忠遠はいつになく真剣だ。メイアンはむっとしたように言う。

「その問いは卑怯だ。手段や手法で意図しないところが利益を甘受することができるかもしんないじゃん。回り回って熊や菫の溜飲が下がるってことはいけないのかい。純粋に結果だけを得るのは不可能だ」

「そういうことなら、よい。何故セヴンホークだけ殺さず残したのか、気になっていた」

「えっ、今頃そこ?」

メイアンは確かに驚いていた。が少し混ぜ返してみる。

「あらまあ、忠遠さん?嫌だわぁ焼かなくてもいいお餅なんか今頃焼いたりしてぇ」

「気色悪い」

「結果論から言えばセヴンホークが勝ち残ったから。もし残ったのがハーバーCだったなら、セットで運転手も残るだろうし、片方が死んだとしても補充されるだろう。良くも悪くも、あの二人は完全なる駒だ。セヴンホークは駒以下。補充すらされない。クレイウォーターを辞めることができたのが、証左だな。だからこそ離反させて生かした。グレイシャ計画なんか上手くいかない。お前達の成功作は、人間らしく目覚めた失敗作が殺す。こういう図式だ」

「もしまた奴らの成功作が送り込まれてきたら、」

「セヴンホークに片づけさせればいいじゃん。なんで仙がいちいち出張ってきて戦ってやんなきゃなんないのさ。セヴンホークは人間としては欠陥品だけど強いんだからさあ」

忠遠は額に軽く指を当てた。そうしないと眉間に皺が寄ってしまいそうだと思ったらしい。

「お前さん、よくそれでセヴンホークをアドベンチャーワールドでボコ殴りにできたな…?」

メイアンはにかっと笑ってみせる。

「あんときは前に二人面倒臭い奴と戦って消耗してたし、娘と女がいる前でいい感じに混乱してたから〜。散漫になってなきゃこっちがぼっこぼこよ。勝算はそこ」

そしてすっと笑いを引っ込めた。

「仕上げだ」

メイアンは純恋の様子を見る。妖精パイクも同じように彼女を見た。気絶ではなく、眠りに落ちている。夢を見ているのか、時折り口許が動く。声を純恋だけに届かせるように忠遠に頼み、妖精パイクの言葉を純恋の耳だけに滑り込ませる。

駄目だったね、お父さん純恋を置いて出て行くよ。

純恋の目から涙が滴った。

「…パイク、パイクぅ…パパ、パパ待って、行っちゃ嫌…パイク、パパを止めて…」

ぱばっかりだな、とメイアンは薄く皮肉る。

セヴンホークは妖精パイクの視線を追うように娘を見、そして彼女の譫言を聞いた。

「パイク…?」

妖精パイクを見ると、驕慢そうに口の端を上げ、名乗った。英語圏のセヴンホークに聞き取り易いよう、発音に気をつけて。

Pikestaff 'n' briar. 馬鹿な娘。こんなのをまだ父親と呼びたいなんて。

「パイクスタッフ?お前ミルハウスの回し者か?」

ミルハウス?ああ、あの。ふふっ、そうね、そう名乗っていたことがあったわね。あのも私のことが大好きだから。

妖精パイクの言葉でメイアンは相関関係を入れ替えた。メイアンが作り出した妖精パイクスタッフンブライアではなく、妖精パイクスタッフンブライアありき、に。

槍の柄と茨。

急に刺々しく攻撃的な名前が浮かび上がる。非常に長いパイクは槍の中でも歩兵が隊列を組んで並び、時には円周を描いていがのように敵の陣形を傷つけながら割り込む。茨は強い棘を持つ蔓薔薇。その棘で自陣を拡げ、花を咲かせながら何者も寄せつけない場所を占めてゆく。

「す、純恋を、どうするつもりだ」

連れてくの、となんでもないことのように答える。

「どこへ」

妖精の国。遊ぶの。

「遊ぶ…」

そう。遊んで、遊んで、遊び倒して、倒れ伏したら、苗床になる。

「な…え、どこ?」

うふふ、と妖精パイクは幸せそうに笑った。子供から妖精はうまれるの。体を突き破って、光りながら出てくるんだ。綺麗な、綺麗な妖精がうまれるの。

ひっ、と声にならない叫びを上げて美智は純恋を抱き締める。

「純恋を、何故純恋を選んだっ⁉︎」

だぁってぇ、あなた娘、要らないじゃない。お父さんに捨てられた子、連れてくの。ふふっ、お母さん、一緒に連れてってあげましょうか、心配しないで。

美智は混乱していた。妖精は子供が必要であるようだ。親に捨てられた子を選んで連れてゆくと言っている。なのに母親である自分も連れてゆくとは、どういう意味なのだろう。

あなた綺麗だしきっとサテュロイも気に入るわ。ぼけかけた婆さんもいないし、サテュロイは精が強いから、きっと毎日悦楽ね。

意味がわからなくて呆けていると、妖精パイクは卑猥なことを爽やかに笑って言う。

うーんと、だから?周りも気にせずずこばこやりに来るのよ。精が強くて大きいから、女は心待ちにするようになるみたい。あっという間にサテュロイを次々に産む。ね、楽しいでしょ。

「メイアン、羞らいを持て」

「えーいいじゃん。伝わるよ」

セヴンホークの手から力が抜ける。

「あはっ、ほらね!脱出!」

「ちょっとこれはどうかと…」

妖精パイクは開放感を味わうかのように右へ左へと翔び回る。

「父親のいない子供など幾らでも、いる」

でも、あなたは娘、要らないんだもの。いるいないじゃないの。要る要らないなの。要らないんだから、いいじゃない。純恋もあんなに暴れて気を引こうとしたけど、全然助けてくれないし、あまつさえ刃物を向けられたこともあったし?もういいじゃない。

妖精パイクが手を貸したのは、最後の試練トライアルだったのだとセヴンホークは都合よく解釈してくれた。そして彼は不合格の烙印を押された。

「よくもまあ、右から左へ真っ赤な嘘をつらつらと…」

「強ちいちからの創作でもないんだけどね?」

ヴァールの義祖母が暖炉の前で話してくれた小さなお話。こんなご時世だからもう物語だとわかっているでしょうけどね。妖精がいると信じられていた頃には、愛されていない子供は妖精の国に連れて行かれてしまうと、実しやかに語られていたの。誰もが歳を取らない常世の国。誰も歳を取らないなら、そんなところに子供を連れて行ったら人で溢れ返ってしまう?それがね…。

考えてみれば義祖母はなかなか蘞い話をしてくれたものである。サテュロイの話はギリシャ神話辺りから適当に思いついたが、妖精の殖え方は義祖母がくれた話である。スペイン風邪ですっかり弱ってしまった父を労って、慣れない土地で新しいことを学ぶ娘に気を揉む、互いを思い合っている父娘を落ち着かせたかったのだろうか。

だから純恋はもらってく。お母さん、行きましょう。

差し出された妖精パイクの手に、美智はとんでもないとでも言いたげにぶんぶんと首を横に振る。純恋共々連れていかれては堪ったものではないと娘を抱えずり下がる。セヴンホークも美智もこのお伽話にもうすっかりどっぷりだった。セヴンホークは好き勝手にされて堪るかとばかりに再度妖精(パイク)を捕獲しようと手を伸ばしてきた。が、今度は捕まらない。このタイミングで手を出してくるだろうことは充分に予測できていたからだ。それにもう、捕獲されてまでする話も無い。身軽く翔び回って鈍重な手を躱す。

今頃惜しくなったの?勝手ね。あんなに泣いて訴えてたのに、助けてやりもしなかった癖に。

「あ…あれが最後の試みだなんて、思いもしない」

あら、なに言ってんの?人間なんていつ死ぬかわからないじゃない。いつも今が最後かもしれないのに、どうして次があるなんて気楽なの?もう無理ね、純恋をあなたは捨てた。純恋も捨てられたとよくわかった。相互認識は一致した。捨てたんだから未練がましいことしないで。私がもう、拾った。

「待て、待ってくれ!」

メイアンは忠遠に目で頷く。そして愉悦に満ちた声で頼みを口にする。

「蹴るよ。増強ブーストして」

しかと」

待た、ないっ!妖精パイクはセヴンホークの顎を思い切り蹴り上げた。アッパーを食らったかのように顔が天を向く。

「むう。結構力加減が難しい…」

「あは、やっぱり?」

「強過ぎては蹴り足が小さくて顎を砕きかねん。衝撃を受ける範囲を広げ過ぎると首をいわしてしまう。変に加減して攻撃力ゼロというのは残念過ぎる。難物だった」

「あははは、アニメーションって便利だよねぇ」

「アニメーターが本気で羨ましくなった」

なんで待たなきゃなんないの?私、たっぷり待ったわ。チャンスもあげた。お母さん共々連れてくから、あなたまた身軽になれる。どこへでも行って、好きなように遊びまわればいいじゃない。

軽く脳震盪を起こしたらしいセヴンホークは首を振ってくらくらする視界をどうにか整える。

「駄目だ、連れて行かせない…」

嫌よ。もう純恋は苗床になるの。

「駄目だ駄目だ!この子は…」

妖精の苗床♡

「させるか!」

闇雲にセヴンホークは手を出したが、そんなやり方で捕まえられる筈もない。すいっと逃げて呆れた目線を投げつける。

なにが嫌なの?あなた、自由になれるのよ。新しい女見つけて、また娘でも息子でも産んでもらえばいいじゃないの。寧ろ子供なんかできない方がいい?そしたらまた次の女にいけるもんね?

手を伸ばしたままセヴンホークは茫然とその言葉を浴びた。違う、と呟きが漏れる。美智から突き刺さった視線に潰れたような表情で再度違うと漏らした。

「誰でもいいわけじゃない。美智、信じてくれ」

嘘っぽ〜い。

肩を掴んで折角真正面から目を見たのに、妖精パイクは茶々を入れて混乱させる。

「うるさい、黙れ。純恋を父親に捨てられた子なんて言わせない。俺がここにいる」

いるから、なんなの?肝心なときに助けてくれない、味方でもないおっさんなんか、血縁なだけで父親なんかじゃないわ。

妖精パイクは話が不利に傾いたことを隠すように強気に喋る。わかりやすくしてやったんだ、自らの言葉で言ってくれなきゃ困るんだよ、とメイアンは唇を湿した。

「利いた風な口を叩くな。お前はもう、純恋を連れていけないのだろう」

いけるっ。

「よい被せ方だな。焦りが如実に出た」

「もう舞台監督でもやろうかな、ねえ?」

「はっはっは、現実と虚構では間合いが異なるよ」

「褒めてんの?貶してんの?」

「いい具合に現実に酔わせた。なかなかの手腕だ」

セヴンホークもまだ確信まで七割といったところだったのだろうが、妖精パイクの焦燥を敏感に感じ取って一気に信憑度を深めたのだろう。畳みかけるように続ける。

「いいや。不要だと父親に捨てられた娘をお前は連れてゆくんだ。純恋は不要では、ない。俺がここにいて、捨てたことには、ならない」

捨てた癖に!

口論を続けさせながらメイアンは首を捻る。

「な〜ぁんか、セヴンホークの理屈、変」

「娘は不要ではない、父親として己が必要としている、父親と共にいる、これが模範解答だろう?」

「うん。模範解答であり、大正解だよ。逆に…それ以外は似たような感じではあるけど、実は不正解」

「父親になりきれぬ男」

「ま、父親なんて時間をかけてなるものだけどさ」

「妊娠から立ち会えば、実感なんか直ぐに伴う」

「あら?随分言うじゃん?」

「ふ。本性では父親の役割が強いものでな」

珍しく己のことを言ったなとメイアンは内心瞠目したが、顔には出さない。

言ったでしょ。血が繋がってるだけのどうでもいいおっさんが傍にいたって、なんの意味もないのよっ。

俺は父親だと言い易いように水を向けてやる。

「守ってやる」

忠遠とメイアンは一気に脱力した。

「だぁーっ、不正解!」

「前時代的な!庇護が必要なのはもうあと数年だろう!父親をその何年かでやめるつもりなのかこの男は⁉︎」

「なんでここへきて馬鹿なんだ?」

奈良の山中でメイアンの意図が透けて見える無人誘導のときとは訳が違う。作意を持っているのは、妖精パイク。人間の情が通じないところがある。対するのはセヴンホーク。人の情に薄い。

「人外vs人非人」

「メイアンに言われたくないのう…」

「人外だけど妖精パイクはここで動かして喋らせてるんだよう、ちょっと非情になってるだけじゃん〰︎」

片や抑制された方針、片やどこかが不完全。

「セヴンホークはどうして己が父親だと表明できないのだろう?」

「むー…体外受精だの仮親だのってところからいくと…クローン達の育て方って、母親は抗体ができる時期に限ってしか授乳しないんだろうし…」

「父親は不在か。父性は良くも悪くも管理者や教師から多少滲んできたところを掠めた程度なのだな。具体的な像もなく、役割も知らない。社会に放たれてからメディアで上っ面を知った今という段階か」

「じゃ、現段階で明確な父親像どころか、子供には男親ってものがあるってことすら曖昧なの?それじゃ妖精パイクを説き伏せるとこになんか、絶対辿り着かないじゃん!」

「なんということだ。根本から躓いておったとは」

ふたりは頭を抱えた。

「…もう、時の神様(デウスエクスマキナ)に降りてきてほしい」

メイアンは投げ遣りに言う。

「無茶を言うな」

「糞。どこで妥協したらいいんだ」

忠遠は顔を揉んで言った。

「落ちは、セヴンホークに父親宣言させてあの家に留まらせる、だったのだろう?取り敢えず奴は父親宣言以外はクリアした」

「けど、娘の庇護を必要としなくなったら全部おじゃんだ」

唸りながら忠遠は顳顬を押さえた。

「ううむ…では、奴には一生をかけて父親というものを学ばせ、あの家から離れない誓約を結ばせるか」

「なんかちょっと違うんだけど…もうそこだよな。妖精パイクにできるかな」

「やるしかない。強い誓約で縛ろう」

「熊野の起請文きしょうもんみたいな?」

「違えて一気に死ねたら、この件から死んで逃げようとしたセヴンホークの望み通りではないか。破れば苦しみが襲わねば」

「なら、パパの嘘吐きとしつこく糾弾されて激しい動悸と息苦しさで立っていられなくなるといい」

「…甘くないか?」

「精神攻撃に身体的不調だぜ。呼吸と血流を一遍にやられたら目も回る。下手な痛みなんかより絶対に苦しい」

「…経験かね?」

「近いね。どうせ奴は何度もふらつくんだろう。その度にこの苦しみに苛まされたらいいんだ。誓約書は?」

「適宜用意する。始めろ、メイアン」

深く頷き合った。

雨が降り出していた。

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