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狐と踊れ  作者: 墺兎
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2023年5月、京都㊽

アキが目にしたのは息を止めて一気にひとつの駒の線画を仕上げる久我の姿だった。

「っぶっは〰︎っ」

アウトライナーのチューブの口を拭って大きく息を吐き、足らなくなった酸素を一気に取り込もうとするように天を向く。

アキはこんなのを六十八回以上するのかと不安になり、思わず両手を握り締めた。

「あ。姉ちゃん。メイアン、お帰り〜」

「どう、進んだ?」

「裏も表に揃えようとすると集中力要る〜。表だけ描いたときより進まない〜」

「明日もバイトあるんだろ。程々にしなよ」

「えへへ、台所からいい匂いしてきてちょっともう限界だった。今日はここまでにするよ」

道具を片づけ始めると気が緩んだのか鼻まで緩んで、久我は思わず洟を啜り上げた。無意識に手を鼻にやり、そこに金色の掠れがついた。

「鼻頭が金になったぞ」

「うぇっまじ?」

「先に手を洗ってこないと…」

メイアンの横をアキは擦り抜けティッシュペーパーで早くも拭っていた。

「姉ちゃん汚れる」

「動かへんのっ。ほら、手もお出しっ、四条さまのお邸も汚してまう」

メイアンは微笑ましくも姉弟が崩せない二人の様子に仕方なさげに笑ってウェットティッシュを取りに行こうと障子を開けると、そこには熊が目的のものを携え待っていた。膝を折って目を合わせる。

「熊ってどこまで見えてんの?」

「…耳に届きますよ」

「うへ」

「メイアンは自分のことにはとても愚かになりますね。鷺達のことにはとても機敏なのに」

「うへ、今それ言う?」

苦笑いして箱を受け取る。アキにされるがままの久我が何故か愛らしい。九頭龍の気持ちってこんな感じかな、と思う。手の届くところに箱を置いて熊と共に茶の間に戻ると忠遠が星を眺めていた。

「星の巡りが悪いとか言い出すなよ?」

「寝惚けたことを。星など宇宙の恒星の光が届いているだけに過ぎん。その星から届く妙な電波が影響を齎すことは稀にあるがな、変な動きをするのは惑星くらいだ」

「言う〜」

「本気で星読みをしていた連中のことは知らんが、俺や俺の知り合いは凶兆を星なんぞからは読み取れん。情報を集めて総合し、判断したのを星がどうこうと託けて奏上しただけだ」

「つまりある意味嘘んこ」

「星を持ち出したのは説得力をつけて納得させる為だ。星の動きを数値化して計算できる者がそうそうはいない」

「いるにはいたんだ?」

「稀に…屋根に登って手製の望遠鏡で振動するような動きを見つける強者は、おる。そういう者こそ天才と呼ぶ」

「望遠鏡作っちゃうんだ」

「倍率のよいものを作るのは難しいが、昼間に観測する為であったり観測対象から目を離さない為には有益だった。五位鷺はそんな姿と重なる」

「久我はとても熱心で…視野偏狭的になりがちでは、あるよな。でもこれが好ましく見える」

「彼らはあのままでよい。亥の入道もそれ以上を望んでいない。…メイアンには逆に重いものを背負わせる形になってしまったが」

忠遠は息を吐いて目を床に落とした。

「適材適所。この対語、知っているだろ」

「… 驥服塩車」

「驥程素晴らしい能力があるとは思っちゃないが、人類の播いた種だ。刈り取ってもう二度と生えてこないようにする責任がある。気に病むな。セヴンホークの命は、おまけなんだ。奴ひとりの責任ではないけど、奴が償う必要がある。ちゃんと見張ってる。やっと実感してきたところだ、あれ以降動いてない」

「娘は眠り続けておるのか?」

「いや、普通に生活してる。時折りセヴンホークになんともいえない目線を送る程度だ」

「…メイアンは、俺に腹を立てておるのではなかったのか?」

「立ててるよ、今も」

メイアンはふん、と鼻から吐いた。

「たが気に病むなと言ったろ。重圧ある立場に追い遣った?違うね。忠遠も納得したろ」

「まあ」

「だからな、この重圧分をいっちゃんとの幸福度を上げることで贖う、なんてことに擦り替えるな。仕事だと思えば大したことじゃない。いいか。以後ああいう調子こいたことをやらかしたら、それは全部忠遠の助平心だ。悪戯け。いっちゃんが許しても許さない。殴られる覚悟をしておけ」

メイアンは忠遠の鼻先に指を突きつけた。触れずとも圧をかけられ忠遠は仰反る。

「久我がちびこいさまって畏れ敬うわけも、カンピーが糞味噌に言われるのもなんとなくわかってきた。お前、女だからいけないって零したことあるよな。忠遠にだって混乱がある、それも理解した。その上で、あの頃は忠遠にも色々思うところがあってだななんてぬる〜く有耶無耶にしたくないんだよ。萌えたのを倫を外して行動に移したら、代償は張り手(ビンタ)だ。いいな」

忠遠の唇が弧を描く。ドンバスで初めて相対したときのように突きつけた指先が横へ流される。忠遠が手の甲で押しやって払い除けたからだ。

張り手(ビンタ)ひとつで遊べるとも聞こえるぞ?」

「誰がひとつと言った。顔の形が変わるまで張り倒してやる」

いつもの薄い笑い。千年以上生きるとこういう表情になるしかないのだろうか。

「代償を払ってまで遊びたくなるか、メイアンでは謎だな…?」

「言うじゃん。どっちに転んでも後悔するから痛くない方を選べ」

「どっちにしても顔が腫れ上がりそうだ」

忠遠はとんとんとメイアンの背中をはたいた。窓を閉めたメイアンは言う。

「驥だってどんなに褒めそやされるったって、塩を牽く方が気楽でいい」

「正しく評価されたいものではないのか?」

「能鷹なもんでね」

忠遠はなにを縮めたのかぐるりと一周してやっと辿り着いたのか、五秒程沈黙していたが、やっと眉を寄せた。

「…鷹に謝れ」

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