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狐と踊れ  作者: 墺兎
146/342

2023年5月、京都㊼

「八つ当たりは、止せ」

姿を見えなくする防御陣を妖精パイクの前に張って天井の隅に移動させたメイアンは忠遠に掴まれた手首を冷ややかに見、険のある眼差を忠遠に向けた。

「八つ当たりだと?憂さと怒りを抱えさせた自覚はあるんだな」

「だからとて、子供に当たるな」

「断っておくが」

忠遠の手を振り払い、メイアンは座卓に手を突いて身を乗り出した。

「甘ったれセヴンホークに腹を立てている。虐めの自覚の無い純恋ちゃんに腹を立てている。セヴンホークを甘やかして恋に酔ってる美智さんにも腹を立てている。忠遠に怒りの火を点けられようとられまいと、報復は既定路線だ」

「子供にまで、無体な…」

「舐めたこと言ってんじゃないぜ、忠遠?社会性ってのは子供だから持ってないってんじゃないんだ。子供だからこそ空気を読む。倫理に照らす。親が教える教えないじゃない。嗅ぎ取る。その鼻を鈍らせるのは自身の傲慢さ加減。謙虚な嗅覚を持つ為にもっとし折ってくれる場に出るべきなのに、傲慢だから場面に出て行かない。己の怠慢のつけをここで払わされてるだけさ」

「メイアンが借金取りの真似をしなくともよい」

「なに言ってんの、妖精パイクにやらせるから誰も傷つかないんじゃん。妖精さん?なにそれ?実在すんの?夢でも見てたんじゃん?大人になればなる程誰にも喋れなくなる」

純恋の様子を見に来たのはセヴンホークだった。純恋は妖精パイクに言われたことが効いているらしく、セヴンホークにしがみつけずに泣いている。当初は天を向いて泣いていたが段々と畳に伏して丸まるように蹲って泣き噦っている。

「疲れて眠ってしまうぞ」

「起こせよ、奈良の山の中でしたみたいに」

「…非情を装うのは、疲れるからな、程々にしておけ」

忠遠は純恋が眠ってしまわないように揺り覚まさせながら忠告した。メイアンは軽口の割に真剣で、根深く突き刺してしまわぬよう相当計りながらことに当たっているようだった。

純恋は泣き疲れても眠りに入れない更なる疲れに到頭セヴンホークに抱き上げられても抵抗を見せなくなった。虚な目で見上げ、浮かされたように問いかける。

「パパ、純恋のこと嫌いなんでしょ…だからいなくなるんだ…」

セヴンホークは目を剥く。

「もういいよ忠遠。これでセヴンホークは娘に黙って出て行く訳にはいかなくなった。それでも決行するなら妖精パイクにさせる」



布団を延べて純恋を寝かせたセヴンホークは枕許に胡座で座って考え込まざるを得なかったようだ。咄嗟に否定できなかったのは図星だったからか、言い訳の隙もなく純恋が眠ってしまったからか。

「まだ逃亡を企んでるな」

「何故そう思う?」

「どう見ても室内着じゃないだろ」

「それだけでは」

「ならなんで財布を身から離さない?スマホは粉々、クレジットは足がつくから使えない。頼れるのは現金のみ。だからって室内で財布は要らないだろ。ズボンのポケットになら入れられる。ジャージには入れられない。ポケットが、伸びる」

「薄弱な気もするが」

軈てセヴンホークは立ち上がると跫を忍ばせて階下へ降りた。昼食の支度でも始めようかとしていた美智に俺はここにいてはいけないのかもしれないなどと切り出した。

「ほら出たーっ!ここにいたいって言わないのが卑怯だよな!出て行きたいならそう言えっての!」

純恋を起こさせ、メイアンは妖精を純恋の顔の近くに寄せる。

「あなたのお父さんやっぱり出て行く気よ」

「そんな!待って!パパあ!」

父親の姿を求めて転げるように純恋は階下へ走る。玄関に靴があるのを目の端で捉えて、台所に向かう。俯き加減で話し合っているセヴンホークを見つけた。素直に飛びつけないのは刃物を突きつけられた記憶が甦ったからだが、椅子に隠れるようにしがみついて目を潤ませ、行かないで、と一言呟いてから崩れ落ちる。

「惨いことを」

「わっかんないな〜。忠遠だって似たようなことする癖に」

忠遠は側頭をがりがりと掻いた。

「…己の非道には無頓着なだけなのだろうな」

「一杯一杯なの?可愛いとこあるね」

「おちょくりよって」

「自覚は、ある。はっきり言って、嫌な気分だ。最上だと思ってやってるんだ、以後言わないでくれ」

「…諒承した」

純恋はソファに寝かされ、気不味い空気だけが取り残されている。

「第三者として、この状況から出る最適解は確かにセヴンホークがこの家に留まることであるな」

「優しいだろ?」

「当初から答えを明示していることか?円満な結末に導こうとしていることか?」

「両方〜。セヴンホークにとって円満かは、知らんけど」

「俺はその辺りのことはどうでもよい。だがセヴンホークが最適解を選択せねば、状況から抜け出せないな」

「早く選ばないと、娘が弱るだけさ」

「成程」



セヴンホークがちょっとした買い物に出る程度から本気の出奔に至るまでことあるごとに純恋は寝ていれば目を覚まし、起きていればハイボルテージで泣いたり病んだかと思う程抑制的に暗くめそめそと噦り上げる。段々と目の周りの腫れが引かなくなり、泣き疲れて微睡む時間も長引いて美智さえも不安を感じてきていた。

メイアンは座卓に新聞を広げてアクリルケースやホロ、ガラスカレットなどを組み立ててゆく。特にピンクゴールドのプリオンの配置には拘り、一粒ずつ丁寧に配置してゆく。一初にもらった貝殻も丁寧に並べ、一旦日向に出した。

「さあて、そろそろ妖精パイクのちら見せどきかな〜?」

「もっと日数をかけるかと思っとった」

「セヴンホークの為に時間使うの、嫌だよ。それに今日を含めてあと三日でゴールデンウィークは終わりだ。八日には純恋ちゃんにはちゃんと登校してもらう。父親が帰ったらいないなんて憂慮を持たない状態でな」

「…難題だ」

ちっちっち、とメイアンは指を忠遠の前で振った。

「いないという不安がなくなればいいのなら、いなくてもいいという気持ちになればいいじゃん。大体セヴンホークは元々いなかったんだし?いたらいたで彼女達に不安と問題しか運んでこない。でしょ?」

「それを未だとおにも満たない子供に決断させるのか?できるか?」

「決断って、白か黒かしか選択肢がなければどっちか選ぶしかないの。後悔が残ろうと関係ない」

風呂掃除を頼まれたセヴンホークが腰を上げたところでメイアンは純恋を起こした。どこか行きそうよとだけ耳打ちしてやると、純恋は血の気の引いた顔で辺りを見回し、セヴンホークを探す。後姿を見つけてパパ、と呼ぶ…セヴンホークが振り返る、その目の端に娘に取りつく小さな人型が捉えた、という瞬間にメイアンは妖精パイクの姿を見えなくした。上手くいった。然しものセヴンホークも理解が追いつかず硬直して、次いで目をいじる。

「ほーい、暫く出番なし〜」

シリコンモールドを持ってきて、作業の準備を始める。

セヴンホークにどこへ行く気だと問い詰める純恋、突然幻想の生き物遭遇したのかそれさえ定かでないことに混乱し、それを鎮めるのに必死なセヴンホーク、純恋の激昂を宥める美智。いい感じに混乱を極めている。

シリコンモールドにUVレジンを流し入れ、またプリオンを配置する。クラッシュホロもね〜と桜色の細片も入れ、ガラスカレットも少しだけ入れて日向へ。入れ替わりにアクリルケースを持って戻ってくる。

「案外ラグジュアリーではないか」

「ふふふ、ピンクゴールドと桜色ってキラーコンビだよね〜。桜色の色味をあんまり押し出さないのがバランスかな〜?久我が来たら訊いてみよう」

平らに均したいのか、多めにレジンを流し込み、気泡が上がってくるのを待つ。

「その滑らかな曲面はどうやって作ったのだ?」

「これ?アクリルの筒状なのを縦割りしたのが売ってた〜。さっきレジン入れてプリオン入れて固めただけ〜。強装弾をトリプルロードにするより気を遣う〜」

「紅貝や桜貝か。よく集めたな」

「いっちゃんがくれたの。砕けた方が美しいような気がするって言うから、今回は割れたのだけ使ってみた」

「波で洗われた直後のようだ。何故こちらも固めてしまわない?」

「盤面はこれが仕上げだ。変な泡が立つと凸凹になるだろ」

別のシリコンモールドを持ってくるとまたレジンを流し込み、今度はクラッシュホロとガラスカレットだけを多めに入れて蓋をしてさっさと日向へ持ってゆく。

「賽子まで作るのか」

「自作すると偏りが出そうだけど、統一感重視。蓋したからな〜UVランプが必要だろうか…」

玄関でこんちはあ、と声がした。久我がバイトを終えたのか、とメイアンは出迎えに行った。



久我は温めるといいんだって、とドライヤーを借りてきてレジンの表目を風で波立たせないように注意しながら温風を送る。思ったより早く気泡が上がってきてメイアンは目を丸くした。

「久我詳しい!」

「帰ってから調べたんだ。姉ちゃんにチェス作れってリクエストされたじゃん?できる限り硝子っぽくするにはどうしたらいいんだろうって…気泡大敵かな、ってさ」

「アキはとんでもないクリエイターにリクエストを出しちゃったみたいだ」

「や、やめてよメイアン。ちゃんと作ってる人はやってるみたいだもの。それにしてもこれ、綺麗だね。ピンク色の波打際みたい」

「ふふ、将にそういうイメージだよ」

「ホロを先の方で多くして尖ったところが明確なのがいいね。三角形の根元の方はプリオンが溜まっていて、砂浜。ね、これ色違いで真似っこしてもいい?」

上がった気泡を爪楊枝で潰すメイアンに久我は不安そうに尋ねた。

「真似っこもなにも、色が違えばオリジナルなんじゃん?何色で作るの?」

「白と、金色。メイアンの作ったのって、朱鷺みたい。俺、白い鷺の…姉ちゃんの本来みたいな感じにしてみたいなって」

「ほうほうほう!」

興味深げに忠遠は黙って聞いている。

「白…っていうか、オパールみたいな乳白色のホロ使ってさ…急いで床伏磨いて、ちょっと酸をかけすぎちゃったのあるから上手に砕いて…って、へへ、貝磨きの失敗作のリカバリーも兼ねて」

「いいね、モデル白鷺。五位鷺バージョンは作らないの?」

「えぇ?五位鷺ってさあ…黒と灰色の撫で肩の決して美しい姿じゃないじゃん…」

「アキの姿は美しい?」

「白い鷺って絵になるでしょ」

「五位鷺も綺麗だけどなあ。青みを帯びていて、目が赤くて。青黒いレジンのなかに青みの貝を入れて、ところどころ赤い硝子が隠れていたら、神秘的?」

「メイアンが言うと格好いいなあ。へへへ、五位鷺ってそんな風?」

「鳥は綺麗だと思うよ。久我が降りてきたの見たときは脚の長いペンギンかとも思ったけど、ははっ。でも飛ぶ為に羽根を綺麗に揃えて整っていて。羨ましいくらい美しい」

久我は茹ったように真っ赤な顔になる。

「羽根が落ちてると拾いたくなるのは、落とし物ですら整っていて、ミステリアスだからかなぁ。野生にあって、野生生物って泥に塗れていないのが謎な美だよな。エキノコックスで危ないって注意されても北海道で北狐に出会ったら近寄りたくなる。狸みたいに毛皮に細かい泥が如何にもついてますってそういう感じのもいるけどさ」

久我は熱った顔を冷ますように手で扇ぎながら言った。

「や、やってみる。俺…五位鷺の姿を評価されたことなくて、吃驚した」

「そうなの?みんな見る目がないね」

これでいいかな、とメイアンは爪楊枝を置いて陽に当てにゆく。賽子を作っていることに気づいて久我はこんなもの見つけたんだよと取り出したのは百円均一のスマホから電源を取る殆どケーブル型のUVランプだった。

「そういえばさ、忠遠」

「ん?」

「セヴンホークって今カメラに映る?」

「いいや?下手すると衣類だけしかという状態やも」

それを想像してみると、夏の恐怖映像特集によく出てくるもののようでもある。

「それはそれでホラーだな。それでもいいか。スマホ買うなら今の裡かな?」

「奴の通信記録まで管理する気か?」

「うーん、いっちゃんに細工してもらおうかな。家族以外に連絡はできない、子供用より更に限定的に」

忠遠はぶふ、と吹き出した。

「…休み明けに、な。また娘がギャン泣きする」

「うん、そうだね」



蝶番ヒンジもボックスラッチもヴィンテージ感のあるデザインながらピンクゴールド。それらを取りつけると一気に完成度が高まる。

「駒は?」

「半分くらいできてる。こっちの駒はカレットで透明ピンク。ホロでピンクを強めた」

「盤面に埋没しないね、これなら」

「そう言ってもらえると安心だ。もう片方の駒は貝の破片を敷き詰めて、…ホロでピンク味を出して、もう一度貝の破片を敷き詰めた。しつこいかな」

「いや、片方が透き通っているから、バランスとれてるんじゃね?貝が綺麗だ」

忠遠は静かに立って庭の灌水に出て行った。

「…四条さまと、喧嘩した?」

久我は声を潜め尋ねた。否定しようかとも思ったが、後々取り繕うのも面倒だ。メイアンは黙って顎を引いた。

「あんな方でも喧嘩とか、しちゃうんだなあ」

「忠遠の悪戯が過ぎたんだ」

「悪戯ぁ?う、うーん…まあ、そういう茶目っ気?」

久我は気抜けしたように背後うしろに手を突いた。

「どうなんだか。調子こいてただけじゃね?」

「メイアンになら許してもらえるとか…メイアンの為にしたこととか?」

「度が過ぎてた。結果論でいい結果が出たとしても、今は許せない」

「どういう喧嘩したんだよ…四条さまは滅多に笑わないし動じないっていうか…揺れるところを見たことないから、驚いた。てっきりメイアンが怒らせたのかと」

「怒ってるのは、こっち。お互い協力しなきゃなんないこともあるし、同じ屋根の下で暮らしている以上煽り合ったってしょんないから、妥協点で折り合っているだけで、本当は張っ倒したい。忠遠が調子づく所以はわからなくもないから、あんまり責めたくはないんだけど、腹は立ってるんでね」

「それはメイアンが悪いよ」

メイアンは眉を寄せた。

「久我は忠遠の肩を持つのかい」

「違う違う!四条さまにどういう事情があるのか俺知らないけど、メイアン、俺のときみたいにやわらかく受け止めちゃうんだもの。いけないことじゃないけど、甘えたくなるじゃん?」

ぽふーっとね、と久我が言っていたことを鮮明に思い出してしまった。

「素直になり過ぎを許容してやれる程心は広くない。けど久我の顔に免じてこれ以上険悪にならないようにする。心配かけてごめんな」

「メイアンが謝るとこじゃないよ。ちびちゃいさま達も出てこないから、ここだけ局所的な暴風雨で俺帰った方がいいのかなって。続き、作ってもいい?」

「勿論。菫も楽しみにしてる」

久我はほっとしたように微笑むとオセロの続きを用意し始める。久我に言った通り怒りを発したのはメイアンだが、隙を作ったのもメイアン自身なのだと息を吐く。静観した方がよいと熊も菫も判断したに違いない。これ見よがしに一初を表したようなものを作るなんて子供じみたことをしてしまった。それでも忠遠は出来を褒めてくれて、これ以上拗らせないようにしてくれたのだと思うと申し訳ないような気持ちも湧き上がってくる。

「…ねぇ久我。イメージ白鷺のバックギャモンを見たら、アキはなんて言うだろうね?」

「姉ちゃん?上手くできたら綺麗とか褒めてくれるかな?鷺から着想だなんてきっと気づかないんじゃん?」

「そうだろうか」

「白い鷺は綺麗だ。悠然としてるし、なんにも染まらない感じ。頭の中は結構がちゃがちゃしてても姉ちゃんはすっと立ってる」

「アキは、さ…入道さんに方陣の秘密を守ることに必死でここに乗り込んできたけど、久我を取り返しに来たんだよな」

「俺頼りないもん。姉ちゃんいないとぺらんぺらんに吹き飛ばされちゃう」

「いや?セヴンホークがコンビニに来たときの対応、芯があって驚いたよ」

「マニュアル、マニュアル」

「そう言う久我が可愛いよ。アクリルは残ってるから使ってよ。アキを驚かそうな」



夕飯の支度をメイアンは手伝いながらふと呟いた。

「アキ、来なかったねぇ。忙しいのかな?」

踏み台を置いて鍋を掻き回している熊とシンク前に置いた踏み台に乗ってレタスを洗っていた菫は顔を見合わせた。

熊が唐突に言う。

「白胡麻が足りません。買ってきてください」

「白胡麻ね、あいよ〜」

メイアンは熊が少々棒読みであったことになど頓着せず邸を出た。錦市場で胡麻を買って引き返すも閉店時刻の迫る魚屋が売り切りを目論んで声をかけてきた。甘鯛なら京の人は好んで買うだろうに、それでも勧めてくるということは鮮度ぎりぎりなのだろうなと包んでもらう。熊に怒られちゃうかなと苦笑いしながら歩き出そうとしたとき、路地から白衣のアキが出てきた。

「アキー!忙しいの?来ないから」

「あ、いや、その…」

珍しく歯切れが悪い。

「出前?」

「や、器回収…」

「仕事中か。そりゃいけないな」

切り上げようとしたメイアンの肩をアキはがしと掴んだ。

「器回収やさかい、こないな格好してるけどほんまはバイト休みやの」

「ボランティア?」

アキは顔を俯けて表情が読み取れなかったが、口許がわにわにと言葉を選んでは却下しているらしい。

「アキ、張々湖に岡持、置いてきなよ。さっきこれ、ぐじ、買っちゃってさ、邸に置いたら迎えに行く」

「…四条さまのお邸、久我がお邪魔してんやろ」

「オセロ作るのに夢中だよ?ね、ぐじったらやっぱり松笠焼き?」

「揚げの方がええ」

「オッケー。着替えておきなね〜!」



熊は甘鯛を受け取ると松笠揚げにしておきますと言い、白胡麻は封も切らずに棚へ押し込んだ。やはり口実だったかと思いながらバイクで西院へ向かう。

アキは張々湖の前に佇んでいた。淡い水色のロングスカート、Gジャンは袖を通さずにいて、とても大人びた印象だ。

「可愛いコーデだねぇ!アキ、店でもてもてでしょ」

「いつもおばちゃん結びの三角巾やさかい。息の臭いおっさんらにもてても意味あらへんし」

「そっか。でも白いのにブルーっぽいティアードスカート、似合ってる。繊細な透け感があるね、コットンなの?幾重にも重ねてヒロインスカートだ」

アキは口を尖らせるように窄めた。

「〰︎う〰︎、も〰︎なんでメイアンこうなの〰︎っ。メイアンがもちゃっとてけとうな格好してるのわかっとってこんなん着てきたのにぃ!」

つまりメイアンよりも遥かに女性っぽく可愛らしく落差を見せつけるような装いを選んできたということらしい。

「壬生辺りまで歩こうかと思ってたけど、ちょっと五条のモールまでデートしない?夕飯前だから、ちょっとお茶だけ❤︎」

アキは拳を作ってとんとメイアンの肩を叩いて額をつけた。

「なんで怒らへんのっ」

「怒る要素ないじゃん。アキ可愛いし役得だし?」

メイアンは珍しく解いたアキの髪を優しくかき上げた。切ない目で見上げるアキと目が合う。

「五条まで行かんでええ…」

「じゃ、アキと漫ろ歩きだ❤︎腕組んじゃお❤︎」

手を引いて歩き出す。

「メイアン…」

歩調が揃ってくると腕を絡ませる。

「メイアンのすること、女の子っぽいのに男前やわ…」

「それ褒めてんの?」

「なんにも訊かへんのがっこい」

張り合うを通り越し確実に優越する服装を選んでくる時点で大体の目星はついているのだけどなと思いながら口の端を上げる。

「野暮なことはしない」

「そういうの〰︎っ。久我もそないなとこに惹かれてまうんや〰︎っ」

「久我ねぇ。新しい兄ちゃんできた⭐︎くらいだと思うけど?」

違うのはわかっている。

「アキはずっと女の子らしくて、うん、出るとこ出てて魅力的じゃん?こういう可愛い格好も似合うしさ。なになに?最近久我が男に見えてきた?」

アキは両腕でメイアンの腕を掴む。

「そないに…最近でも、あらへんのやけど」

「お?そうするとメイアンは完全にお邪魔虫として登場したわけだな。ごめんな」

「そんなんじゃ… うちにもわからへん。抜け作な久我やよ?そやけどここんとこ妙にきらきらした目して。メイアンばっか見てるし。バイト上がると必ず四条はんのとこ行くし!」

それは確かに不安だったことだろう。装いで差をつけて牽制したくなるわけだ。

「忠遠の邸にはオセロとかのレジンの作業しに来てるだけだよ。以前はどうしてたの?」

「バイト終わったら真っ直ぐ帰ってくるか…寄り道しても本屋やらパーツ屋やら?帰ってきたら、バイクいじって昼寝して、かな」

「新しい趣味っていうか習い事に通ってるくらいの感覚でしかないよ、久我は」

そしてアキは夕方からまた働くとなると、二人の時間は大半擦れ違っている。不安が増大する。

問題は久我だな。

「アキ、遠慮しないで遊びに来て、久我にあれこれ注文つけたらいいじゃん。久我はね、今菫のリクエストを作ってるけど、アキに頼まれた硝子風のチェスを如何に格好良く作るかで頭一杯よ?」

壬生駅跡までやってきた。メイアンはNSRを出すと乗って、と促す。ヘルメットを出そうとするとアキは気不味そうに断った。

「その… メイアン、なんかきらきらしたマーキングされてるって、久我言うとった。なんか、その言い方妬いてるみたいで、ちょい嫌やった」

久我め。

メイアンは歯噛みしたがアキは気づかない。

「メイアン、他所でマーキングされるような、えらい気に入られて、そやのに久我まで持ってってまうのって、そんなん考えたりもした…酷いこと考えてるのに、メイアンは好き。メイアンと一緒に、久我も一緒にご飯食べたりも、好き。もう、ぐちゃぐちゃして、辛いのに、メイアンに会いに行けへんの、つまらんくて」

メイアンはふーっと大きく息を吐いて満面の笑みになる。

「はー、お腹一杯〜幸せだわ〜」

「メイアン?」

「アキが辛かったのはちょっとあれだけど、でもアキが優しくて可愛くて、嬉しくなっちゃった」

「はあ?」

「入道さん、こういうこと疎そうだから相談し難かった?」

「入道はんはつがいになれるぞ、なんて言ってくれたけど…」

「ほーらー、雑なんだから。アキはさ、久我の気持ち、大事にしてやりたかったんでしょ?アキが久我のことをどうこうするとかしないとかじゃなくて、久我が好きな相手に…それがアキのなりたいポジションだけど、無理矢理久我をそこへ押し込めたいんじゃなくて、な〜んとなく纏まっていきたいなってそんな感じ?どうしてもならないなら諦めることも考えたんでしょ。でも嫌なんだよね。でも無理矢理は嫌だしってぐるぐるしちゃって、もう〜♡久我は中鷺と五位鷺だってところでアキのこと度外視しちゃってるからいけないんだよな。あーもう、可愛いったら♡アキ♡」

「メイアン?」

「久我の鈍さがいけないよねぇ。アキがこんなに想ってくれてるのにさぁ」

「待って待って待ってメイアンっ」

「はいはい待ちますよ」

「くくく久我には、言わないで、言わないでっ」

「言わないよぉ、久我が気がつかなきゃ、二進も三進もいかないことだもの。それにアキだって今直ぐ久我との関係を変えたいとは思ってないでしょう?」

アキは真っ赤になって首を取れそうなくらい何度も縦に振る。

「理想はさあ…久我がふっと振り返ったらアキが唯一無二で可愛くて掛替えのないようにしか見えなくなってどうして今まで放置してきたんだって後悔しながらむらむらするって、こんな感じ?」

「最後のむらむらは、べ、別にいいよぉ」

「いやいや大事っしょ。でも久我はぼんやりさんだし、アキは確り者な姉ちゃん像を確立しちゃってるからねぇ。あ、でも久我もさ、やっぱり男の子なんだよ。熊がクリエイター気質を見抜いて褒めたら嬉しそうだったよ」

「ほ、褒めるんか…」

「あは、失敗も成功も受け止めてあげたらいいじゃん」

「失敗…は、つい、叱ってまう…」

「うーん、姉ちゃんだものなあ。まあ、久我のその場の気持ち、まんまコピーしてみたら言われたいことってわかるんじゃん?言われたいことをまんま言われたら、めろめろだよ」

「メイアンがなんか戦略的…」

「あははは、傭兵さんは自分が生き延びる為にはなんでもするからねぇ。急いだら駄目。ねえアキ、久我の作ったオセロの駒、見た?」

「作ってるのは見てたけど、どんなんか見てない」

「見てご覧よ、あいつ、アキの姿、結構好きだよ」

アキは自分用のヘルメットを持っていた。それを取り出し被る。スカートを巻き込まないようにね、とこれでもかと巻き、忠遠の屋敷へ走る。

アキに言わなかったことをメイアンは呑み込むように反芻する。

…ねぇアキ?恋なんて戦略がなくちゃ育たないものなんだよ。

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