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狐と踊れ  作者: 墺兎
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2023年5月、京都㊶

忠遠は再度爪楊枝に手を伸ばし、ひとつ刺して口に運ぶ。

「唯一無二の、永遠の恋人。そんな間柄に不安を残すのは宜しくない。想いを強固にして、揺るぎないものにしてずっと輝いておれ。俺もその眩しさが嬉しい」

「でも、さ」

「俺があぶれた、とか言うなよ?」

「あ、いや…だって」

「その博愛精神はどうにかせんと、朱鷺に嫌われるぞ」

「それは困る…」

「蘞い言い方をすれば、好意を向けられたらば誰にでも股を開くのか?そういう期待を五位鷺には断ち切らせただろう?」

「出歯亀…」

「俺の家だ」

「…ごめん…」

「しかしこうやってメイアンは俺の傍に寄ってくる。兄か。男女を越えた友情か。愉快で心地よい」

それでもメイアンは離れようとはしなかった。

「悪戯が過ぎたのはよくなかったが、責められないのは、不思議と安らいだ。忘れられまい」

「こっちも忘れられないよ」

「意見の一致をみたな」

「変な一致だよ」

メイアンはやっと肩から離れた。

「距離や時間など仙には略無意味だが、忘却には勝てない。それを乗り越えたのだぞ。斯様なことは、そうそうあることではない」

メイアンはグラスを両手で掴んで、小さく戦慄いていた。

「…メイアンはこの家ではよく泣くのう」

「緩むんだよ、涙腺が」

「悪いことではないが、他人ひとを惑わすからなあ。お前さんみたいに、普段は毅然としていると、余計に」

グラスを取り上げ忠遠はそっと掻き寄せた。略筒袖の寝巻き浴衣なのに、まるでとても幅広な絹で作られた狩衣で覆い尽くされたような優雅な抱擁に感じられた。

「なんなの、その寛容。無駄な包容力」

「ははは。生きてる時間が培ったものさ」

メイアンはぐいと涙を拭った。

「ふふ、泣き止んだな。それでいい。あまり泣いて憑きものを落とすと、朱鷺が勘繰る」

「えげつない」

一初がことあるごとに言っていた。どこかに閉じ込めて泣かせてやりたい、と。自らの手でメイアンの不調を取り除くのだという宣言だったのだ。それが伍伴の役割なのだと…一初はとっくに気がついていた。メイアンと一初の関係性、繋がり方に。

「…他の人も見てみて、なんて驕ったこと言っちゃった」

「いいや、そこは言って然るべきだろう。逸って上辺の調子の良さに惑う若さに振り回されても、面白くない」

「結局間違ってなかったんだし…」

忠遠は呆れたように言った。

「メイアンは女のスキルが低過ぎるのう」

「なんだよそれ」

口を尖らせ見上げると、思いの外(たの)しげで慈愛を含んだ目と搗ち合った。

「容易に得た女など、男にとっては価値が低い」

「売り惜しみする程のものではないよ、残念ながら」

「価値を決めるのは、買い手だ。あまりお高くとまられても、萎えてしまうがな」

「おいおいおい…」

「多少の苦労あっての上で手に入れないと、どんなに噛み合う相手でも廉くなってしまう。朱鷺もわかっておるさ」

ぷいとメイアンは横を向く。

「そういう…他人の心を弄ぶような遣り方、好きじゃない」

「セヴンホークの遣り口を厭うておったものな、理解はしてやれる。だがな、ただ相手の胸に飛び込んで行けばよいというものではないのは、恋の常道であろ」

「うへあ。嫌だあ、忠遠に恋の手解きを受けるなんてぇ!」

セヴンホークはまた美智を抱こうとしている。メイアンは己の頭を掴んで座卓に突っ伏した。

「語弊のある言い方は勘弁してもらいたい」

「嫌なものは嫌なんだよう!可愛い絵を描く少女漫画家が小汚いおっさんだったことを知ったみたいな、嫌さ加減!」

「なんという言われよう…」

「でも」

メイアンは座卓の上でくる、と顔を横向け突っ伏したままではあるが忠遠を見上げた。

「忠遠には、苦労しても手に入らない女なんだな❤︎」

不遜な笑みを浮かべると、忠遠は顔の下半分を掌を隠すように当てた。

「…郁子むべなるかな

「そりゃ執着しちゃうなぁ!駄目だと言われたら余計に募る、カリギュラ効果」

「心理的リアクタンス」

制限されたらば、反発力が感情を育ててしまう。メイアンにも覚えがある。

…到頭セヴンホークはおっ始めちゃったか。美智は怪我を理由に控えるよう諭したが、もう火が点いたと言われながら身体中(まさぐ)られたら美智とて拒み切れなかったのを仕方ないと割り切れる程メイアンは寛容にはなれないが、子供の眠っているベッドでことに及ばなかったのはよしとするか、と内心溜息を吐く。一応離れたところにあるソファで、美智がセヴンホークに跨っている。

「忠遠は妻はいないの?」

「見ての通りだが」

「そりゃ、今は、ね。長い人生にあって、一時いっときでも、だよ」

「カモフラージュに形ばかり迎えたことは、ある。勿論相応の扱いはしたさ」

「ということは、仙じゃなかったんだ」

「そないに深い仲になったらば大変なことになる」

一初にどこまで覚悟があったのかはわからないが、仙同志のカップルということはそういうことなのだとメイアンは今更に気づかされた。

「…深い仲になりたくないから、仙の妻を迎えない、とか、じゃ、ないよな?」

忠遠は肩を聳やかした。

「馬鹿を言うな。遊びで妹背になるのではないのなら、伍伴として最上がよい」

セヴンホークは割と激しめ。美智は自分で口を塞いでいたが適わなくなり、加虐的にセヴンホークが掌を当てている。

…これは愈々(いよいよ)以って逃亡を企んでいるな。

「選り好みしてるうちに嫁の来手の無くなっちゃった中年みたい」

「それは言ってくれるな」

忠遠は少しだけ沈んだ声だった。

「これ以上老けないのが、唯一の救いだ」

「衆道趣味でもないようだし」

「やめんか。俺は違う」

「どちらでもいいのかと」

「…二進も三進も行かなくて、女の姿になるという対処は、できなくもないがな。それは本性とは異なる、いずれ破綻するだろう」

「そうなんだ」

「俺は、な。博愛精神はやめろと言っておるに」

「仙の使える術って、細かい悩みをひょ〜いって簡単に乗り越えちゃえるところ、あるじゃん?だから知りたかったんだ。忠遠を」

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