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狐と踊れ  作者: 墺兎
139/342

2023年5月、京都㊵

熊は真野鶴をアイスペールに浸し、グラスはふたつ、枡は無し、酒のつまみに白いサイコロ状のものが山盛りななにかを用意して出してくれた。

略手酌か相手に酌んでいる。

熊が酒にしてくれたのはセヴンホーク達が車という足を失って近隣のビジネスホテルに宿泊を決めたからだ。低学年の小学生を連れて暗夜行軍は真夜中に山中を抜けるよりもずっと怪しい。

「なんでクラさんタカさん、お酒送ってくれたの?」

「お前さんがそれ訊くのか?」

「や、だってお家にお世話になったのだからこっちから送んなきゃなんないじゃん。千枚漬けでも探そうかなとか思ってたのに」

「どうせ日野菜のさくら漬け辺りを見つけてうはうは送るのだろう」

「甲斐甲斐しくって言ってよ」

「種子も送ってやるといい。いや、まだ早いか。龗達は嫁認定感覚なのだろうかね」

「嫁ぇ?いやいやいやそなことできないし」

「メイアンの感覚はどうも近代日本の家族観から抜け出せぬの。家庭の女性の役割、的な」

「…すみませんねぇ」

「男所帯であるから家事は求められておらぬ。我が家の息子?いや、弟か、を宜しくお願い致します、お宅のお嬢さんを有り難く頂戴致します、という感覚では?」

「誰のお嬢さんだって?」

「ふふ、この四条忠遠の」

「お前の娘になんか生まれついてないやい」

「俺も金髪の娘など持ったことはない」

「気が合うな」

グラスの音を立てて軽くぶつけ合う。ゆっくりと口に含む。旨い酒だなとそれぞれが思う。

「思惑は…まあさて置き、お前さんは四条の家から嫁いだと、世間…仙の間ではそう見えるということさな」

「忠遠には迷惑かけちゃうな」

「迷惑?どうであろ。お前さんには九頭龍殿がついておる。龗達も賛成だと、それでよいのでは?」

「忠遠も賛成?」

忠遠はつまみに刺してあった爪楊枝をそのまま口に運ぶ。

「お前さんが屋根の下に共にあるのは愉快だと言った筈」

メイアンは一旦グラスを置いた。笑い出してしまいそうな、戦慄きそうな、不思議な落ち着きのなさが急に襲ってきたからだ。

「…忠遠は可愛いこと言うよな」

「やめい」

「ここを出るの、惜しくなるじゃん」

「惜しむな」

「帰ってきたら、駄目?」

「…部屋は残しておくつもりだが?」

「本当?頼もうと思ってた」

車につけてあった一枚きりの防御陣はセヴンホークの首筋につけ直してある。また見たくないものを見る羽目になるだろうなとは思いつつ。疲れて眠そうにぐずる純連を美智は風呂になんとか連れて行った。

「立ち位置が、わからん」

「それはさ、この前メイアンをキス攻撃でいかせたりするからだよ」

にやと鄙陋気味に口の端を上げてやると、珍しく忠遠が顔色を変えた。

「釈明しようがない」

「要らないよ、おっと、謝るなよ、不要。もひとつ言うなら、悦かったし、良かった」

「どういう意味だ」

「そのまんまだよ。上手かったよ、忠遠」

「嫌味にしか聞こえん…」

忠遠はしまったという風に額を抱えた。

「あははっ、違う違う〜。お蔭で陰陽のバランスが取れたのは、確か。バランス崩してたってことに気がつけたしね。嫌じゃなかった」

「…そうか」

血の気の引いたような崩した顔色の悪さは薄れてきていた。

「比べるつもりはなかったんだけど、久我が出がけに引き留めようとしたじゃん?それでちょっとだけ頬っぺたにキスしてみて、わかっちゃった」

忠遠は小さく肩を落とした。

「…朱鷺の次点なのだろ?」

「言い方〰︎。相性とか、そういう言い方ならかなり、なんだよな。わかっててドンバスまで拾いに来たの?」

忠遠は目を伏せ首を振った。

「人の子の仙だから拾って来いと、…俺も龍鯉と同じ遣い走りだ」

「誰、忠遠を顎で使うの」

それにも首を振る。

「まあいいや、いずれわかるだろ。その誰かはわかっていたのかな」

「どうであろ。そんな瑣末なことに頓着なさらないと思うがな」

なさらない。敬語。

「最近わかることが多くなって、その角度からも見ると物事が運命的に思えてくるよ」

「運命的ねぇ…」

「ま、運命なんて信じないけどね」

「何故だ?」

「だってロマンチストじゃないもん」

「どうだか」

くつくつ笑いながらもうひとつ摘む。

「それ、なに?」

「熊特製白いもの大集合」

「はい?」

「多分これは、チーズ。これは、薯蕷やまいも。大根。蕪。ブロッコリーの茎。里芋。他はわからん…白い人参とか入っていたこともある」

「へぇ…余った野菜大活躍?あ、でも美味しい。ちょっとずつ味つけ違う?でもないのかな?ふふ、なんか楽しいつまみ♡」

忠遠は薯蕷をひとつ口に入れると爪楊枝を一旦置いた。

「熊なりに、メイアンを引き留めたいのやもな」

「…これ?」

「薯蕷が入っておる」

「それの、なにが…」

忠遠は徐にメイアンの爪楊枝を奪い、薯蕷をひとつ刺して口に押し込む。

「無粋だそ」

「むー」

「熊にも、お前さんは似ているように映ったのかと思うと、複雑だ」

似ている。

過去忠遠が最も想いを寄せた人物がいたということか、そして薯蕷と関連がある…謎人物だなとメイアンはむぐむぐと咀嚼しながら思う。

「熊は、さ、忠遠のことが心配で仕方ないんだよ」

「俺?」

「片翼を欠いているように見えてるのかも。菫とふたりで一生懸命に支えてくれてるけど、正塩に近いメイアンがいると丁度いいと、思っちゃうんだろうなあ」

メイアンは試しに、と折紙の妖精に術を通してみる。ティンカーベルとは一線を画したい、とグラデュエイターサンダルにしてみる。白人的なピンク味の白い肌ではなく、日焼けすると直ぐ茶色みを帯びる東洋人の肌色。羽は蜻蛉とんぼがいい。だから背中はオープンになっているホルターネックで、現代風に、衿つき。黒は邪悪な感じだから、ここは白がいい。脚が露出している方が無垢な妖精っぽいが見えそうで見えない結局中はレオタードですなんてオチは要らない、キュロットで充分。髪は栗色、ちょっときついウェーブなら日本人離れした印象かな。でも残ばらはいただけない。前から見るとウェーブの効いたボブヘア、後ろはひとつに結ぶ…おばさん臭いな、昨今よく見るあんな感じ…間隔を空けて数箇所結んで、間を丸く膨らませるとても人工的な髪型。

ちらと忠遠はそれに目を走らせた。出来映えには満足なようだ。ぱたぱたっと羽を動かしてみると、ふわと妖精は浮かんだ。ちょっとだけアクセサリーが足らないのは、後程考えよう、と術を引き揚げた。

妖精は折紙に戻って座卓にゆっくりと横になった。

「穿ち過ぎだろう」

セヴンホークは女性陣と交代で風呂に入った。傷があろうと無頓着に汗と泥を流す習慣が抜けないのは傭兵のさがか。

「熊に訊かなきゃ実際のところはわかんないけどさ。…忠遠、まじな話、ずっと村上で安穏とはしてらんない。留まればグレイシャ計画に嗅ぎつけられる。だったらお前がいる京都の方が臨戦体制では、ある」

「…かもしれないな」

「新しい術も教わりたい。Cz75の弾だのメンテナンスだのに秋津運輸をもう少し頼らなきゃならない、その伝手もお前が握ってる。頼らせてほしい」

忠遠は肩を竦めた。

「気を回し過ぎだ」

「にへ。やっぱそう思う?」

「拾ってきたのがメイアン、お前さんでよかったと思っておるよ。半端な子供を拾わされたと恨みがましくウクライナへ飛んだが…見目から判断しがちなのは、寒霏を笑えぬな」

メイアンは半分程空いたグラスに酒を注ぎ足す。序でに忠遠のグラスにも、と壜の口で招く。忠遠がグラスを差し出すとゆっくりと注ぐ。

「侮られやすい態度なのは、多分態とだ。もう染み着いてどうにもなんない。態度は見た目を作る。成長は止まっただろうけど、止まったときと同じ顔つきではないんじゃないかな」

壜の口を上げ、メイアンは蓋を締めた。

「佐渡の酒かあ。佐渡では農薬、減らしてるんだって。現代の作物の味は、ううん、時代ごとに物の味って違うんだろうね。忠遠は実感したこと、ある?」

「そないにグルメではなくてな」

「そっか。その場にあるものが美味しいな、でも充分だよ。忠遠」

メイアンはグラスを持ったまま、忠遠の隣に移り、肩口に頭を載せて目を瞑る。

「兄弟姉妹がいたことないからさぁ、わかんないんだ」

目を瞑ったまま酒を含む。

「深い友達もいたことないから、わからない。無論、恋人なんか作ったことなかった。上司も部下もころころ変わった。…だから過去と比較できなくてさ」

「なにを炙り出そうとした?」

「…立ち位置がわからないのは、お互い様だ。恋人を二人も作る程甲斐性がないから、それは無いだろ。でも兄か?確かに兄っぽいか。先に生まれてるし、博識だ。でも兄ではないな、もっと近いときがある。遠いときもある。弟?いや、メイアンこそ弟か?でも、なんか違うんだよな、そんなに無条件な立場じゃない。忠遠との間には…言葉になりにくい利害関係が厳然と存在してるよな」

「確かに」

忠遠は面白げに酒を進める。

「利害関係があるなら、上司と部下?でも別に給料とか出てないし?仮に忠遠が上司で?でも指示なんかされない。されても従わない。緩い体制の企業も増えてきたけど、忠遠と利益を出そうとかは、してない。だから、これも違う」

「こんな部下は要らぬ」

「こっちの科白だ。お前の上司にもなりたくない」

「人使い荒そうだものな」

「立ってるものは親でも使うのが戦場の基本」

「怖や怖や」

「友情は近いかな?お互いを信じ合う?どうかな、時々信じられないことするしな?」

「この際謝っておこう」

くすくす笑う忠遠にメイアンは態とらしく不信感を表した顔を崩した。

「恒常的な友情を保てるかって、よく問題提起されるよな、あれは無駄な議論だよ。性的な欲求があろうとなかろうと、共に行動して共に考えようってなるしなぁ。忠遠にとってどういう立場なのかわからなくなってきたところなんだ。こんな状態で離れて大丈夫か、不安になる」

忠遠は肩にメイアンの頭を載せたままグラスを干して酒を注ぎ足した。

「ふふふふふ」

「なんだ?気持ち悪いな」

「すまん。メイアン、お前さんとはなんとも不安定だな」

「すみませんねえ」

「否、悪くない。時に対等で平等、時に上下があり、俺が上に立つことも下ることもある。男女を意識することもある、全く無味乾燥でもある。血縁のような連帯を感じたりそうでなかったり。良いな、そういうのも」

「…良いんかい」

忠遠の機嫌がいいのが目を閉じていても伝わってくる。

「関係性など…完全に型に嵌めておけば、確かに不安は軽くなるだろうよ。そういうのは、朱鷺との間で、やれ」

「どういうこと?」

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