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過去・心に仕舞う大切なものを

わたくしが最後に聖者様にお会いしたのは、いつの事だったかしら…お顔はもう思い出せないけれど、あの方の宵闇を思わせる瞳はよく覚えているわ。最後にお会いした時、聖者様は医師やお父様、先代の王陛下とお話をされていて…たしか、こう言ったのだわ。


「…どうか、あの花の下に眠らせて欲しい」






私のお父様は、代々公爵の位を与えられた名門の御家柄に生まれ、でもその事には決して甘えず、常に自己研鑽に励む勤勉な方だった。先代の王陛下の右腕として、国の統治に励んでいらっしゃったわ。私は、そんなお父様を尊敬していたけれど、どうしても社交が苦手で…外に出ない分、本を読んだり勉強をするのが大好きな変わった令嬢だった。8歳になった頃、4歳年上の王太子との婚約が決まり、王妃教育が始まったわ。恥ずかしい事に、色々な知識を身に付けていても社交が苦手だから…これがなかなか上手くいかなくて、周りの人をよく困らせたわね。初めて王太子にお会いしたのが私が10歳の頃、王太子の立志式への同席前だったわ。あの方が急に、緊張でガチガチになっている私の手をギュッと握ったの。驚いてあの方のお顔を見たら…フフ、可笑しいのよ。


「余は、勉強が苦手だ。人と話すのが好きで、家庭教師とも話ばかりしていたら、とんと学力が上がらなかった。其方は、とても頭が良いと聞いている。余は民と語らい、其方は民の為に知識を活かす。互いに補い合える関係になれれば良いと思っている。」


歳下の、緊張でガチガチになっている女の子に、こんな事を言うなんて…なんて人かしらと思ったわ。でも、そんな女の子に本音を言ってくれたから、私はこの方と共に歩もうと思えたのかも知れないわね。私は、その時咄嗟にお返事出来なかったけれど、その代わりにギュッと手を握り返したの。


私達が結婚をする時には、既に戦争が始まっていたわ。憧れてはいたけれど、純白のドレスは着なかった。先代の王陛下は、式をしても良いと仰ったけれど…戦争の最中さなかにあって、王太子とその花嫁が国の財源を圧迫する訳にはいかないものね。その後、私は未来の王太子と王女を3人産んだけれど…皆私の側からいなくなってしまった。この身が引き裂かれるより辛く、絶望の中にいたわ。そして、戦争が終わって数年の後、私の愛するあの方も病に倒れた。王位継承者たる王太子を助けようと、沢山の医師が城を訪れては去って行ったわ。中には希少な魔力の持ち主もいたけれど、とうとうベッドからも起きられなくなって…王太子妃として恥ずかしいけれど、あの方の側で毎日泣いてすがっていたの。


そんなある日の夜、私があの方の手を握りコクリコクリとベッドの側で眠っていたら、お父様と先代の王陛下、そして、聖者様がお部屋に入って来られた。何かをお話しになられた後…聖者様が私にお尋ねになったの。


「あなたは、この人を心から愛していますか?」


「…はい。この方には、私の心を捧げました。私の心を捧げ、そしてこの方のお心も頂いております。この方が去ってしまうなら、私も絶対にお供致します。心を捧げ合った者達が、どうして離れられるのでしょう。」


私は、朦朧とする意識を何とか保ちながら、そう答えた。すると、聖者様が私の握っていたあの方の手を、私の手ごと包み込み、目を閉じられたの。その一瞬、金色の光が部屋を包み込んで…私はそのまま気を失ったわ。朝日で目を覚ますと、あの方がベッドの上にお座りになっていて、優しい笑顔で私を見ていた。もう、あの方に縋り付いてワンワンと泣いたわね。でも、聖者様はそこに居なかったの。…そして、あのお言葉を思い出したわ。


「…どうか、あの花の下に眠らせて欲しい」


あぁ、何てこと…聖者様は、私達をお救いになる代わりに…この世を去ってしまわれたのだわ…


私達は、聖者様の命の上に生かされている。それをいつも忘れずに、国民に恥じない人間でいようと2人で決めたの。


そして、あの方が王位を継承し、諦めた頃に王女を授かった…本当に嬉しかったわ。


けれど、その後も順風満帆とは行かず、聖者様が治めて下さった戦争がまた始まり、娘は子どもを死産した。あの時の様子は、本当に…励まそうとすると、悲しい笑顔で大丈夫と答える娘に、もう母親として何も言えなかった。


そんな娘を助けてくれた聖女・カレン…宵闇の瞳を見て、何故か懐かしい気持ちになったのは、私達の命に聖者様のお力が混ざっているせいかしら。以前から考えていたけれど、なかなか実行出来なかった戦争を終わらせる方法を聞いて、私達の心配をした彼女は、成る程優しい心の持ち主だった。


年頃も近いせいか、娘のように思えてしまって…でも、こんな事を言ったら恐縮するだろうから、胸の内で思うだけにしましょうと、あの方とお話をしたのは、密書を書き上げた後の晩餐の時だった。宰相を呼んで、今後の事を相談していた矢先…今日は少しだけ明るい気持ちになれたからと開けた赤ワインをのんだら、あの方がヨロヨロと立ち上がり後ずさったの。どうしたのかと近付こうとしたら、視線だけで制され、そのすぐ後大量に吐血した。私は、動く事も出来ず、ただあの方を見つめたわ。昔のように泣いて縋りはしなかった。すると、あの方が、私だけを見つめてこう仰ったの。


「愛する其方に全て託す。」


声は、聞こえなかったけれど、確かにこう仰ったわ。私が、昔聖者様に言った言葉を思い出した。すぐに後を追う事は出来る。けれど、託されたものを放棄する事は、捧げて頂いたお心を裏切る事になる。私は涙を流さなかった。あの方と決めた国民に恥じない人間でいる為に、出来る事をしなくては。…それに、あの方の元へ逝く時に、共通の話題ばかりではつまらないでしょう?どうか待っていて下さいな、愛しい方。私がそちらに逝く時には、沢山の良いお話が出来るように致しますわ。


さて、先ずはアビゲイルとの戦いね。私、社交は苦手だけれど、大切なものを守る為なら何にでもなれる気がするの。どうか、どうか、待っていて下さいな。

お読みいただき誠にありがとうございます‼︎

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