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9.

 花虻は危険を承知でトカゲの魔女に向かって飛び掛かって行きました。トカゲは花虻にとっても危険な存在でしたが、それでも目の前で危機を迎えている蝶々を見て、恐れなんて抱く暇もなかったのです。

 命をかけて蝶々を助ける自分の姿に、花虻自身も内心驚いていました。

 花虻はこれまでずっと蝶々の事を嫌っていましたが、その一方で、赤の他人ではない何かになってしまっていたのです。いわば、ライバルのようなもの。目の前で死んでしまうと思うのは、やはり寂しくなったのかもしれません。

 そもそも、蜘蛛の巣に引っ掛かった蝶々をからかっていた時だって、花虻の心の中では諦めに近いものがありました。どうせ、助けてあげる事は出来ないのだという思いが、彼女を意地悪な虫にしてしまったのかもしれません。その後、蜘蛛と蝶々が仲良く歩いているのを見た時だって、面白くないという思いと共に無意識に安心に似た者を感じていたのです。

 この葛藤と矛盾を花虻は理解出来ずにいました。今も同じです。どうして自分がここまでして蝶々を守ろうとしているのか、自分でもよく分かりませんでした。ただ、確かに沸き起こった正義感のような使命感のような思いを無視する事は絶対に出来ませんでした。

 魔女の身体に必死に掴みかかって、花虻は飛蝗を取り押さえたまま茫然としている蝶々に言いました。

「何をぼけっとしているの! よく見てみなさい。鍵は魔女が持っているのよ!」

 その言葉にようやく蝶々の意識が定まります。

 言われた通り、鍵はトカゲの魔女の腰元に下がっていました。花虻が危険を顧みずに作ってくれたチャンスを逃すわけにはいきません。飛蝗から三叉を奪ったまま、蝶々はすぐに花虻と戦うトカゲの魔女に襲いかかりました。

「ええい、うっとうしい。虫けらどもが、この私に歯向かうだなんて!」

 トカゲの魔女が怒って怪しげな魔法を唱え、火の玉を飛ばしてきます。けれど、蝶々は落ち着いてその魔法の直撃を避け、とうとう鍵へと手をかけました。トカゲの魔女は必死に鍵を守ります。飛蝗もまた起きあがり、主人のピンチを救おうと蝶々の後を追いかけてきました。

 しかし、運命の女神は蝶々たちに味方しました。

「見つけたぞ、魔女め!」

 花虻と蝶々の騒ぎを聞きつけて、共に立ち上がってくれた頼もしい味方たちがようやくこの場所を発見して来てくれたのです。急に敵が増えて、飛蝗もトカゲの魔女も焦り出しました。その隙に、蝶々はそつなく鍵束を奪い取ると、まっすぐ蜘蛛の少女の囚われている檻へと向かい、鍵穴を調べました。

「今開けるから、待っていて!」

 緊張で震える手をどうにか抑え込んで、蝶々は檻を開け、蜘蛛の少女をしっかりと抱きしめました。

 その間に、味方たちがトカゲの魔女を襲い始めました。魔女はもう蜘蛛の少女どころではありません。数でも力でも負ける相手達を前に、飛蝗共々逃げることしか出来ませんでした。

 危険は去ったのです。悔しそうに嘆きながら何処かへと逃げ去り、遠ざかっていく魔女の気配を感じ取りながらも、蝶々はしばらく蜘蛛の少女の温もりを感じていました。

 一歩間違っていれば失っていたかもしれない存在。その大切さを、蝶々は噛みしめていました。

 その感触に浸ってから、やっと蝶々は魔女を追い払ってくれた全員に向かって言いました。

「ありがとう、皆、ありがとう!」

 魔女を追い払った味方達は、答えるように勝ち時の声をあげました。

「よかったじゃない」

 味方達がそれぞれ喜んでいる間に、花虻はこっそり二人に向かって言いました。

「相変わらず、変なの。蝶々と蜘蛛の組み合わせなんておかしいに決まっているわ。でも、よかったって素直に思うわ。これでまたあなた達も、これまでのように平穏に暮らせるのだから」

 からかうように言う花虻を、蜘蛛の少女も蝶々の娘も不思議そうに見つめました。恥ずかしそうなその姿を穴があくほど見つめてから、蝶々は言いました。

「あなたのおかげよ」

 目を合わせてくれない花虻に向かって、蝶々は微笑みかけます。

「あなたが教えてくれたから、この子を助けられた。あなたが飛び込んでくれたから、わたしも助かった。だから、あなたのおかげよ」

「あたしはただたまたま見かけちゃったってだけよ」

 素直に感謝を受け取らない花虻を見て、蜘蛛の少女もまた笑みを浮かべました。そして、そっと立ち上がると、部屋の机に置かれたままだった魔女のために作った服を手に取り、花虻を振り返りました。

「これ、結構作るのに時間がかかったの。デザインもいっぱいいっぱい考えたのよ。よくよく見てみたら、トカゲの魔女よりも、あなたの方が着こなせると思うわ」

 そう言って、服を花虻に渡しました。

 花虻は、じっと受け取った服を見つめ続けました。とても美しく、繊細な刺繍の入った服です。特殊な糸で蜘蛛の少女が時間をかけて作った特別なその服は、花虻にとっても魅力的なものに見えたのです。まるで、至高の蜜を秘めた美しい花のようでした。

「もらって……いいの?」

 驚く花虻に、蜘蛛の少女は頷きます。

「助けてくれたお礼。これじゃ足りないかもしれないけれど、わたしからの感謝の気持ちよ」

 感謝の気持ち。その言葉が花虻の心に響きました。当然のことをしたまでとしか思っていなかったのです。それに、服なんてつまらないものだとしか思っていませんでした。けれど、こうしていざ貰ってみれば、想像もしなかったくらい嬉しかったのです。

 蜘蛛の少女は他の味方達にも丁寧に頭を下げ、言いました。

「皆もありがとう。今日のお礼に後日、いい服を仕立てます。本当にありがとう」

 健気なその姿に、その場に居た誰もがついつい微笑んでしまいました。

 さて、恐ろしいトカゲの魔女から逃れてさらに数日後、すっかり元の生活に戻った蜘蛛の少女と蝶々でしたが、あの日から変わったことがありました。

 お客が来る以外は二人きりも同然だった生活に、もう一人、新しい友人が加わったのです。

 花虻です。

 かつては魅力なんてまったく感じていなかったのに、今ではすっかり蜘蛛の少女が作った服のファンになっていました。蜘蛛の少女に貰った服を着て、昼下がりのお茶会にやってきます。そして花虻が持ってくる甘い蜜を煎じたお茶に入れて飲みながら、楽しい時間を過ごしたのです。

 蜘蛛の少女は幸せでした。

 人間たちが頻繁に少女の元を訪れていた時と同じくらい、いえ、それ以上に明るくて楽しい日々が過ごせるなんて思わなかったからです。かつてはお客さんばかりでしたが、今では違います。大切な友人が二人も出来たのですから、もう寂しくなんかありません。何よりも、蝶々がずっと傍に居てくれたので、蜘蛛の少女は常に温かさを感じながら過ごす事が出来ました。幸せを噛みしめながら、蜘蛛の少女は機織りと仕立てを行い続けました。

 幸福な彼女の真心のこもった服は着る人はもちろん、見る人にも温かみを分け与えるもので、多くの生き物たちにますます愛されるようになっていきました。まるで魔法の服です。そんな服を仕立てられる蜘蛛の少女は、いつのまにか善き魔女と認識されるようになり、仕立ての精霊や機織りの妖精と呼ばれるようになっていました。

 こうして蜘蛛の少女の元にはかつてとは比べ物にならない程の富が築かれました。けれど、少女の悦びは服を渡された人の笑顔であったので、今までと変わらずに服を作り続けました。そして、いつまでも、いつまでも、蝶々や花虻達と幸せに暮らしました。

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