第五十一話:釣具と月下美人
結局、七海に押し切られて竿とリールを買う許可を出してしまった。俺たちは別に釣りのYouTubeを見漁ったり、独学で釣りを勉強するわけでもなく、行きあたりばったりで調べて学んでいくスタイルだ。
すなわち、竿とリールを見るとき、性能だとかっていうより、一番に「カッコいい」とか「そうじゃない」とかが目に入るわけで――。
「一樹さん……お会計……」
綾香ちゃんが緊張した面持ちで俺を見ている。レジに打ち出される数字をチラッと見て、俺はそのまま店外に出た。現実逃避である。
「七海、今日だけでいくら使ってるんだよ……」
ため息しか出ない。七海が稼いだ金だし、別に今の生活は貯金をしても余裕がある。だから、七海が何を買おうと文句は言えない。
……にしても、額がデカ過ぎて心配になる。この感覚はどうやら正しいらしく、綾香ちゃんもどこか困った顔をしていた。
「あ、いっちゃーん。カードありがとー」
買い物が終わったのか、七海が笑顔で俺に会員カードを持ってくる。爆買いをしても、こういうところを見ると、まだ七海も普通の人なんだと妙に安心できた。
「はい、これ」
すると七海はビニール袋から一本、サビキの竿を抜く。なぜか袋は俺のほうに突き出されていた。
「何買ったの?」
竿がまだ一本、袋の中で顔を出している。しかも、やけに重い。
「私、それ使わないからあげるー」
「は?」と声が漏れる。使わないって、何それ……。
「ふふっ」
七海の背を見れば、横で綾香ちゃんが小さく声を漏らして微笑んでいた。七海からのプレゼントで、いいのか……?
俺は手が震えた。少し見えている竿のケースだけで分かる。七海の大好きな釣具メーカー、ダイワの竿だ。それも、このデザインは――。
「月下美人……」
ビニール袋を覗き込む勇気が出ない。手汗でびしょびしょになった手で、袋の底のほうにある四角い箱をそっと触れる。もしかして……と期待に胸が膨らむ。金額的にも、間違いないだろう。
「七海、どうしたの……これ?」
七海と出会ったときから、ずっと欲しいと言っていたものだった。
でも、七海が大学を出てから……何かと金が必要で、すっかり趣味のものを買うこともやめた。釣りも、昔はあんなに楽しかったのに、今では竿やルアーにこだわりもなくなって……。釣りに行くことすら億劫になっていたんだ。
「ん?安かったから」
はぐらかす七海に、また不安が募る。餞別として渡されたんじゃないだろうか、と。
「えー、普通に一緒に釣り行きたかっただけだよ。特別な日じゃなくてもいいでしょ?」
「泣くな泣くな」と笑われた。
素直に受け取るのを怖がる俺がいる一方で、嬉しさで飛び上がりそうになる俺もいる。ゴチャゴチャになった気持ちを整理するのに、少し時間が欲しかった。




