第十章 侵攻前
第十章 侵攻前
2034年4月
1
『それでね、紅音さん。今日の夜ご飯で食べたステーキがめちゃくちゃ美味しかったんですよ。デリシャスデンジャラスって店なんですけど、知ってますか?』
「ああ、あそこか。結構美味しいよな」
二人でスポットに侵攻したり、そこに居る人達を助けたり、キーラとアーダルベルトを倒したりしたその日の夜。
月原紅音は、後輩である雲林院葉月と電話をしていた。
今日の帰り際、紅音は葉月に『好きな時に電話かけていい』と言ったのだが、早速かけてみたようだった。
『あ、紅音さんは今日の夕飯、何食べたんですか?』
「私か?私はまだ食べてない。適当に飲料ゼリーで済ませるつもりだが」
そう言いながら紅音は冷蔵庫に向かって歩き、宣言通り飲料ゼリーを冷蔵庫から取り出す。
『えー。それって味気なくないですか?体にも悪そうですし」
「味気ないのは同意だが、栄養の方は一応気をつけている。問題無い」
紅音は喋りながら、飲料ゼリーを数個一気に空にし、ゴミ箱に捨てる。
『紅音さんが言うならそうなんでしょうけど……でも、何か勿体ない感じがします』
「勿体ないって、どこが」
葉月の台詞に、紅音は一人首を傾げる。
『美味しい食事の時間って、一日の中で楽しい時間じゃないですか。それを適当に済ませるのは、私的には勿体なく感じてしまいます』
「……それは、確かにそうかもな」
紅音は葉月の言葉を否定しない。
実際、紅音も以前までは、葉月と似たような考え方をしていたからだ。
……『以前』と言っても、五十年も前の話ではあるが。
『そうだ。紅音さん、明日、一緒に夜ご飯食べませんか?』
「ああ、いいぞ」
葉月の思いつきの提案に、紅音は即答する。
「場所は?」
『私の部屋!……って言えたら良いんですけど、私、料理できないんですよねー……」
「へぇ。なんだか、意外だ。葉月、行動的だから、てっきり自分でも料理しているものかと」
『いやー、それがですね……』
端末の向こう側から、照れ隠しのような声が聴こえる。
『私、実家で料理した時、キッチンを爆破しかけて、それから料理禁止されちゃったんですよー』
「……」
そんな漫画みたいな出来事を起こす人間が存在するとは、思ってもみなかった。
『漫画みたいなことがあるもんだと笑っちゃいますよね。当時は涙目でしたケド』
電話の向こうの葉月はクスクス笑うから、紅音もクスリと微笑む。
『……それで話戻しますけど、明日の夕飯、どこにしましょうか』
「あぁ、それだが、私の家はどうだ?」
『?紅音さんの家ですか?』
「そうだ」
紅音は喋りながら冷蔵庫の中身を確認する。
「ちゃんとした料理は時々しか食べないが、料理自体はたまにしていてな。味の保証……はそこまでできないが、すごく悪いってことは決してないはずだ」
『紅音さんの家で、紅音さんの手料理……』
電話口の向こう側から、葉月の唾を飲む音が聞こえてくるようだった。
……もしかしたら。
「別に、私はレストランとかでも全然良いぞ」
考えてみれば、『ちゃんとしたご飯はたまにしか食べない』と宣言した相手の料理など、甚だ不安だろう。
食を趣味の一つに掲げている人なら尚更だ。
『あ、いえ、紅音さんの家で食べさせてください!はい!!』
葉月の大きな声が耳元に響き、紅音は若干耳元から携帯端末を遠ざける。
「……そうか。なら、そうしよう」
葉月と対照的に紅音は小さな声でそう囁く。
……対面なら、本心かお世辞なのかある程度わかるが、電話だとイマイチよくわからない。
だが、どっちにしたって、やることは変わらない。
葉月に楽しんでもらえるよう、腕によりをかけて料理をするだけだ。
……そういえば。
「バタバタして、明日以降の仕事の話をしていなかったな」
『……あ。そういえば、そうでした。明日もスポットへの侵攻ですか?』
「いや、明日と明後日は休みにしようと思う。と言っても、その間に次の侵攻作戦の準備をしてもらうがな」
『了解です!では、明日と明後日はテキトーかつキチンと準備しながら過ごします!』
「ああ。その調子で頼む。……何か困ったら、連絡してくれ」
『はい、そうします!』
電話でも葉月は元気よく返事する。
そんな少女を微笑ましく思いながら紅音は、『明日は食材の買い出しをしなくちゃな』とのんびり考えていた。
――昼に血生臭い戦いをしていたとは思えないほど、平和で穏やか夜だった。
2
「……ズズー」
二人が初めてスポットに侵攻した次の日の午後。
活発そうな茶髪の少女――雲林院葉月は、ARSS U.S.A.本部のフリースペースにて冷えたコーラを啜っていた。
そんな少女の前にはパソコンのディスプレイ。
明後日の第二回スポット侵攻の準備をある程度終わらせた彼女は、個人的に知りたいことがあってARSSのパソコンを弄っていたのだ。
葉月が知りたいこと、それは、
(……紅音さんの経歴って、『ネビュラリスト』で結構簡単に見れるんだよね)
ネビュラリスト。
それはARSSの職員なら誰でも閲覧できるデータベースの名前であり、そこにはありとあらゆるアーベントの情報が記載されている。
無論、権限によって閲覧できない情報があり、葉月の権限は最低ランクの下級だ。
だから、あまり細かい経歴までは見れないと思ったが……。
(経歴は、中級でも割とオープンにされてる人が多いらしいから、紅音さんもそのタイプだったのかな。こういうの決めるの、所属の本部長だって話だし)
そんなことを考えながら、葉月は紅音の経歴を眺める。
……実は、葉月は紅音の経歴を見るのは、これが初めてではない。
ここU.S.A.本部に来る直前、日本本部で当時の上司から『これから行く先の上司になる人のデータを見ておくように』と言われていたからだ。
たった二人のチームなのだ、何ができてどんな人なのかを予め把握しておくのは当たり前の話で、紅音だって自分のデータぐらい見ているだろう。
にも関わらず、葉月が再び紅音のデータを見ているのは、
(やっぱり、変わらないかぁ)
――雲林院葉月は、紅音がどんな想いを抱えて生きてきたのか、知りたくなった。
だから、『多少なりとも紅音のことを直接知っている』今の状態で彼女の過去を見たくなったのだ。
(でも、改めて戦歴を見たところで、事実として理解できるだけで、紅音さんという人間をわかったなんて全然思えない)
……これなら、調べなくてもよかったかもしれない。
むしろ、隠れて探っているかのようで罪悪感が生まれてしまった。
「うーん……」
少女は一人、唸り声を上げる。
……これなら、素直に『もっと仲良くなりたいです!』と直接本人に言った方が良かっただろう。
少し、ほんの少し照れ臭くて、その選択を後回しにしたのは、失敗だったかもしれない。
そう、考え事をしていた時だった。
「隣、いいかしら」
横から、柔らかい声をかけられた。
葉月はそちらの方向に目を向ける。
そこにはU.S.A.本部長、リリア=ウォーカーが立っていた。
「あ、本部長さん、こんにちはー」
葉月はにっこりと笑って挨拶する。
「はい。お隣、全然大丈夫です」
葉月はそう言ってパソコンのディスプレイに視線を戻す。
……。
今のって、もしかして自分に用があったんじゃ?
茶髪の少女は、リリアの方に体ごとを視線を向け直す。
そんな葉月の様子を本部長はクスクスと笑い、
「そんなに慌てなくていいのよ。リラックスして頂戴」
優しくそう言いながら葉月の隣の椅子に腰を下ろし、手に持っていたコーヒーカップをカチャリとテーブルの上に置く。
「いきなりでごめんなさい。葉月ちゃんと少しお話したくて声をかけさせてもらったんだけど……今時間ある?もし、予定とか作業があるなら明日でもいいのだけど」
「今、時間有り余ってます。はい」
リリアの問いに、葉月は頷きながら返事をする。
「そう、良かった。なら、唐突で悪いのだけど、昨日はどうだった?」
「……どうって、何のことがですか?」
葉月は首をコテッと横に倒す。
正直心当たりはあったのが、それは複数あったため、本部長がどれのこと指して言ったのかがわからなかったのだ。
昨日は、色んなことがあり過ぎた。
「なんでもよかったんだけど……じゃあ、紅音さんはどうだった?葉月ちゃんから見て、紅音さんはどんな風に見えた?」
「……」
葉月は下向いて少し考える。
答えは、すぐに出た。
「綺麗だな、ってそう思いました」
ある一人の男のために激情を燃やし、その心のままに怪物達を斬り伏せた彼女のことを、『綺麗だな』と心から思った。
「だから、私は、紅音さんのことを優しくて綺麗な人なんだと思ったんです。以前からそう思ってたんですけど、もっと強く」
――紅音は、出会った時から自分のことを気にかけてくれていた。
復讐相手への憎悪は、自分と一緒に居た時だろうと身を焦がしていただろうに。
それでも親切にしてくれた彼女は、根っからの良い人なのだろう。
自然と、そう思えた。
「そうなの」
葉月の答えは聞き、リリアは柔和の笑みを浮かべる。
そして、ボソリと小さな声で、
「もしかしたら、紅音さんのことで怯えていたのかと思っていたのだけど、杞憂だったようね」
「……杞憂ではないですよ。怖いって、思いましたから」
実際葉月は、スポット内で復讐を実行している紅音を見て怖がっていた。
しかし、
「だけど、復讐に燃えるのも、紅音さんの一部で、それだけ紅音さんにとって大事なことなんだっていうのもわかったんです。だから、それが理由で紅音さんから離れたいと思う理由にはならなくて、むしろ私は紅音さんの後輩で居続けたいと……紅音さんのことをもっと知りたいと思ったんです」
「……そう」
リリアは頷くと、テーブルに置いてあったコーヒーを口に運び、一口分だけ静かに飲む。
そして、
「そういえば、さっき画面見えちゃったんだけど、紅音さんのこと調べてるの?」
「……はい」
なんとなく、若干バツが悪かったが、誤魔化す理由も意味も無いので素直に頷く。
「ふーん……。でも、ネビュラリストに載っている情報って、彼女の功績を示すだけで、彼女の人間性は全然わからないでしょう」
「そうなんですよね……。何年に強い鵺を倒したって記述があっても、『紅音さんならできそうだなー』としか思えないです」
「そうよね」
リリアはクスリと微笑む。
「じゃあ、少し紅音さんの昔の話をしましょうか。葉月ちゃんには何話しても良いって、紅音さんからも言われてるし」
「……そうなんですか?」
「ええ。葉月ちゃんが知りたいと思ってるんだから、問題ないでしょう」
リリアはそう言うと、何かを思い出すように天井を見上げる。
そして、
「これは私も人から聞いただけの話なんだけど、紅音さんってU.S.A.本部に来た頃はものすごく不真面目だったらしいのよ」
「……不真面目って、紅音さんが?」
今まで行ってきたやり取りの中で、不真面目な印象は全く受けなかったが……。
「そもそも、彼女がU.S.A.本部に来たのは、名目上ではスポット攻略のためじゃないのよ」
「……え?」
葉月は頭を僅かに傾ける。
「紅音さんって、復讐……スポットに居る鵺を全て倒すために渡米したんじゃないんですか?」
「本人としてはそのつもりだったんでしょうね。でも、ARSSとしてはそのつもりはなかった」
リリアはコーヒーカップを撫でながら、葉月の方をジッと見つめて、
「五十年前、複数の上級が率いた二千人の旅団によるスポット侵攻作戦は、三名しか生存者が出ない大敗だったっていうのは知っているわよね」
「はい。……そこで、アーベントであった紅音さんの夫が死んだって聞いています」
「ええ。そして、その作戦から一週間も経たず偶然にも紅音さんもアーベントになった。丁度そのタイミングで、大規模侵攻作戦の犠牲により人員不足になったU.S.A.本部の人材募集の話が上がった」
『幾つものの本部による合同作戦だったけど、一番人を出したのは地元のU.S.A.本部だったからね』と、リリアは五十年前……三十代前半である彼女からみたら生前のARSS事情をつらつらと語る。
「そして、その募集の話に乗った紅音さんはこっちに来てフォーマンセルのチームを組まされたらしいんだけど、初日にして『カリフォルニアのスポットには誰一人として立ち入り禁止』のルールを破って、単身で二千人が死んだ死地に突撃したらしいわ」
「……」
普通なら、死ぬだけだ。
どこの誰だろうと、そんな行動を取ろうという発想すらしない。
何も為せず、殺されるだけということが明らかだからだ。
しかし、月原紅音は違った。
心と実力、二つの意味で。
「チームメイト放置してスポットへの単独侵攻なんて、大が付く問題行動だったのだけど、そもそも立ち入り禁止ルールはアーベントの安全を考えて制定されたもの。つまり、とあるアーベントが一人攻め込んだことがわかったところで、本来なら殉職者の一人になるだけのはずだった」
「……だけど、紅音さんは違った?」
「ええ。彼女がスポットに入ってから一日が経った頃、紅音さんって変なところで真面目だから、ARSS U.S.A.本部に『一日スポットに籠って、三十匹を倒した』ってルール破りと戦果の報告に戻ってきたの。でも、その時点ではもう本部としては死亡扱いで話を進めていたらしくて、紅音さんの生存は驚愕のニュースとしてU.S.A.本部中に知れ渡ったわ」
……カリフォルニアのスポットでは、ARSSの最高戦力である上級でさえ殺されてしまうのだ。
そんな場所にルーキーが単身攻め込み生きて戻ってきたと聞いたら、誰だって己の耳を疑うだろう。
「ARSSはその事案を処分ではなく、現状把握の方に注力した。そもそも『カリフォルニア州のスポットへの侵攻禁止』ってルールは急遽決まったもので、まだ罰則規定がキチンと定まっていなかったからってのもそうなんだけど、新人の紅音さんが無事に戻ってきたことで、スポットの危険度が下がったんじゃないかと当時の上層部は考えたの」
「……確かに、紅音さんのことを知らなきゃ、そう考えるのが自然かもですね」
一度だけとはいえ、カリフォルニアのスポットに踏み入れた葉月は知っている。
あそこは、真の魔境だ。
「そこで結局、ARSSは状況把握するために、紅音さんに能力による監視用の能力鴉を取り付けて、スポット内部に向かわせることにしたらしいの。……まぁ、当時は小型カメラやドローンなんてものなかったから、その頃はその手の小動物を召喚するタイプの能力は重宝されたらしいわ。……話を戻すと、その能力による鴉には目に映ったものを再生する機能があって、その映像の中では中級でも勝てるかどうかわからない大型の鵺を軽々しく、それも何体も討伐する月原紅音が映ってた。その時の紅音さんは、アーベントに変質してから一ヶ月も経っていなかったのに」
ちなみに、その映像は記録媒体に記憶させられ、現在U.S.A.本部下では自由に閲覧が可能となっており閲覧数は百万を越える。
リリアも、かつてのその映像を観て衝撃を覚えたものだ。
彼女の持つ、強さと憎悪に。
「紅音さんは夫の復讐にかなりの執着と狂気を見せ、そしてそれを実現しかねない才能を提示した。だから、当時の上は紅音さんにのみカリフォルニアのスポットへの侵攻を許可したのよ。他のアーベントならただ死ぬだけだけど、紅音さんならいつかあの最悪のスポットの鵺を皆殺しにしてくれると信じてね」
「……そういう話、だったんですね」
葉月はそう呟きながら、スポット内で死神めいていた先輩を思い出す。
五十年前からずっと、紅音はスポットに入る度に修羅と化していたのだろう。
そして、それはこれからもずっとそうなのだろう。
スポット内の鵺を、一匹残らず殺すまで。
「ま、不真面目ってさっき言ったけど、紅音さんとARSSが衝突したのは今言ったのを含めて二回だけよ。……紅音さんってなんだかんだお人好しだから、復讐の範囲外で人命に関わることなら頼めば助けてくれるしね。実際、昨日は『鉄鋼』と『鏖殺卿』を倒してくれたわ。これは、葉月ちゃんも知ってることだろうけど」
「……はい」
葉月はコクリと頷く。
紅音は『鉄鋼』によって死にそうになっていた人を助け、『鏖殺卿』に奴隷にされていた人を解放した。
彼女は復讐者だが、それと同時に、人々を助ける『アーベント』の一人だった。
ただ、一つだけ、先のリリアの台詞で気になる所があった。
「紅音さんって、最初のその時以外にもARSSの上と揉めたことがあるんですか?」
「ええ、一度だけ。まぁ、これも直接見た話じゃないんだけどね」
リリアはそこで言葉を切ると、コーヒーを一口飲み喉を湿らせる。
なので葉月も、紙のカップに入っているコーラをストーローでズズっと啜った。
「……2000年頃のことよ」
リリアはコーヒーカップから口を離すと、葉月の質問に答え始める。
「カリフォルニア森林地帯のスポットへの旅団による侵攻作戦が、再案として持ち上がりそうになったことがあったのよ」
「……紅音さんだけには任せられないと、上級の人達は考え方を変えたんですか?」
「いえ、立案しようとしたのはもっと上よ」
「もっと上……まさか、『極級』ですか?」
――極級。
それは通常の三つの階級、下級、中級、上級から外れた特別階級にして名誉職。
ARSSの実質的なトップは十二人の上級であるが、その上に君臨する最上階級が極級だ。
この階級が通常の三つの階級と区別されて語られるのは、極級へ昇格するのに鵺の討伐数や後輩の育成など通常の評定項目は一切関係無いからだ。
極級になる条件はたった一つ。
世界に点在する鵺の巣『スポット』七つの内一つを完全消滅させること。
ただ、その偉業を達した人間は今のところ二人のみ……つまりは、特別階級である極級は歴代で二人しかいなかった。
「その極級の一人は、かつてカリフォルニアへの侵攻作戦の数少ない生き残りの一人だった。その時の雪辱を果たすためにカリフォルニア森林地帯のスポットに再度攻略の作戦を立案しようとしたみたいなの」
「……それで揉めたってことは、やはり紅音さんはその作戦に反対だったってことですか?」
「そういうこと。紅音さんは自分の手で復讐することに執着していたからね、集団での侵攻なんて考えられないことだった。だけど、紅音さんがそういう人間だってことは上層部……件の極級も把握していた。『月原紅音は狂戦士で復讐者だ』って有名だったからね。それで、まずその極級は作戦を立案するにあたって、紅音さんの説得を一番最初に行った。勿論、紅音さんはその説得に応じず、結論は演習場での決闘に持ち込まれたわ」
『って言っても、私は映像記録を見て、人から話を聞いただけなんだけどね』と、リリアは照れ笑いのようなものを小さく浮かべる。
「結論から言うと、決闘はしなかったらしいの。ただ一回だけ武器を打ち合うと、極級が一言『その力とその狂気があるのなら、あそこはお前に任せよう』と呟いて
、演習場及びU.S.A.本部から去ったんだって」
「……それって、紅音さんの希望が通ったってことですか?」
「ええ。……葉月ちゃんも知ってるだろうけど、紅音さんの戦闘の基本スタイルは神速の連続斬り。その紅音さんが一撃打ち合わせただけで終わらせたってことは、全力は出さなかったんでしょうね。ま、それは相手の極級の方もそうだったんでしょうけど。……むしろ、『本気を出したら、お互いのどちらかが死ぬしかない』と思ったから引いたんだろうし」
リリアは喋りながら、ウェーブがかった金髪をかきあげて背中に流す。
「そうして、二人の戦い引き分けた。……意志を通した分、紅音さんの勝ちと言えるかもね」
そう語るU.S.A.本部長はちょっと自慢げだった。
リリアはポンと両手を叩いて、
「とにかく、そんなことがあって、彼女は今日までスポットに攻め込んでは街に戻って、またスポットに攻める日々を続けているのよ」
「……そうだったんですか」
葉月は小さく頷く。
その少女の顔には、納得感が浮かんでいた。
「あまり驚いていないようね?」
「はい」
リリアの質問に、葉月は小さく笑いながら頷く。
そして、
「ただ、『紅音さんらしいなぁ』と思っただけです」
笑顔で、そう呟いた。
だって、葉月はスポット内での月原紅音を知っている。
あの時、あれだけの憎悪を――そして、その根底に在る『とある感情』を見せた彼女が、誰かに何を言われたところで復讐を曲げるなんて、とてもじゃないけど思えなかった。
そして、葉月は、そんな紅音を『かっこいい』と思っていた。
「……そう」
葉月の答えを聞いて、リリアは小さく微笑む。
……実は、質問なんてしないでも、葉月の考えていることは『完璧なる解答』で大体わかっていたのが、直接少女の答えを聞きたくて問いかけたのだ。
結果はほぼリリアの予想通りで、そして期待通りのものだった。
「……葉月ちゃんには、一つ言っておかなきゃいけないことがあるの」
「?なんですか?」
リリアの雰囲気が穏やかなものから真面目なものに変わったため、葉月は椅子の上で姿勢を正す。
「今、葉月ちゃんに話しかけたのは、葉月ちゃんがスポットの『奥』まで行ける精神状態かどうかを測るためだったの」
「……!」
葉月の体に緊張が走る。
今さっきの自分の返答に変なところあったりは――
「ごめんなさい、慌てなくていいのよ。……結論からすると、葉月ちゃんはスポットの一番の最奥に行っていいと私は判断したから」
リリアはニッコリと微笑んで、『許可通知』を下す。
それを聞いた葉月は、
「……ふぅぅぅ……………」
思いっきり、胸を撫で下ろした。
(よかったぁ……)
もしかしたら、紅音の仕事に最後まで付けなくなるとこだった。
一気に脱力し、水分が欲しくなったので再びコーラをストローで啜る。
もう葉月はリラックスモードに移行しかけていたが、リリアの言葉はまだ続きがあった。
「ついては葉月ちゃん。もう一つ、伝えなきゃいけないことがあるのよ」
「なんですかー?」
葉月は完璧にだらけきっているが、リリアは淡々と言わなきゃいけないことを告げる。
「と、その前に、そもそもの事前情報として、葉月ちゃんは紅音さんの弱点は知ってる?スポット攻略に限っての話で」
「……スポットでの紅音さんに弱点??」
葉月は頭に疑問符を浮かばせながら首を傾げる。
「弱点、あるんですか……?」
スポット内で、死神めいた紅音の戦闘を見た葉月としては、そんなものがあるとは到底思えなかった。
「スポット内での紅音さんの弱点。それは、いくら紅音さんと言えど、体力の限界があるっていうコト」
「……あ」
……そういえば、戦闘直後、体力を回復させる『生命奔流』を、自分にかけるよう紅音に指示された。
あの時の紅音は全く疲れているようには見えなかったが、多少とはいえ疲労が生じていたということなのだろう。
「過去、紅音さんは何度もスポットに遠征に出ているけど、一度の滞在期間は最長でも二週間で、それ以上長く居たことはないわ。それは単純に体力の問題で、紅音さんは能力で疲労を他の人よりは重ならないのだけど、それでもスポットっていう死地では、紅音さんと言えど二週間近くで体力の底がつくのよ」
「……」
葉月はつい体を硬直する。
ようやく、自分がU.S.A.本部に呼ばれた意義を理解したからだ。
「そして、あそこのスポットは少し特殊でね。紅音さんが言うには、U.S.A.のスポットの一部の鵺は自然増殖するらしくて、紅音さんが街で休養取っている間に鵺が補充されるらしいのよ。……まぁ、紅音さんからしたら、増えた分は『復讐対象』じゃないのだけれど、放置していたら復讐の邪魔になるのは間違いないから、どっちにしろ討伐するしかない。だから、五十年もの間スポットの完全攻略が叶わなかったの」
しかし、それは紅音が定期的に街で休養を取っていた時の話だ。
「そこで、葉月ちゃんの出番ってわけ。葉月ちゃんが紅音さんの側に居れば、紅音さんは街で休養を取ることなく、半永久的にスポットで戦い続けることができる。そして、紅音さんの見立てだと一ヶ月から二ヶ月で完全討伐が完了するとのことよ」
ということは、つまり。
リリア=ウォーカーが言う『伝えなきゃいけないこと』とは。
「だから、次でもうお終い。『スポット内に居る全ての鵺の討伐』。それが、次の侵攻作戦の目標になるわ」
――途方もない話だ。
そう、葉月は思った。
勿論、『スポット攻略に勤しむ月原紅音のサポート』を任じられた時点で、スポット内の鵺の全討伐……つまりはスポットの消滅までお供することになるかもしれないとは思っていた。
しかし、『それ』がこんなにも早く訪れるとは思っていなかった。
「一応聞くけど、葉月ちゃん。あなたはこの仕事を断ることができるわ」
リリアは葉月の瞳をジッと見つめて、葉月の逃げ道を作る。
「勿論、経歴に傷が付くことはない。まぁ、記録自体は残るでしょうけど、誰もそれで低評価なんて下さないし、むしろ人によってはリスク回避能力があると判断するかもね」
しかし、こんな逃げ道を作ったところで、意味なんてないこと、リリアはわかっていた。
だから、リリアは微笑みながら、
「それで、葉月ちゃんはどうする?」
「行きます」
即答だった。
迷いなんて、刹那ほども無かった。
「そのために、私はここに居るんですから」
葉月は少しだけ、胸を張りながらそう答える。
……。
……なんで、今ちょっと誇らしげ風に言ってしまったのだろうか。
自分で自分の行動に疑問に思い始めた時、
「……ふふ」
目の前の本部長が、まるで堪えきれないと言うかのように、声を出して笑っていた。
「良い答え、ありがとう」
葉月の言葉に、リリアは嬉しそうに微笑む。
こうして、明後日行われるスポット侵攻最終作戦に、葉月も参加することととなった。
――同時刻の某スーパーにて――
「肉は……これでいいかな」
月原紅音は、夜の食事会のために食材の買い出しをしていた。




