8 そして薬師の幸せは続く
エピローグです。
「奥さま、そろそろ昼ですがどうしますか」
エリナが、館の片隅にある調剤室の扉を開けて、声をかけてくれた。
わたしは調剤の手を止めた。
「ちょうど切りになるから、今、行きますね。
そういえば、今度の美容液の評判はどう?」
「すごくいいです。特に五十歳代六十歳代の人たちに好評で。
大奥様もたいそう喜んでいらっしゃいます」
生活のために薬を売る必要がなくなり、わたしの考えた処方で多くの人が薬の制作に関わるようになったので、わたしは美容関係にも力を入れていた。
試作品の評判が上々なので、母イーリスのツテで社交界にも広げていけそうだ。
すでに販売を始めたわたし愛用の保湿水のおかげで、商人の娘のわたしも、辺境伯夫人として社交界で認めてもらっている、らしい。
らしいというのは、わたし自身は王都の社交界に行っていないからだ。カンガス家の社交は、前辺境伯夫妻に任せている。
どこの国のどの身分の女性も、美には敏感のようだ。自分を綺麗にしてくれる人を疎かにはできない。
まさか、わたし愛用の手作り保湿水が、こんなところで役に立つとはね。
薬草の栽培、薬と化粧品の工房と、わたしが手をかけなくても量産できる体制がすでに整っていた。
完成してからわたしがおまじないをかけるものは特級、三分の一以上わたしの手がかかるものが超特級と、特別感を打ち出したものも商品化されている。
わたしが手をかけない安価なものも、効果があると飛ぶように売れているらしい。
さらに、祖父母に贈っていた滋養強壮薬と美容薬をもとにした薬の販売をはじめてから、わたしは若返りの魔女と呼ばれるようになった。
扱っている薬や化粧品も、若返りの魔女印と言われている。
うーん、幸運の魔女というのは、どうなったんだろう。
いや、家族以外には話してないけれどね。
天気がいいので、今日の昼は庭で食べることになっていた。
広げた布に置かれた小机に昼食が並べられ、すでにイルマリが待っている。
「はかどってる?」
イルマリはわたしを見上げて聞いた。
「ええ。いい具合よ。イルマリは?」
「コトカが文句を言いながらも動いてくれるから」
彼の横に腰を下ろして、わたしはイルマリのしっぽを掴んだ。
ふわふわとした手触りが本当に気持ちがいい。
思う存分なでたあと、わたしはしっぽに頬擦りをした。
「アウロラは僕のしっぽが好きだね」
イルマリは具を挟んだ小さなパンをつまんで、わたしに食べろと差し出してくれた。
あーんと口を開けると、彼がわたしの口にパンを入れてくれる。もぐもぐしていると、次はスープを口に入れようと、匙を構えてる。
先に食べ終わって遊んでいた息子が、庭の向こうからよちよちと歩いてきた。後ろを乳母が追いかけている。
「おかあしゃま、しっぽ、ボクも」
「さっき散々遊んだろう、今は母上の時間だ」
「はーい」
父イルマリの言葉に、息子はねだるのをやめた。
素直ないい子だ。耳としっぽはないが、イルマリによく似ている。
笑っているわたしに応えるように、しっぽの先がぴこぴこと動いた。
子どもはすぐに気が変わる。
息子はわたしの膨らんだお腹に耳をつけて、小さな手でなでた。
「いっしょにあしょぼ」
イルマリの手が、息子の手に重なる。
「待っているよ。早く出ておいで」
生まれるのはもうすぐだ。
こんどは男の子か女の子か。
先見の魔女の祖母はわかっているみたいだが、にんまりとしたまま何も言わない。
「四十だから子どもも難しいって言っていたけれど、二人授かって元気に過ごして。
やっぱり君は若返りの魔女かもな」
イルマリは嬉しそうだ。
「ねぇ、なんでそう言われるの?」
なんとなくわかっていても、やっぱり確認はしておきたい。
「そりゃアウロラが、四十過ぎてから子どもを産んでぴんぴんしていて、しかも見た目も二十代と言っても通る若さだからさ。
君の滋養強壮の薬や美容薬で、若返っただけじゃなくて、あきらめていた子どもを授かった人たちも何組もいるらしいよ」
それは初耳だった。
老人ばかりではなくもう少し若い人にも買ってもらえるよう、商品にするときに追加した生薬がいい働きをしていたようだ。
諦めていた子どもができて喜んでいる人がいるのは、わたしも嬉しい。
「結婚したときは、君がいればそれだけで幸せだと考えていた。
だけど、子どもができたら、もっと幸せになった。
ねぇ、この子が生まれたら、もう一人どう? 若返りの魔女の実績として」
乳母がいるおかげで、わたしは子育てしながら薬師として仕事を続けることができている。
イルマリも積極的に子育てに関わってくれている。館のものたちは、みんな子育てに協力してくれる。
体はつらくない。
もう一人いても、いいかな。
まだ二人目が生まれてもいないのに、三人の子どもに囲まれているイルマリを想像した。
いい!
わたしはイルマリににっこりと笑った。彼はそれを了承と受け取ってくれた。
イルマリの手がわたしの頬を包み込む。そっと唇が重ねられた。
わたしは幸せだ。
そしてずっと幸せは続いていく。
わたしは幸せの魔女なのだから。
<おわり>
読んでくださって、ありがとうございます。
アウロラのしっぽ愛が伝わりましたでしょうか。
これで本編は完結です。
次は登場人物紹介とその後になります。
その後、番外編です。




