7 もふもふ願いが叶う
イルマリの家族との夕食は、賑やかだった。
妹ルースや弟コトカの掛け合いに、母イーリスが混ざる。父のオタヴァはそれをニコニコと眺めていた。
イルマリはというと、あまり表情が動かない。
わたしがじっと見ていたのに気づいたのか、イルマリと目が合った。とたんにイルマリの表情がトロけた。
「うわぁ」「まぁ」「うっ」
いろんな声が食卓からも控えている使用人からも上がった。
彼らにとってはわたしが見慣れているイルマリの表情の方が珍しいらしい。
イルマリは周りの反応はまったく気にしていない。これが本来の彼なのかもしれない。
まだまだ、わたしはイルマリのことを知らなすぎるわね。
イルマリの三十歳の誕生日は、あと一ヶ月と数日。
結婚式は誕生日のその日になった。
合わせて、領主の代替わりも行われる。すでに国王への届出は済ませて、許可ももらっているとのことだ。
慌ただしいと感じるが、辺境に集まるのが大変だから一回で済ませてしまうという合理的考え方らしい。
一ヶ月で結婚式の準備ができるのかと心配だったが、それは取り越し苦労だった。
イルマリの三十歳に合わせて計画されていたため、すでにいろいろな準備がされていた。
結婚衣装でさえ、布やレースは用意されていてデザインも何種類かあり、その中から選んで採寸すればすぐ取り掛かれるようになっていた。
わたしと連れ帰ると連絡が届いてすぐに、お針子を手配したらしい。
この家の人たちはやり手だ。
辺境伯夫人となるためのわたしの教育は、その後に回されるらしい。とりあえずは、結婚式と領主就任の祝いを乗り切るための付け焼き刃になる。
「ここは辺境だからね、ここでする行事は堅苦しくないよ。貴族だけでなく平民も一緒に祝ってくれるから」
そうであってくれますように。そう祈るしかなかった。
あっという間に一ヶ月が過ぎた。
結婚式の準備の合間に、いままで常連さんが買ってくれていたのと同じ分量の薬を作る時間も、なんとか取れた。
館の隅の匂いが出ても気にならないところに、わたし専用の調剤室が用意されていた。
カマドや釜、すり鉢など調剤道具一式も揃っている。さらに必要なものはなんでも言うように家令のロニーが言ってくれた。
そして、使用人の中から調剤に向いていそうな人が、さっそく手伝いに入ってくれる。
薬草の種類が、あの町の近くとほとんど変わらないのもありがたかった。
街にもかかわらず館の近くは自然が残っており、簡単に採取に行ける場所が何ヵ所もある。
「アウロラのために薬草園も作ろうか」
ぽつりと言ったイルマリの言葉が、すぐ実行されそうなのが怖い。薬草園を管理するベテランまで、すぐに見つけそうだ。
一回目の出荷は結婚式の前に無事終わった。
結婚式まであと数日というときに、両親と兄が来た。
父ガウナは辺境伯のオタヴァと意気投合した。
父が持参した珍しいお酒を飲みながら、あちこちの土地の話で盛り上がっている。
母ユリカは、イーリス辺境伯夫人がする子どもたちの話を、にこにこしながら聞いている。
両親と兄フランツは、結婚の祝いに小さな金のピアスを贈ってくれた。魔道具らしい。
「これは対になっていて、魔力を込めることで相手の居場所がわかるんだ。アウロラも魔力があるって言っていたよね」
「どうもありがとうございます。もちろん、僕が教えます」
魔法をまだほとんど使えなくて困ったわたしの髪をなでながら、イルマリは嬉しそうに言った。
「いつもつけているんだよ」という兄のアドバイスに従い、わたしもイルマリも、さっそくそれをはめた。
他の耳飾りの邪魔にならないように、わたしの耳には新しい穴が開けられた。
結婚式の前の日に、祖母のネルケがやって来た。
母の言った通りだ。何も伝えなくても、必要なときに必要な場所に現れる。
先見の魔女の登場に、カンガス家の人たちは慌てふためきながらも大歓迎をした。
結婚式への参列という魔女の祝福を得ることは、願ってもないことらしい。
祖母は全然変わってなかった。
「おまえの旦那は、いい男だね。やっぱり魔法学校に行かなくて正解だった」
祖母はにやにやしながら、イルマリを上から下まで眺めた。
「うん、筋肉のつき方も、魔力の流れもいい。ほんといい男だよ。おまえとの相性もばっちりだ」
うんうんと一人で納得している。
「おばあちゃんは、魔女なの? なんでわたしに魔法を教えてくれなかったの」
「ああ、先見の魔女と呼ばれているね。夢で先見をするからさ。
先見はわたしだけの才だ。おまえは別にある。
それに魔法は教えたじゃないか」
「おまじない?」
「ああ。
それに、それだけではないよ。
薬を作るのに力のこめかたを教えたろう。それが魔法だよ」
横で聞いていたイルマリが、はっとした顔をした。
「やはりポーションや丸薬を作っているときも、魔法を使っていたのですね。
微妙な流れだったので、気のせいかもと思っていたのですが」
「その通り。ほんの少しだけ流れるように教えていた。
少しずつ使う方が制御はむずかしいからね。いい練習になる。
魔法の回路もすっかり整ったようだし、他の魔法を覚え出してもすぐにできるようになるさ」
知らなかった。わたしは魔法を本当に使っていたんだ。
それに祖母は気になることを言った。
「わたしに別にあるって、何?」
祖母は、考え込むように黙り、わたしの頬を撫でた。
「そろそろ教えてもいいかね。
おまえは、幸運の魔女だよ。自分と自分が大切な人たちに幸運を引き寄せる」
幸運の魔女? 幸運を引き寄せる?
わたしはわけがわからなかった。
「おまえが生まれてから、おまえの家では笑い声がたえない。ガウナとユリカの商売も安定している。フランツはいつも掘り出し物を見つけてくる。
おまえが来てから、グリュ町は揉め事がなくなり、魔物の数も減った。市は盛り上がっている。
おまえの才は、おまえが意識せずとも働く。
離れたからと心配しなくていいよ、おまえが大切だと思っている限り、おまえの家族もグリュ町も、変わらなく幸運なままだ」
「だって、わたしは婚約破棄されたんだよ」
それって、不幸なことではないのだろうか。
「おまえを振った坊主がどうなったか聞いているかい?」
わたしは首を横に振った。いまだに胸が痛むので、耳を塞いだままだった。
「あの坊主の家の商売が失敗して、羽振りがよかったのが今ではどん底。婚約破棄までして得た妻には浮気され捨てられたそうだ。
そのときは不幸だと感じても、それが幸運に結びついたとあとから気づくことがある。
あのとき、おまえの伴侶になるこの男はいくつだった?」
祖母の指がイルマリを指す。
学校を卒業したとき、わたしは十五歳。二十五年前だ。イルマリは三十だから、当時は五歳だった。
その年齢に、わたしは唖然とする。意識していなかったが、十歳差は大きい。
たとえ十年前だとしても、イルマリは二十歳。結婚相手として引くて数多の年齢だ。三十の女性との釣り合いはとれない。
ずっと伴侶を選ばなかった今だからこそ、十も年上で商人の娘のわたしを受け入れてくれることもあるだろう。
「おまえは今、幸せだろう」
祖母の言葉が染み込む。
「よかった。僕のために一人でいてくれたんだね」
イルマリはわたしを後ろから抱きしめた。
「おまえたちは、お互いに運命の相手だからね。
もっと早く迎えに来てくれたらよかったとは思うが」
「すみません。力不足でした。ごめんね」
祖母に向かって、そしてわたしに向かって、イルマリは謝った。
「今が幸運のためのタイミングだったんだろうさ」
祖母はそう言い、かっかっかっと笑った。
「しっかりと魔法を教え込んでおくれよ。今ならなんでも吸収する」
「それが必要になるってこと?」
「さあ、どうだろうね」
祖母はそれ以上は触れなかった。
言わなかったということは、言う必要がないということだ。
わたしは流れに任せることにした。
「町のことは心配ないよ。わたしが戻るからね。新しい弟子も見つかったし」
わたしの気にかかっていたことが、一つ解消された。
「弟子って、魔女の? 薬師の?」
「おまえみたいに魔女の才があるものはめったにいないんだよ。これからわたしは薬師を育てるのさ。
ああ、まだ薬の注文はくるだろうから、がんばって作っておくれ。おまえの薬は特別だから」
首をかしげたわたしを見ても、祖母はそれ以上は言わなかった。
* * *
結婚式は領都ヴァルコイにある神殿で、領主の代替わりの式と祝いは領主の館で行われた。
辺境伯の代替わりは国にすでに認められているが、王都まで行き国王に挨拶をしなくてはならない。それは落ち着いた頃にと言われている。
王都に行く機会はなかなかないから新婚旅行代わりだと、イルマリは呑気に言っていた。王様に拝謁するなど、商人の娘のわたしには震えが止まらないのに。
「大丈夫だよ」
イルマリにそう言われて、額に口付けされると大丈夫な気がしてくるから不思議だ。
レースをいっぱい使った真っ白なドレスに包まれて、教会で二人の絆を誓い合ったとき、わたしたちに色とりどりの光が舞い落ちた。
教会の扉を開いて集まった領民に挨拶をするときには、花々が舞い散った。
どちらも祖母のいたずらだった。きっとお祝いのつもりだったのだろう。
あとあとまで、わたしたちの結婚式は神に祝福されていたと話題に上った。
神さまはわからないけれども、魔女の祝福は確かにもらった。
イルマリは、結婚式当日の朝からとろけるような笑顔のままだった。
「あの氷の騎士が」と背筋を凍らす男性あり、笑顔に当たって真っ赤になりくだける女性あり、いろいろと話のタネになったらしい。
「結婚相手のおかげ」というのは一致した意見だそうだ。
って、わたしのことよね。
あまりにもわたしのことを持ち上げる噂ばかりが流れていて、なんとなく落ち着かない気分だ。
領主の代替わりの儀式は、とにかくイルマリが格好よかった。このときはピシッとしまっていた。
領主一家の席に控えていたわたしは、ずっと彼に釘付けだった。
中央に掲げられた狼と盾の旗が、イルマリの祖先が狼の半獣で、彼もまたそうであることを思い出させた。
いつもわたしにまとわりついているところは、かわいいワンコそのものなんだけれどな。
これは彼にはさすがに言えないよね。
でも、しっぽを振っているところなんか、本当に……。
結婚と領主代替わりの宴は、とても賑やかだった。貴族も平民も一緒に騒ぐと言っていたが、本当に誰が誰だかわからない。
いくつもの松明が燃やされ、館の厨房からは館の庭に、次々と料理が運び出されている。
領主の館のあるヴィフレア街を見下ろすと、街中を連なる提灯のあかりが建物を照らしている。
綺麗に飾られたタハティに乗って街中をお披露目したときに、花飾りがいっぱい飾られていたのも見た。
街ぐるみ、領地ぐるみでお祝いしてくれている。
幸せであると同時に、引き締まる思いだった。
宴は明け方まで続くらしい。もう引き上げましょうとイルマリに肩を抱かれて、わたしは館の中に戻った。
領主夫人の部屋のお風呂でエリナに磨かれ、わたしは夫婦の寝室の扉を開けた。
天蓋ベッドの上で、イルマリが両手を広げて迎えてくれる。
「もう待たない」
イルマリの声が、ちょっと掠れている。
抱き込まれたまま顔を持ち上げられ、彼の唇がわたしのものと重なった。
読んでくださって、ありがとうございます。
そして、ブックマークなどの応援、大感謝です。
書き続ける励みになります。
あと1話で本編完結します。




