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6 薬師は知る

「ぼっちゃま、お部屋を移動させました。こちらへ」


 最初に出迎えてくれた男性が、わたしとイルマリを案内してくれる。

 家令のロニーだと自己紹介をしてくれた。



 連れて行かれた部屋は、とても広かった。

 手前に歓談できそうなテーブルと椅子、奥にはゆったりとくつろげそうなセットが窓辺に置いてある。その向こうにはベランダがあるようだった。柔らかい緑の壁紙が落ち着いている。



 右の壁に扉が二つ、左の壁に扉が一つ。


 促されて左の扉を開けると、可愛らしい部屋が現れた。女性の部屋だと一眼でわかる。

 今いる部屋よりも甘い緑の壁紙が華やいでいる。奥には天蓋つきのベッドが置かれている。

 ここだけでも祖母の小屋の居間よりもよっぽど広い。


「こちらはアウロラさま個人のお部屋です。廊下から直接入れるようにもなっています」



 家令ロニーは、隅に控えていた三人の女性を呼んだ。

 一人はイルマリのお母さまと同じくらい、一人はわたしよりもちょっと若いだろう、もう一人はイルマリと同じくらいの年齢に見えた。


 ロニーは一番年嵩の女性を示した。

「家政婦長のサイミです。サイミ」

その女性があとを引き継いだ。

「サイミ・カリオです。どうぞよろしくお願いします。

 こちらはメイド長のマリッカ、もうすぐ私の代わりに家政婦長となって若奥様をお支えします。そして、アウロラさま付きの侍女エリナです」


「どうぞよろしくお願いします」

 残りの二人も、丁寧に礼をしてくれる。



「アウロラです。よろしくお願いします」

 わたしも同じように深く頭を下げたら、

「使用人には頭を下げる必要はございません。未来の辺境伯夫人として、徐々にでよろしいですからお慣れください。

 それから、私どもに敬語は必要ございません。そして私のことはサイミと。他のものも呼び捨てでお願いします」

と家政婦長のサイミさんに言われてしまった。


「はい」

小さくなったわたしに、

「ごめんね、少しずつ覚えてくれると嬉しいな」

とイルマリがしゅんとした顔で言ってくれた。耳まで萎れている。彼はわたしの頭をなでている。



 ほわほわほわという音が聞こえたかと思ったら、エリナとマリッカが大きく開けた口に手を当てて目をキラキラさせ、サイミも目を大きく見開いていた。

「おぼっちゃまが……」


 あれ? また同じ反応。いったい何なのだろう。


 コホンと咳払いをしてから挨拶をし、サイミは呆然と突ったったままのマリッカを引きずるように部屋を出て行き、エリアが荷物の片付けに残った。



 イルマリが魔法鞄からわたしの荷物を出してくれた。

 それを見て、止まったままだったエリアもやっと動き出した。



 * * *



 わたしとイルマリは、真ん中の部屋に戻っている。夫婦の居間なのだそうだ。


「ここは領主夫妻の部屋なんだ。

 僕が三十の誕生日を迎えたあと、相手を決めて結婚して、辺境伯を引き継ぐことになっていた。誕生日に結婚するから、ちょっと前倒しになったね。

 まさか、着いてすぐに領主の部屋に移動とは思ってなかったけど」


 イルマリが奥に向かい開けた扉の先には、寝室があった。先ほどより大きな天蓋ベッドが、どんと置いてある。

「ここは夫婦の寝室だよ。

 結婚式が終わったら、ここで一緒に夜を過ごして欲しい」



 寝室の扉のところで、わたしはイルマリに抱きしめられた。そのまま唇が降りてきて、わたしのものと重なる。


「はぁ。あと一ヶ月。待てるかな。

 我慢はつらいけれど、でも、我慢しないとどうしてしまうかわからないし」


 イルマリは小さな声でぶつぶつとつぶやいているが、意味不明だった。

 離れてまた重なった唇が、熱い。しっぽが腰からお尻にかけてさやさやと動いている。


 ちょっと不埒なしっぽね。


 そんなことが浮かんだが、言葉にすることはためらった。



 何かを振り切るように寝室の扉を閉めて、イルマリは窓に向けたソファにわたしを座らせ、すぐ横に自分も座った。

 体ごとわたしに向き、手をとった。彼の耳がちょっと下を向いている。


「ごめん、まだ話していないことがあるんだ。最後まで聞いて欲しい」


 そうしてイルマリは、わたしの手を握ったまま話し始めた。




「僕は半獣だ。

 半獣にはつがいを求めるという習性があるんだよ。自分に一番体の相性が良くて、より良い子孫を残せる相手を、本能的に探すんだ。

 つがいが見つかれば、雄はそのつがいを死ぬまで愛し抜く。

 囲い込み他の雄に見せないものもいるんだって。半獣はつがいを溺愛するって、この国では有名なんだ。


 そしてつがいにはなかなか出会えない。つがいに出会わずに他のものと結婚する半獣が多いってことも、知られている。



 僕も半獣だからね、伴侶にはつがい以外いらなかった。

 それにどこかにいることが、なんとなくわかっていたんだ。


 だから、成人になってからずっと探した。両親に諦めろと迫られて、期限を切ってそれだけに専念した。

 それだけ僕にとってつがいと結婚することは大事だったんだ。



 君を見つけたとき、身体中が叫んだよ、僕のつがいだって。絶対離さないって。


 だけどね、勘違いしないで欲しいんだ。

 僕はつがいだから君に惹かれた。

 そして、アウロラを知るたびに、君を好きな気持ちが深まっていったんだ。



 僕は半獣ではない家族の中で育った。周りにも半獣はいない。

 僕にとっての愛は、知性で惹かれる人と人との愛なんだ。



 アウロラ、君を愛している。


 君の人に対する優しさを垣間見るたびに、心が震える。

 君の賢さを知るたびに、もっと深く君を知りたいと思う。

 君のコロコロと動く表情を見て、僕も大きく感情を揺さぶられる。

 君が僕に向けてくれる笑顔に、愛おしさが溢れる。


 本能が君は僕のつがいだと言っている。

 そして僕の心は、僕は君を愛していると叫んでる。



 ねぇ、アウロラ。僕は黙ったまま、君をここまで連れてきてしまった。

 だけど、まだ引き返せる。

 結婚して君を僕のものにしてしまったら、もう二度と手放せない。


 僕と結婚して、ずっと一緒にいてくれる? 僕を愛してくれる?」



 二つの琥珀が、心配そうにわたしを見つめている。耳は垂れ、今にも伏せられてしまいそうだ。しっぽも萎れて垂れ下がっている。



 わたしはつがいというものを知らなかった。わたしの育ったヒルシュ国には、半獣はほとんどいないから。

 つがいを求めてるのは本能だと言った。だけども、それだけではないとも言ってくれた。


 イルマリが、わたしを求め愛し、ずっと大切にしてくれていたのは、わかっている。その行動で、彼はずっとわたしに教えてくれていた。

 わたしは彼の言葉と行動を信じる。



「イルマリ、ありがとう。教えてくれて。

 あなたと結婚します。ずっと一緒にいます。

 愛しているわ、イルマリ」


 二つの琥珀はまたたき、嬉しそうに輝いた。耳がぴんと立ち、両手がわたしを抱きしめ、しっぽが私の腰に回る。



「ありがとう! 愛してる、アウロラ」

 言葉とともに、また唇が触れ合った。


 長い口付けが離れてから、彼はぽつりと続けた。

「僕がなんの半獣か話していなかったよね。

 狼なんだ。伴侶のことはずっと大切にするよ」


 一夫一婦制だと言われる狼。伴侶が死ぬと食事をしなくなることもあったはず。


 うわぁぁぁ、これはつがいと言われる以上に重いかも。


 次に浮かんできたのは、『長生きしなくちゃ』だった。



「このままアウロラを僕のものにしてしまいたいけれど、絶対歯止めがきかなくなるから我慢する。

 結婚したら、ね」


 にこにこと笑いながら不安なことを話しているが、これは何か考えたらダメな気がする。


「だからあの寝室は、結婚してから使おうね」




 少し休むといいよと、イルマリは部屋を出て行った。馬のタハティの様子を見てくるらしい。


 わたしの部屋は、エリナによってすでに整えられていた。

 部屋のふわふわのソファーの肘掛けに頭をもたれかけてぼーっとしていたら、いつのまにか眠っていた。



読んでくださって、ありがとうございます。


=覚え書き=

カンガス本館

・ロニー・パッロ 家令

・サイミ・カリオ 家政婦長

・マリッカ・アハテー 家政婦長見習い、メイド長

・エリナ・ハハト アウロラ付侍女


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