14 番外編2 イルマリは放浪する
イルマリ編、3話目です。
三十歳まであと三年というとき、両親のお世話になった人から、俺に縁談がきた。
それまで、俺が卒業してからいくつもくる縁談を、両親はすべて断ってくれていた。だがそれも断りにくい時期になってきている。
たいていの貴族の嫡男は、三十歳までには身を固めるものだった。
「会ってくれるか」
それでも俺は父に刃向かった。
「会って、それで俺から断れるのですか?」
「無理だな」
父は俺に嘘をつかない。このときにも正直に話してくれた。
「それでは、向こうが俺をイヤだと考えないかぎり、俺が結婚することは決まりではないですか」
俺が番ではない誰かと結婚する。
そう考えただけで、俺の体全身が泡立つ。しっぽが膨れ上がっているのが、自分でもわかる。
嫌だ! 俺は番と結婚するんだ!
そのとたん、俺はほんの少しだけ甘い匂いを嗅いだ気がした。それははるかかなかたら漂う、残香のようなものだった。
膨れていたしっぽはおさまった。代わりに、高揚感が全身を支配した。
俺は番と結婚できる。運命の伴侶はどこかにいる。
それは根拠のない確信だった。だが俺はそれにすがった。
「番がこの世にいるかどうか、わかる者もいるらしい」
カーモスはそう言っていた。これがそれなのではないか。
少なくとも今言われている相手は、俺の運命の伴侶ではない。
「父上、お断りしてください。俺は俺の運命の伴侶以外と結婚するつもりはありません」
父はため息をついた。俺がこうと決めたら曲げないのを知っているからだ。
「それでは、断ろう。だが、約束してくれるか」
「内容によります」
俺は父であろうと安請け合いはしない。
こと伴侶のことだ。いままでで十分俺に譲歩してくれていることは理解している。
「おまえの運命の伴侶探しは、三十歳の誕生日までだ。誕生日を過ぎたら、俺と母上で決める者をおまえの妻として迎える。異論はなしだ。
ただし、三十歳までにおまえが運命の伴侶として連れてきた者は、どんな者であろうと拒否しない。身分、年齢を問わず、そのまま受け入れよう。
ただできれば、女性が望ましい。それとこれもできればだが、母上の年齢よりは下で、学校に入る年齢よりは上にして欲しい」
「親戚連中の反対はどうするのですか」
俺は知っている。
いくら両親がいいと言っても、貴族の嫁は貴族から、年齢も五歳以上離れると釣り合いがとれないと文句を言ってくる連中が何人も目に浮かぶ。
「俺が黙らせる。
それに、おまえが三十まで待ってやっと決めた嫁だ。早くカンガス家の跡継ぎが欲しいあいつらに、また嫁探しに十年かかると言えば諦める。
そういう意味では、あいつらの条件に合わない人の場合は、今からでよかったな。
もっと若い時分だったら、反対が強烈だったろう」
あと三年、みつかるだろうか。
だが、いるのはわかった。この匂いを覚えた。
どこから漂ってきたのか、空間を超えてきたのか、それはわからないが、きっと近くまでいけばわかるだろう。
「受け入れます。
運命の伴侶を見つけるか、三十歳の誕生日まで、旅をさせてください。
すべての日々を、運命の伴侶のために使わせてください」
父との約束はなされた。
俺の条件を聞いた弟のコトカは、自分が領地の仕事を押し付けられると文句たらたらだったが、俺を送り出してくれた。
今回は長旅になる。俺は魔法鞄を愛馬タハティにつけ、出発した。
キウル国内を、いつもは行かない端の村まで回った。
学友のいたところでは、彼らと旧交を温めつつ、案内してもらった。
せっかくだからと移動陣の確認をさせてもらい使用許可もとった。いつ何が起こるかわからない。
カーモスやネイリのいる街で、半獣が多い地域の雰囲気も味わった。
単なる旅人としてよりも、客人として行くといろんなものが見えてくる。
半獣のいないところで育った俺には、その経験は貴重なものだった。
だが二年経っても俺の番は見つからない。
国内はあらかた行き尽くした。
国外に出るか。だが、西に行くか南に行くか。
そのとき初めて、俺は自分の本能に頼ることを思いついた。
番は本能だ。ならば本能に頼るは理にかなっている。
俺は気持ちを鎮めて、あの匂い、番の匂いだと感じるものを思い出した。
どこから匂う?
気配を追う。
あと一年だ。両方の国を見て回る時間はない。
焦る気持ちを、俺は押さえつけた。
見つけた。
南だ。我がキウル国の南隣、ヒルシュ国。それも、我が国に近い方、ヒルシュ国の北側。我が領地カンガス領に近い方だ。
どのように回るか。時間が限られている。
俺は、ヒルシュ国の東の沿岸から中央に向かい、そこから西まわりに北上して、徐々にカンガス領にある国境に近づく行程を選んだ。
ギリギリまでその国にいることができる。
* * *
ヒルシュ国に入り、俺は人と接する態度を変えた。
半獣がほとんどいないヒルシュ国では、俺はさらに目立つ。
そして無表情だ。これでは誰も近寄ってこないだろう。
友人を思い描き、一番付き合いの長いオッリの真似をすることにした。
あの誰の懐にも入る交渉術のいくらかでも真似することができれば、少しは相手も心を開いてくれるのではないか。
オッリといえば、気軽に挨拶、軽い話し言葉、高めの声、こんなものか。
少し相手に甘える口調もたまにしていたな。
相手を気遣う言葉は多かったはずだ。
俺は、人と接するときは、オッリならどうするかを考えて行動するようになった。
キウル国は雪が降る険しい気候だ。王都から北は冬は雪に閉ざされる。
そのためか、人々は厳しさに耐える強さを持っている。それが人々の無骨さにつながる。
そんな国に育った俺の目に、ヒルシュ国は華やかだった。
陽気で優しい人たち、それが俺が会ったヒルシュ国民の印象だ。
俺の耳やしっぽを見て、びっくりはされるが獣とさげすむ者は少なかった。
開放的な分遠慮がないのか、俺のしっぽをひっぱろうとする子どもが多い。触ろうとする女性もだ。
しっぽには細心の注意を払った。このしっぽは、俺の運命の伴侶のものだ。
東の海沿いの町を巡りながら首都へと向かう。
ヒルシュ国には貴族がいない。
なんら違わないように見えて、町の様子をよく観察すると、媚びへつらわれる者とへりくだる者というキウル国に日常的にあった関係が、ここにはない。
人々は貴族同士、平民同士のように対等だ。
それが開放的に見える要因でもあったのだと俺は気づいた。
「なぁ、そこの耳が金色のにいちゃん、この焼き魚買わないか。うまいぜ」
「そうか、お隣さんから来たのか。いいだろ、この国。特にこの町は魚も貝も最高だぜ」
市場を歩いていると、あちこちから声がかかり、何かを買えばさらに話が続く。
「ハンサムなお兄さんに、あたしからおまけ」
食堂で食事を運んでくれた女性に、頼んでいなかった果物を追加される。
「いよ、兄ちゃん、美男はいいなぁ。もらっとけもらっとけ。気がひけるならにっこり笑ってやれば大喜びだ」
「わたしは笑うのが苦手なので。でも、こんな美味しそうな果物をありがとう」
その女性の目を見て感謝を伝えると、彼女はぼっと赤くなった。
「どういたしまして」
小さな声に、「充分以上だな」と周りの冷やかしが重なる。
オッリを真似て人と接するようになってから、人々との壁が一枚取れた気がする。
俺から気安く接すれば、同じように接してくれるんだな。
キウル国と同じように、ヒルシュ国でも冒険者組合で魔物の買取をしてくれる。
俺は途中の森で狩った魔物を売って路銀を稼ぎながら、旅を続けた。
首都は賑やかだった。
有名な魔法学校にも行きたかったが、学校がある学園都市は部外者は訪問しずらい。出たり入ったりは魔法陣を利用しているらしい。俺は諦めた。
せめてと、学園都市の北に聳えるフランミッテ山の見える町まで行った。
ヒルシュ国最大のフランミッテ山は左右対称の綺麗な山だった。頂上から煙がでているので、活動しているのだろう。最後の噴火は数百年前だったと記録されている。
山からはかなり遠いのに、山の存在感がある。
フランミッテ山は心惹かれる山だった。
ぐるりとヒルシュ国の北側を回ったが、観光旅行をしている気分だ。
俺の運命の伴侶はどうなった?
タハティは気持ち良さげに歩いている。ずっと俺と一緒なのが嬉しいのだろう。
残りの期限はあと三ヶ月。
オラジュ街の宿で、俺はまた番の匂いを探した。
この旅の間、少しずつ強く甘くなっていった匂い。また少し強くなっている。
ぐるりと俺の周りを探ると、国境の砦の方向が一番強く感じる。
この国か、我が国か。
迷うが、一つずつ確認していく他ない。
そうしてさらにタハティと歩んでいたある瞬間、急に胸騒ぎがした。
とにかく気になる方向に馬を進めると、現実に甘い匂いを感じた。
同時に強い胸の痛み。
タハティを走らせる。
森の中の道だ。慎重に進まなければいけないのがもどかしい。
甘い匂いはどんどんと強くなる。
しばらく走ると目の前が開けた。野原だ。
そこを一人の女性が走っていた。
見つけた! 彼女だ! 俺の番!
心に急激に温かいものが満たされていく。
その後ろには魔物。
俺は何も考えれないまま魔物まで近づき、タハティを飛び降りた。
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