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二十三話

 冬休みが始まり、街はクリスマスで賑わっている。しかし爽花は一人で晴れない空を眺めているだけだ。カンナと遊ぼうという気持ちは薄く慧に嘘をついたというショックが濃くて、ぼんやりとしていた。隠しごとを作りたくないと強く思ってはいるのに、かといってアトリエでのひとときを失うのも怖く、自己嫌悪に陥るばかりだ。

 その日も同じことの繰り返しで、お茶を飲みながら椅子に座っていた。テレビからはクリスマスの音楽が流れているけれど頭に残らず、ただ右耳から左耳へ通り過ぎていった。しばらくその状態でいたが、夕方頃にインターホンが鳴った。アパートに暮らし始めてインターホンが鳴るのは数回で、ほとんど近所のおじさんおばさんだ。玄関へ走ってドアを開けると、胸を占領していた慧本人が立っていた。

「来ちゃったよ」

「寒いでしょ。早く入って」

 腕を引っ張ってドアを閉めた。居間に移動しながら、慧はきょろきょろと周りを見回した。

「へえ、爽花のアパートの中って、こんな風になってるんだね」

「散らかっててごめんね。犬小屋みたいでしょ」

 台所でお茶の用意をしながら苦笑したが、慧は首を横に振った。

「そんなことないよ。むしろこじんまりとした部屋の方が好きかも」

 厚手のコートとマフラーを脱いで、爽花の座っていた椅子に腰かけた。飲みかけのお茶を持ち、それはあたしのお茶だよっ、と止める前に一気飲みした。

「おいしいね。俺の家では、日本茶じゃなくて紅茶だから」

 まさか間接キスしたとは恥ずかしくて伝えられず、頬を赤くするしかなかった。

「……お茶くらいなら、いつでも淹れるよ。ほうじ茶でも緑茶でも」

「そうか。じゃあ、またごちそうになろうかな」

 ふふっと意地悪そうに笑い、照れた爽花の頬に触れた。

「どうして赤くなってるの?」

「いや……だって……」

 私服の慧のかっこよさは半端ない。制服の三倍近くは魅力的になると爽花は感じている。そんな美男子の慧と二人きりでいたら、どきどきしない方がおかしい。

「ちょっと寒くないかな?」

「あっ、ストーブつけてなかった」

 慌てて電源スイッチに手を伸ばしたが、その前に背中から抱きしめられた。そのまま床に押し倒され、慧が馬乗りになった。耳元で色っぽいハスキーボイスで囁いた。

「もっと違う方法で暖まろうよ。爽花も暖まりたいだろ? 二人きりで暖め合おう」

「待って待って。まだ心の準備が」

「心の準備なんかいらないよ。ほら、怖がらなくていい……」

「やめろよ」

 げしっと慧の背中に蹴りが入った。見ると瑠が呆れた表情で立っていた。

「鍵が開いてたから勝手にあがらせてもらったぞ。お前、何が風邪薬買いに行くだよ。怪しいと思ってついていったら、やっぱりここに来たな」

 爽花の上に覆い被さって、慧は不機嫌な目で睨みつけた。

「別に襲ったりするわけじゃないんだからいいだろ」

「さっそく襲ってるだろ。その体勢で、よくそんなこと言えるな。二人きりで暖め合おうなんか、完全に襲う気満々だろうが。エロい下心見え見えだぞ」

 うふふっと無意識に笑いが出てしまった。慧も瑠も同時に爽花の方に視線を移した。

「なに笑ってるんだよ」

「な……なんか、可愛いなあって思って……。兄弟喧嘩とか初めてだから……」

 一人っ子の爽花には経験できない貴重な兄弟喧嘩を、すぐ近くで見られて嬉しかった。瑠は髪を掻いて、面倒くさそうに呟いた。

「お前も危機感ゼロで、どうしようもねえな。俺が来なかったら今頃どんな目に遭ってたかわかってんのか?」

「ごめんごめん。男の子って可愛いね。めちゃくちゃ癒される……」

 えへへ、と微笑むと、慧がぎゅっと包み込んでくれた。高校一年生でも、母性本能はきちんと存在しているのだ。

「爽花はもっと可愛いよ。俺の宝物だ。癒されまくりだよ」

 やれやれと呆れた表情で瑠はため息を吐いた。抱きしめられた状態のまま、そっと話しかけた。

「瑠もお茶淹れようか?」

「いい。もう帰るからな。とりあえず、二人きりで暖め合うのは大学生になってからにしろ。十五歳は早すぎる」

 目が点になった。真っ直ぐ慧の顔を見つめて、そっと聞いてみた。

「十五歳なの?」

「十二月二十七日が誕生日だからね。今週で十六歳になるけど」

 逆に考えると、十五歳でこれほどの美麗は衝撃的だ。大学生になったらどんな姿に変わっているのか、ある意味恐ろしい。

「あーあ。せっかく可愛い爽花と楽しい一日が過ごせると思ったのになあ」

「さっさと帰って看病しろよ。薬は俺が買うから。ここには来るなよ」

 じろりと慧は睨みつけて「うるさいな」と拗ねた口調で言い、脱いだコートを着ながら玄関へ向かった。瑠は居間に残り、寝ている爽花に手を伸ばしてきた。爽花も手を握り、よろよろと立ち上がった。

「ありがとう。瑠も、お茶飲みたくなったら、いつでも来ていいからね」

「来ていいからねじゃなくて、もっと危機感持てよ。あいつは欲しいものは徹底的に自分のものにならなかったら気が済まない奴だからな。今日みたいに襲われる可能性は、どんな時でもあるんだぞ。慧は優しい性格だとか信じて酷い目に遭ったとしても、悪いのは油断した自分だってこと忘れるなよ」

 はっきりと言い切って、瑠も玄関へ行った。慌ててその手首を掴んで囁いた。

「ねえ、瑠には欲しくて堪らないものってある? 欲しくて欲しくて仕方のないもの。誰にも奪われたくないっていう宝物」

 いつも絵しか描いていない瑠にも、欲しいものはあるのか。やはり油彩道具だろうか。しかし瑠は黙ったまま、手を振り払って歩いて行ってしまった。

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