表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/132

二十話

 アトリエに向かうと、瑠がいつも通り絵を描いていた。自分の世界に入っているらしく、爽花の存在に気付いていない。筆を洗うまで、完全に絵画に没頭していた。しばらくして爽花に視線を移し、ぶっきらぼうに呟いた。

「来てるなら言えよ」

「邪魔しちゃ悪いでしょ。まだその薔薇の絵描いてるの? ほとんど完成じゃない」

 話しながらキャンバスに近寄った。瑠との距離も縮まる。

「まだ途中なんだよ。お前にはわからないかもしれないけどな」

 カチンと来たが、素人なので黙るしかなかった。

「何しに来たんだよ」

 瑠から質問するのは珍しい。首を横に振って即答した。

「瑠は、慧のことどう思ってるのかなって聞きたくて。慧は、あんたのことが嫌でいらいらするみたいだけど、瑠もいらいらする?」

 自分のことを全く言わないと知っていたが、やはり気になった。だめ元でも一度は本人の想いを教えてほしかった。

「別に。同じ日に同じところで同じ腹から産まれた奴としか思ってないけど」

「ふうん……。瑠は、慧が女の子と付き合ってるのを馬鹿にしてるの?」

 慧の不機嫌な姿が蘇り、睨みつける顔を知りたくなかったと空しくなった。

「馬鹿にしてるというか、よく飽きないで相手してられるなってだけだ。お前もそうだろ」

 爽花の場合は飽きる飽きないではなく、他人と関わって無駄な時間を作りたくないという意味だ。他人に一喜一憂して振り回されて、大切な人生を台無しにしたくない。頑張って合わせたのに、あっさり捨てられたりしないか。いつまでも好きでいてくれるか。

「運命の人って本当にいるのかな?」

 独り言のつもりで呟くと、瑠は見つめてきた。

「運命の人?」

「そう。絶対に愛してくれる、死ぬまで一緒にいてくれるって人。あたしの運命の人って誰だと思う?」

 はあ、と呆れた息を吐いて、瑠は答えた。

「将来の心配なんか、今してもしょうがないだろ。そんなどうでもいいこと考える暇があるなら、英単語の一つでも覚えろよ」

「……あんたさあ、もうちょっと態度よくしなさいよ。女の子なんだから、柔らかく穏やかに優しいしゃべり方するとか」

「俺、お前のこと女だと思ってないから。顔も可愛くないし得することまるでないし。むしろ損ばっかりだし」

 がーんとタライが降ってきた。それはあまりにもショックだ。

「ひっどい。女だと思ってないとか、失礼にもほどがあるでしょ。あーあ、慧は優しいのになあ。すっごく穏やかで、あたしを可愛がってくれるのにな。兄より弟の方が人間ができてる。お兄ちゃんなのに弟に負けてちゃだめでしょ。もっと慧を見習いなさいよ」

 慧の名前を出せば反応するかと期待したが、瑠は黙ってパレットの上で絵具を混ぜていた。それがどうしたという感じだ。無視されていると、仕方なくアトリエから出ていった。

 



 慧は瑠を嫌っているけれど、瑠は慧を何とも思っていない。爽花は一人っ子なので、そういった気持ちがわからなかった。特に双子など、もっと難しい。自分とそっくりの人間を素直に愛せるか理解できない。

 アパートに帰って、風呂に入ろうと制服を脱いだ。洗面所の鏡で、一糸まとわぬ体を眺めた。この体を慧に食べられてしまうのか。熟して甘くなってからと言っていたが、それはいつかは決まっていない。恥ずかしいと全身が燃えて緊張した。しゃがみ込んで息を整えてから風呂のドアを開けた。

 湯船に浸かりながら、きちんと京花に聞いておけばよかったと後悔した。母親になる前と、母親になった後の気持ち。新しい命の誕生で喜びに満ち溢れるのか、将来や痛みで怖くなるのか。まだ子供を産む勇気はないし、誰の子を産むのかも不明なので、やはり英単語を覚える方が大事かもしれない。妄想してもきりがないため、あがることにした。かなり時間が経っていて、のぼせてくらくらになってしまった。水を飲んでベッドに横たわると携帯が鳴った。ゆっくりと起き上がり「はい」と言うと、慧の声が耳に飛び込んだ。

「よかった。まだ寝てなかったんだね」

「まだ八時だよ。小学生でも起きてるよ」

 爽花の口調が熱っぽかったからか、慧は心配そうな声に変わった。

「大丈夫? 風邪ひいてない?」

「お風呂でのぼせただけだよ。大丈夫」

「そっか。それならいいんだ」

 瑠の態度と正反対なのが不思議だ。外はそっくりなのに性格は違うのはなぜだろう。爽花を女だと思ってないという失礼な言葉が蘇って、宙を睨みつけた。

「今週の日曜、もし予定なかったら会いたいんだけど。だめかな」

 デートのお誘いだと直感した。先日のデートは失敗したので、次は楽しいデートにしたいのだ。

「うん……。いいよ……」

「そうか、よかった。断られると思ってた」

 安心した返事に、爽花が欲しくて堪らないのだと改めて伝わった。照れて頬が赤くなってしまう。もう彼女になってもいいではないかと頭の隅で心の中の爽花が囁いていた。穏やかで優しくて常に爽花を愛してくれる慧だったら、明るい関係が続きそうだ。けれど恋愛をしないという意思も揺らがなかった。あんなに恋人は必要ないと言いふらしてきたのだから、その通りに恋人なしで生きていかなければ嘘つきとなってしまう。さらに、何か特別な問題が胸を占領していた。慧と恋人同士になることを、その問題が邪魔しているのだ。

「図書館で待ってる。遅れたらごめん」

「わかった。誘ってくれてありがとう……」

 しっかりと答えて、ドジは絶対にしないと強く決めた。

 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ