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5-8 復帰

「ラムール殿、ラムール殿」


 女官長は、今日、何度同じ事をしたであろう。

 教育係の居室と事務室を訪れてはラムールが帰城していないか確認する。

 残念ながらラムールの姿は、まだどこにも見えなかった。

 翼族の巳白が子供をつれて一晩明けた今、日没を過ぎたらその事実を翼族調査委員会メンバーに報告しなければならなくなる。 翼族調査委員会本部はオルラジア国にあるので、通常なら報告が届くまでに数日を要し、メンバーが派遣されるまで更に数日かかる。

 ところが今回は既に国内にメンバーがいる。 そうなると彼らはすぐ調査に乗り出すだろう。


「それだけは避けたいわ……」


 扉を叩く手を止め、女官長は呟いた。

 今回は状況から、巳白が子供と一緒に地下の洞窟に落ちたと考えてまず間違いないだろう。 ならば1、2日すれば発見される可能性が高い。 仮にそれ以上行方不明であったとしても、軍隊や警察を動員して洞窟内を探索すれば済む。 たいていメンバーが来る前に解決だ。

 今、彼らに報告したら彼らはきっと「巳白探し」よりも「巳白に接した者達の調査」に重点をおくはずだ。

 巳白と接したことがあるのは主に弓たち、陽炎の館の者達、そして――リト。 いいや、色々理由をつけて女官全員を調査する可能性がある。 ――勿論、女官長自身も。

 女官長は身震いした。


「ラムール殿!」


 再度、女官長はドアを叩いた。

 ラムールは巳白の保護責任者だ。 保護責任者は明らかな緊急事態を除いて翼族調査委員会よりも優先的に調査・監督・指導権がある。 彼さえいれば、彼さえいれば……

 

「女官長!」


 階段の下から軍隊長の声がした。

 女官長は一瞬、吉報を想像した。 だがボルゾンの険しい表情で無理だと悟った。


「ラムールはまだいないのか!」


 軍隊長が詰め寄り、女官長が首を横に振る。


「なんてことだ……もうすぐ日没だというのに」


 軍隊長は大きな扉を見上げた。 そしてノブに手をかけると、


「ラムール!」


と言って扉を開けた。

 扉の向こう側には鎧や剣が壁に飾られた、男臭のする、見覚えのある部屋が広がっている。 ボルゾンの部屋だ。


「ちっ!」


 ボルゾン軍隊長は舌打ちをして扉を荒々しく閉めた。


「女官長、今から馬でイルフ村まで行かないか。 もしかしたら巳白が見つかるかもしれない」


 女官長は頷いた。

 馬で行くにしろイルフ村までは小一時間かかる。 到着時にはすでに日没になっているだろうか、そこからまた城下町まで戻って来てから報告すればかなり時間稼ぎにはなるはずだ。

 二人はさっそく白の館を後にした。

 

 


 そして二人がイルフ村に到着したのはもう日没後だった。

 翼族をはじめ異生物は夜間になると活動を活発にするので、大事をとって日没一時間前には全員が村に到着しているはずだった。

 村にはいたるところで松明が焚かれ、闇を作らないようにしていた。

 ところが村の様子がわずかに変だった。

 全員が広場に集まっている。 隅では何人かの人に囲まれて、女が泣いている。 おそらくいなくなった子供の母親なのだろう。

 そして村人達の様子が、何か変だ。

 そわそわとして、辺りを見回している。 それはまるで今すぐにでも翼族が襲ってくるのを警戒しているかのようだった。


「巳――ヤツと、子供は見つかりましたか?」


 ボルゾンが村長に尋ねた。 

 しかし予想通り、村長は首を横に振って、悩みながら口を開いた。


「それよりも、心配なことがあるのです。 軍隊長殿」


 ボルゾンに悪寒が走った。

 一緒にいた女官長は、こちらに駆けてくる弓の姿を見つけた。


「弓」


 女官長が呟く。 そして弓の青ざめた顔を見て女官長の顔にも緊張が走った。


「女官長様。 リトが、リトが、まだ村に帰ってきてないんです」


 弓はそう告げた。

 

 




 その頃。 ラムールの居室の奥の部屋が、ゆっくり開いた。 

 




 


 女官長と弓は、急遽、城下町へと一頭の馬で駆けていた。

 弓は馬に乗れないので女官長が手綱を持つ。 弓は通路や草の影にリトがいないか神経を尖らせながらものすごいスピードで駆ける馬の背にしがみついていた。

 いつもの温厚な女官長とは思えない鮮やかな手綱さばきだ。


「どう? 弓? リトは見えない?」


 女官長が叫ぶ。


「見えません!」


 弓も答える。


「どうか、どうか、リトが城下町に戻ってきていますように……」


 女官長が呟く。 

 リトが行方不明になったことで、事態は微妙に変化した。

 リトは、穴に落ちたのか、巳白とおちあったのか、それとも他の翼族に襲われたのか。 それがまったく分からない今、女官長達にできることはリトが自分の意志で城下町に帰ってきているのを願うだけだった。

 女官長が飛ばした甲斐あって、予想より早く城下町に入ったその時、馬が何かに怯えたように足を止めた。


「どうどう!」


 女官長が馬をいさめる。 すると正面から人影が二つ、近づいてくる。

 女官長が唇を噛む。 弓はやってくる人影に目を向けた。


「これは女官長、こんなに日も暮れてからそんなに急いでどうなされました?」


 ほんの少し仰々しくたずねたのはトシの方だった。 トシは女官長の前に座っている弓に視線を移す。


「こんばんは。 おじょうさん」

「……こんばんは」


 弓は頭を下げ、男をどこか不思議そうに見つめた。

 男と弓の間に奇妙な間が流れる。 それを断ち切るかのようにシンディが少し腹ただしそうに言った。


「ラムール教育係はまだ帰って来てないの?」


 女官長が唾を飲んだ。


「その顔じゃ……まだ、みたいね。 ところで何があったの? 白の館に行ってみたけど軍隊長も不在だし、兵士も相当数出払っているわ。 女官達も……」

「あの子達に何かしたのですか!」


 女官長がすごい剣幕で叫んだ。 

 シンディはつまらなさそうに笑った。


「してないわよ、まだ何も。 翼族に関わる出来事じゃなきゃ私達に強制力はないの、あなたも知ってるでしょう?」 


 女官長の手綱を持つ手がきりきりと音を立てる。


「……翼族調査委員会?」


 弓がぽつりとそう呟く。


「そうよ。 お嬢ちゃん。 ねぇ、数日前に翼族緊急捕獲連絡弾の使用があったと報告があったのよ。 お嬢ちゃんはどこの何ていう翼族が捕まったか、知らない?」


 シンディが近づく。


「……」


 弓は黙っていた。


「あら? このお嬢ちゃんは教育係付けの女官じゃないわよね? 女官長。 それならちょっとこの子を借りていいかしら?」


 シンディが尋ねた。 女官長は黙っていた。 拒否権が無いのは明らかだったのだ。


「あ」


 その時、弓が先の方から歩いてくる人物の影を目にとめた。


「おお」


 女官長もほっとした声を出す。


「女官長!」


 その人物はよく通る声で女官長を呼んだ。

 トシとシンディがその声に気づいて後ろを振り返る。

 そして一瞬、見とれる。


「ラムール殿! 待っていたのですよ!」


 女官長は泣きそうになりながら告げた。

 そんな女官長を慰めるように、励ますように、ラムールは微笑んだ。


「この方達の話は私が聞きましょう。 女官長は早々に白の館にお戻りになって下さい。 もうすぐ消灯の時間だというのに女官長が不在なので女官達は好き勝手騒ぎ放題してますよ」


 女官長は頷いて馬を出す。

 シンディが手を出しかけたが、ラムールを見て、下げる。 

 ラムールはあくまで紳士的に優しく言った。 


「――さて、私は地獄耳なものでね、さきほど女官長に私の事を尋ねていらしたようですね」


 シンディが黙ったまま、右手の平をグラスを持つように上に向ける。 掌の上の空間に委員会のマークが浮かび上がる。


「おやおやこれは。 シルバーメンバーですか。 本部直轄の調査隊ですね。 という事は先日の翼族緊急捕獲弾が使用された事について尋ねたい、という事で宜しいですか?」


 ラムールは穏やかにまとめる。 シンディもトシも顔を見あわせる。


「それでは資料は私の事務室にありますので、ご足労ですが白の館までおいで頂けますか?」


 ラムールは返事を待たず、白の館へと向かって歩き出す。 シンディ達は慌てて後を追った。





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