5-7 リトの失踪と、「怪物サマ」
日も昇ってかなりたっていた。
「リト!」
イルフ村のすぐ近くまで来て、リトは弓と合った。 弓と一緒にいた村人達が怪訝そうな顔で見る。
「ゆ、ゆみっ」
リトはぜいぜい息を吐いて近づく。 無理もない。 かなり走ってきた。
「はい、お茶」
弓は水筒のお茶を渡す。 リトは一気に飲み干す。
「ぷはぁっ。 ありがとう。 弓。 それで巳白さんは?」
弓は首を横に振る。 弓の隣にいた村人が怪訝そうにたずねる。
「……あんたは?」
「巳白さんの友人です」
リトは迷わず言った。 村人達がざわめく。
「さっ、探そう、弓。 どこを探せばいいの? 森?」
リトは森の中に足を踏み入れようとした。
「ダメっ!!」
村人や弓が一斉にリトを押さえつける。
「ち、ちょっ?」
一体なんなのか。
「ダメなの。 地面には洞窟へ繋がる穴があちこちにあるらしいの。 どうも巳白もそこに落ちたみたい」
弓が体を起こして森を指さす。 見る限り何の変哲もない森が広がっている。
リトを押さえた一人の老婆が口を開く。
「通り道の近くは平気なんだけどの、少し奥の方に入るとここいらは地面に穴がある。 落ちたら出てこれんと言われておる」
別の老人も言った。
「落ちてすぐならロープを垂らせば上ってこられるかもしれんが、底まで落ちていたらまず助からんじゃろう」
リトは目を丸くした。
「そこに落ちたの!?」
弓が首をヨコに振った。
「わからないんですって。 本当に一瞬で巳白達は姿を消したらしいの。 地下に落ちたか、空へ飛んだか、わからないって」
それは相手が飛べる巳白ならではの結果であって。
押さえつけたリトを離しながら村人が言った。
「落ちたら普通は昇ってこれんが、相手は翼があるからの。 上がってこないかずっと待っているのじゃよ。 だからお嬢ちゃんもあまり道の端に近づくんじゃないよ」
確かに。 気をつけて見てみると村人が腰に命綱をつけたまま、あちこちで穴がないか探したり、穴から巳白が出てこないか待っている。
「ねぇ、じゃあ、何をすればいい?」
リトは尋ねた。
「この道にそって歩いて、その、巳白?だったかが飛び上がってこないか、穴から助けを呼ぶ声が聞こえないか待つしかない。 ああ、きちんと道になっている所から外れなければ森の中でも安心じゃて」
村人が答えた。
確かに、この状況ではそれしかなさそうで。
リトは弓と一緒に森の中の細道に入っていくことにした。
二人は適当な所で腰掛ける。
「で、どんな感じなの?」
リトは尋ねた。 弓は膝を抱える。
「昨日、急にこの村の家畜が食い殺されていてね。 ――それがどうも、翼族のしわざらしいの」
「どうして翼族の仕業って分かるの?」
「周囲に足跡は無くて、……つまり、飛べたってこと。 そして、家畜に直接噛みついて食べてる。 しかもちょっと人では登り切れないような木の細い枝のところに、手形がついているの」
なるほど。
「今は全然見られなくなったけど、そういう襲い方って10年以上前まではけっこうあちこちの村でもあっていたわ。 人間が襲われたケースもあるの」
弓は淡々と話したが、リトは背筋が冷たくなった。
「で、それを巳白さんがやったって、疑われているの?」
リトは当然そう考えたのだが、弓は首を横に振った。
「ううん。 その疑いは晴れたの。 さっき、樹に手形が残っていた、って言ったでしょ? それがね、両手分あったから」
「――あ」
巳白は片手だ。
「でも多分、巳白が子供を連れて行ったのは間違いない、と思うの。 子供のすぐ側にいた犬も一緒に消えちゃったらしいんだけど、こっちは血痕が残っていたんですって。 だから多分襲われたんだと思う。 巳白は襲われそうになった子供をかばって助けた――っていうのが、今いちばん考えられるセンね。 どっちにしろはやく二人とも見つかってくれないとなんとも……」
弓はため息をついた。
「じゃあ、巳白さんと子供さんが見つかれば全部丸くおさまるのね?」
リトは気が軽くなった。 家畜襲いの犯人で無い事が証明されているのなら何も問題はないではないか。
――本当は翼族がどこかにいて、それが家畜を襲ったという事実の方が大問題なんだけど……
という言葉を飲み込んで、
「うん、ま、そうね」
弓は少し複雑そうに答えた。
何はともあれ巳白が見つからない事には話が進まない
しばらくして、捜索は日没一時間前までと連絡が来た。
一時間前になったら連絡弾が上がるので、みな速やかに村に集合するように、とのことだった。
リトと弓はじっと待っていたが、ラチがあかないのでそれぞれ別々に歩いて探すことにした。 村人達は個人行動をすると襲われるかもしれないから、と言って複数で行動するように言ったが、巳白が襲う訳はないではないか。 リトの方がそう笑って単独で探すように言ったのだ。
陽炎隊――いや、来意がいないので、羽織、清流だけが捜索には参加していた。 世尊は巳白が陽炎の館に帰ってきた時に備えて義軍と家で留守番だった。
来意がいない。
それはとても不便だった。
闇雲に探す事に慣れていない彼らにとっては尚更だった。
しかし来意は旅に出たばっかりだ。 まだあと軽く七日は帰ってこないだろう。
巳白もいない。
それもとても不都合だった。 誰も地面からでしか探せないのだから。
そして、リトは一人、かなり広い山道を歩いていた。
リトが歩いてる所はきちんと固められて舗装されていたが、その他の辺りは竹林で、穴らしき穴も見あたらない。
「この下にホントに洞窟があるのかな……」
リトは呟いた。
当然の事ながら、辺りはしんとしていて何の気配もない。
「来意くんがいたらさっさと見つかるんだろうけどなぁ――あ」
リトはその時、予言を思い出した。
「右、を選んだら……面倒な事になる……んだっけ。 面倒……もしかしたら、巳白さんを見つける事ができて、どうして居場所が分かったんだ、とか言われて調べられるとか……」
微かな誘惑がリトに忍び寄る。
「右……」
リトはおそるおそる、舗装されている通路の右側に、左足から一歩、踏み出してみた。 そして、右足を揃えて立――つ間もなく、地面がえぐり取られたように凹みリトの体は周囲の土と一緒に地下へと吸い込まれていった……。
その頃、テノス国に来ていた翼族調査委員会シルバーメンバー、シンディとトシは城下町の隅にある空き地の「地下」に作られた広い部屋の中にいた。
部屋といってもコンクリートで作られただけの部屋に装飾はほとんど無く、電気の配線が剥きだしになっている。
「かなり快適そうね、トシ」
シンディが言った。 トシはカバンの中からあれやこれやと取り出しながら答える。
「そうだな。 これでやっと俺たちのペースで調査ができるってもんだ。 でも、シンディはゲストルームの方が良かったんじゃないか? 翼族調査委員会専用の行動室とは雲泥の差だろう?」
「そうね」
シンディはパイプ椅子に腰掛けた。
「でも遊びに来ている訳じゃないし。 さすがにゲストルームには”あいつ”は呼べないしね」
シンディはそう言って、トシが床にひろげたものの中から拍子木のようなブロックを手に取ると、今いる壁の凹みにパチリとはめ込み、青いスイッチをスライドさせた。 ヴィン、と軽く振動が手に伝わると何もなかった壁に窓ガラスが浮かび、ガラスを隔てて別の部屋が作られた。
「ちょっと大きすぎないか?」
ちらりと視線を投げかけてトシが言った。
その部屋は確かに天井の高さも部屋の広さも、普通の部屋の3倍はあった。 窓ガラスは丁度その部屋から見ると天窓くらいの位置にあり、部屋の中全体が見回せた。 広い部屋の中にはたった一つ、簡易なベットが置いてあるだけだった。
「翼族は飛ぶからこの位高さがあった方がいいのよ」
シンディはさらりと答えた。
「後はあの部屋に通じる通路と私たちがそれぞれ使うプライベートルームを作らなきゃね……。 慣れたとはいえ、科学魔法は流石だわ。 こんな空き地の下に簡単に行動室が作れるんだから」
「そう――だな。 セキュリティも万全だし、今思えば白の館では人目につきすぎる」
シンディ達はラムールがなかなか帰城しないので、軍隊長に自分達が行動する為の場所を提供してもらうように依頼したのだった。 条件は簡単。 空き地であまり人が近づかない場所であること。
これは軍隊長達にとっては願ってもいない申し込みだった。 巳白が子供を連れていなくなった事をまだ報告していなかったのが原因であるのは勿論、報告する前にシンディ達に気づかれたら調査権を譲らなければいけなくなる。 軍隊長としてはラムールが帰ってくるまでの間に相手に気づかれないかと実は苦労していたのである。 軍隊長は早速デイに相談し、シンディ達はここ、城下町のかなり隅にある広場を得る事ができた、というのである。
広場といってもほんの猫の額ほどの土地である。 シンディ達は広場の隅に生えている数本の樹のうちの一本に科学魔法で作られた札を貼り付け、そこから地下へ通じるいわば「秘密の部屋」を作り出したのだった。
「それにしてもここは科学推進国ではないから、あの軍隊長さん、かなり驚いていたわね」
シンディが別のブロックを持ち上げて思い出し笑いをする。 トシも頷いた。
「札に隠されているパスワードを打ち込まないとこの中には入れないと説明しても分からなかったもんな」
そう言っている間にシンディはさくさくと作業を進め別の部屋に通じる通路や二人分のプライベートルーム、そしてあの大きな部屋の隣に小さな小部屋を作った。
「さて、完成。 じゃあ私は自分の部屋で荷物を整理するわ。 あらトシ、モニター、かなり設置できたのね」
シンディがいう通り、部屋の壁には何個もの四角いモニターが設置されていた。 行動室への入り口、入り口からこの部屋までの通路、そして大きな部屋を上下左右から写しているものもある。 その他に、薄暗く狭い部屋も。
その薄暗い部屋を見て、ほんの少しシンディが切なそうに唇を噛んだ。
トシは立ち上がり両手の埃をはたくと、そんなシンディに気づかず口を開いた。
「用意はできた。 いつでもあいつを呼んでいいぞ。 ここしばらく放しておいたからそれなりに役には立ってるんじゃないか?」
「……そうね。 さっさと呼びましょう」
シンディは無表情になってそう答えると、胸元のポケットから小指位の笛を取り出した。 そしてモニターを見たまま、その笛を吹いた。
音にならない音が響き渡る。 その音はトシには聞こえなかった。 だが、何かが発せられているのは感じることができた。
するとほんの数秒もすると表のモニターに「それ」の影が映った。
トシがそれを確認すると壁のボタンの一つを押す。 すると薄暗く狭い部屋の壁と、地上にある出入り口の樹に同じ形の黒い空間ができた。
シンディが更に笛を吹く。
「それ」は迷うことなく地上の黒い空間に入り込み、そして薄暗い狭い部屋の壁から姿を現した。
トシがすかさずボタンを押してその黒い空間を消す。
「怪物サマのおかえりだ」
トシが唇の端を少し上げて笑った。
シンディは憤怒の想いを瞳にこめてモニターに映った「それ」を睨み付けた。
「それ」は人の形をしていたが、人ではなかった。
笹の葉型に尖った長い耳を持ち、体をすっぽりと覆い尽くすほど大きな翼を持っていた。
そしてその左手には血が滴る何かの肉を持ち、顔、とくに口は、真っ赤に濡れていた。
狂った翼族。
翼族委員会では「それ」のことをそう呼んでいた。




