【3部 翼族の歴史】3- 1 国立図書館
翌日。 よく晴れて気持ちの良い朝だった。
天気とは逆にリトの心は曇っていたが。
いつものようにオクナル家に朝の手伝いに行き、白の館の自分の部屋に戻ると、既に弓は来ていた。
「おかえり。 そしておはよう。 リト。 昨日はお疲れさま」
弓はいつもと変わらない顔で挨拶をする。
泊まりのリトと通いの弓は同室だ。 弓は彼女専用のベットに腰掛けていた。
「おはよ。 弓。 同じく昨日はお疲れ様。 ……えっとー」
リトは一瞬考えた。 昨日の佐太郎の事は話していいのだろうか?
「佐太郎さんなら来たわ。 すっごく怒ってた」
リトの考えを見透かしたように弓が答えた。
「あっ、うん、やっぱり……。 そうだよね」
「リトが途中で止めてくれたんでしょ? ごめんね。 迷惑かけて」
「ううん」
リトは首を横に振って、はぁっ、とため息をつくと弓の隣に座った。
「ねぇリト。 どうして巳白はラムールさんをかばうのだと思う?」
突然、弓が尋ねた。
「昨日も佐太郎さんがラムールさんに愛想が尽きた、って言ったらね、それは早急すぎです、俺たちより長いつきあいの貴男が言う言葉じゃないと思います、って」
巳白はそんな事を言ったのか。
「みんながギクシャクするからちょっとだけ憂鬱」
弓はそう言って天井を見上げた。
「ゴメンね。 朝からこんな話して」
弓はリトを見ると言った。 リトは首を横に振る。
「ううん。 話してくれるのも嬉しいし、話せる関係ってのも嬉しいから、いいよ」
それを聞いて弓が嬉しそうに微笑む。
リトは諦めた口調で続けた。
「でも今は放置するしかないと思うなぁ」
それを聞いた弓も頷いた。
「ところでさ」
気持ちを切り替えてリトは言った。
「今日の午前の授業って国立図書館見学なんだよね? 別に構わないけど、どうしてわざわざ午前中使って見学に行くのかな? 城下町に遊びにいくついでにササッといつも寄ってるのにね」
それを聞いて弓が首をかしげた。
「リト? 違うよ? 今日行くのは国立図書館。 城下町図書館じゃないわよ?」
へ? と、リトは驚く。
「え? 別の所に図書館なんかあったの? 城下町の図書館ってそんな名前だったの?」
「うん」
「じゃ、どこ?」
リトが尋ねた。
「宮殿の中よ。 テノス城本館。 陛下に拝謁する時、行ったでしょ?」
「え? じ、じゃ、もうちょっと真面目な格好がいい??」
「うん」
弓は頷いた。
その時気づいたが、よく見たら、弓の服装もいつもよりフォーマルだった。
着替えねば。
全員が学びの部屋に集合した。 確かにみんな、かなりの正装である。
それもそのはず。 テノス城本館といえば公も公の場だ。 多くの貴族、重臣、国外からの来賓などがぞろぞろと歩き回り、いわばこの国の顔だ。 当然出入りも厳しく制限されている。 もっとも、国民には気軽に訪れることのできる白の館があるので国と国民の距離は離れてはいなかったが。
リト達はややカジュアルな感じのする服で、マーヴェやロッティ達は豪華絢爛なパーティードレス。 ルティはなんと、修道服だ!(見習い専用のものだったが)
「それでは今から、テノス城本館の中にある、国立図書館に参ります。」
ざわつく少女達を鎮めるように、手をパンパンと二回叩いて女官長が言った。
「みなさんも御存知の通り、国立図書館は滅多に入る事が出来ません。 しかし、貴重な書物が多数置いてあります。 とてもためになるでしょう。 それから原則として貸し出しは出来ません。 また、テノス城本館には国外からお見えになっているお客様も多数いらっしゃいます。 あなた方はこの国の国民として、またこの国の下学んでいる女官として、周囲の方から見られることになります。 いわばこの国の顔です。 決して見苦しい行動は行わないように」
それを聞いて、女官達の間に軽い緊張が走る。
「また、城の中では滅多にお会いする事の出来ない貴族の方とお会いすることもあるでしょうが、取り乱したり媚びたりしないように。 それから城に忘れ物をしても取りに帰ることはできません。 城の拾得係から翌日私の方に返還されるきまりとなってます。 ですから、どなたかとお近づきになりたいと思って教科書やハンカチ等私物を置き去りにしても無駄です」
一部の女官から、ええー、っと小さな文句が漏れる。
そんな事を考えているヤツもいるのか。
「それでは参りましょう。 本日は5階から」
白の館と本館は、2階の通路以外にも5階で繋がっている。 ただ、5階は予備の居住区なので通常は使っていないので、いつもは鍵がかかって通れないのだった。
5階に上がり、左側の廊下を突き進んでいくと壁一面の大きな扉があった。
大きすぎて扉ではなく壁の模様みたいに見える。
女官長が先頭に立ち、扉に備え付けのテノス国の紋章の入った呼び鈴を鳴らす。
ほんの少し間をおいて、ゆっくりと扉が両側に開かれる。
その先はとても長い通路だった。 通路の先にはもう一つ同じような扉がある。 扉を開けてくれた近衛兵が先頭に立ち歩いていく。
その先の扉も同じように呼び鈴を鳴らしてから開かれた。
みんな、列を崩さずに静かに進む。 最後の一人が通路から出ると扉は静かに閉じられた。
「一度4階を通ってから6階に行きますよ。 みな、遅れないように」
心なしか女官長もいつもより声も静かで威厳がある。
それは女官達も同じだった。 すました顔をして女官長の後を歩く。 早すぎず、遅すぎず。
通路を歩き、4階のフロアを横切ってから6階まで続くらせん階段を登る。
館内には多くの貴族と諸外国の使者等が歩き回り、歓談していた。
みな、女官達に気づくと視線を向けた。
女官達はまっすぐ前を見て歩き、挨拶をされた場合は立ち止まりゆっくりと会釈をした。
6階まで来るとガラス越しにバルコニーの屋上庭園が見える。
そして奥の部屋まで来る。 近衛兵が扉を開ける。
そしてみんなは中に入り――扉が閉められた――のと、
『すっごぉぉぉおぉぉいっ!』
「ねぇ、見た? あの壁画!!」
「それよりすっごく格好いい使者様がいらしたわよね!」
「ねぇ、あの紫のドレスを着たお方はどこのご婦人? 大きいダイヤのネックレスをしていたわよねー!」
「もー、感激っ!」
と、少女達が仮面を外して騒ぎ出すのはほぼ同時であった。
「こ、これこれ、あなたたちっ! お静かになさいっ!」
慌てて女官長が背後の扉が閉まっているか確かめる。
きっちり閉まっているのを確かめて、ほうっと胸をなで下ろす。
「おお良かった。 外まで声は漏れなかったと思います」
と、呟いた。 女官達はそれぞれ恥ずかしそうに舌など出している。
「だってねぇ?」
「うん、驚いたぁ」
「床のカーペットもフカフカ」
興奮して顔を赤らめながら語る。
「でも、ここも、本当にすごい量の本……」
弓が呟くとみんな部屋の中を見回した。
床から天井まで棚には本がぎっしりだ。 奥にはロフトがあり、そこも本でぎっしりだ。
本はとても綺麗に整頓されており、まるで何かの模様のようだ。
中央には美しい彫刻が施されたテーブルがいくつも並び、快適に本が読めるつくりになっている。
『すっごーい』
再びみんな声を上げた。
「私、ここでいいから住みたい」
「あ、私も」
「あ、ずるい、私も」
「ずるーい、私も」
何がずるいのか、少女達はそろって言い出した。
「あっはっはっは」
その時、ロフトの方から少年の笑い声がした。
みな一斉に視線を向ける。
「みんな、楽しんでくれているみたいで結構」
その声の少年は奥の方から歩いてくると、ロフトの手すりに寄りかかってこちらを見た。
『デイ王子!』
全員で彼の名を呼ぶ。
デイ王子はにこっと笑うと軽く手を上げた。
すぐ後ろに同じくらいの年頃の姫を連れて。