表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/138

 2- 8 一夢と新世が死んだ時4

「う、う、わあ〜〜〜ん」


 最初に泣き出したのは義軍だった。

 幼いなりにこの状況を理解したのだろう。

 そしてみんな泣き出した。

 何が起こったのかは分からない。

 でも、二人が死んでいる。

 その事実だけで十分だった。


「ど、どうして……」

「えっ、えっ……」


 それぞれが嗚咽(おえつ)し涙を流した。

 だがラムールは冷めた目で彼らを見つめるだけで、涙ひとつ浮かべていなかった。

 そしてゆっくりと告げた。


「理由は分かりませんが、二人は死にました。 だから私に何を聞かれても答えることはできません。 あなたたちができる事はたった一つです」


 

 ラムールの次の言葉は予想外だった。


 

 「二人を埋める、穴を掘りなさい」



 


 

 来意がそこまで話したとき、佐太郎が口を挟んだ。


「穴を……掘れと? お前達に?」


 来意達は頷いた。

 リトは話を聞いてがくがくと震えがとまらなかった。

 それに気づいた弓がそっとリトの手を握る。


「リト、大丈夫?」


 リトは平気ではなかったが、頷いた。


「そして?」


 佐太郎が促した。 険しい顔で。

 




 

 穴を掘れ、と言われても、ただみんな泣くばかりだった。

 空は雷が鳴り響き、雨が地面にたたきつけられる音が激しくなっていた。

 あまりに雷と雨の音が大きいので、羽織達は何も気にすることなく大声で泣いていた。

 一番最初に、「その事」に気づいたのは巳白だった。

 周囲は大雨だというのに、自分達は全然濡れていなかった。

 見上げるとこの空間だけ、ぽっかりと雨を弾いていた。

 まるで見えない透明の半球の中にいるようだった。

 その透明の半球の外面を、激しい勢いの雨がつたっていた。

 巳白は新世達が浮かんでいる場所のすぐ真下まで来ると、片手で土を掘り始めた。

 うっすらと生えた草の中に手を入れ指先に触れた土を掻き出す。

 艶々とした土が緑色の大地の中で宇宙を覗く小窓のように見えた。

 掘って、掘って。 


「やめろ! 巳白!」


 アリドが叫んだ。

 巳白は構わず掘る。

 アリドが更に叫ぶ。


「一夢さんたちが死んだって、お前、ほんとにそんな事……!」


 それを聞いて、巳白も叫んだ。


「俺たちがしなけりゃ、誰がするんだよ!」


 アリドは言葉を飲み込んだ。

 巳白はただ地面だけを見つめてつぶやいた。


「手伝えよ……」


 巳白の顔も涙で溢れていた。

 アリドは黙って歩き出すと、近くにある木の枝をへし折り、さらに折り、へら状になった木の枝を束ねると、羽織達にそれぞれ一本づつ手渡した。


「オレたちの、一夢さんと、新世さんの、墓をつくってあげるぞ?」


 アリドはにっこり笑ってみせた。 しかし目からは涙が溢れてしまい、とてもいい笑顔とはいえなかった。

 アリドも掘り出したのを見ると、ゆっくり羽織達も動き出した。

 巳白の側に行き、地面に足をついて、土を掘り返す。

 彼らが穴を掘っている間、ラムールはただ黙って片手を空に上げて、待っていた。

 あいかわらず、ひとすじの涙も流していなかった。

 来意達は泣きながら、穴を掘っていた。


「新世母さん、昨日、抱きしめてくれたのに」

「どうしてぼくたち、あの時いかないで、って言わなかったんだろう」

「新世さん、こうなることが分かってたの?」

「でも……どうして……」


 そこではじめて、ラムールが尋ねた。


「昨日、新世と何をした?」


 答えたのは義軍だった。


「きのう、みんなであそんでたら、しんせおかあさん、やってきてね、ぼくたちみんなをぎゅってしてくれて、それでね、ぼくのこと、いいこね、っていってくれたの」

「俺は、良いお兄ちゃんね、だった」

「ぼくは、ありがとうだった」

「俺は、信じてるわ、だった」


 それぞれが、昨日新世に言われた言葉を繰り返した。


「そうか」


 ひととおり聞き終わると、ラムールはそれだけ言った。 




 何時間掘ったのだろう。 

 そこには二人を弔うのに丁度良いくらいの穴が掘れた。

 二人をそのまま入れても広すぎず、狭すぎず。

 ラムールがそっと手を動かすと宙に浮いていた新世と一夢の亡骸が、すっ、と動く。


「待って下さい!」


 清流が言った。


「母さんたちとの、最後のお別れくらい、させてくれませんか?」


 みな、頷いた。

 しかしラムールの返事は冷たいものだった。


「昨日、済んだのだろう?」


 そして冷たく沈んだ瞳のまま、そっと新世達の亡骸を穴の中に入れる。

 ゆっくりと、静かに、二人は穴の一番深いところに横たわる。

 二人の体がしっかり穴の奥まで行ったことを確認すると、ラムールは淵まで近寄り、手でそっと土をすくって穴の中に入れた。

 漆黒の土が新世と一夢を覆っていく。


「いやっ」


 弓が思わず目を背け、しゃがみこんだ。 羽織が慌てて弓の肩を抱く。

 棺桶にも入っていない二人に土をかけることは、まるで生きている二人を生き埋めにしているようにも思えた。


「……アリド、巳白。 二人が見えなくなるまでは義軍達は見ない方がいいだろう。 少し離れるか、義軍達の目を覆うかしてくれないか?」


 ラムールの提案にアリドと巳白は頷いて、来意や羽織達と一緒に少し動いて、穴の中が見えないように離れた。

 ラムールは黙々と、目を逸らすことなく土をかけつづけた。

 結局、ほとんど埋めてしまってからしか、アリド達は近くに行けなかった。

 土がこんもりと盛られ、ラムールは手で土をならす。


「墓標がいるな……」


 そう言って立ち上がる。


「あの、これ」


 そこに巳白とアリドが木の枝二つを十字に組み合わせたものを持ってきた。

 ラムールはただ黙って顎で指示した。

 アリドと巳白も頷く。


「おまえら、こい」 


 二人の呼びかけで、清流、来意、世尊、羽織、弓、義軍、みなが近寄り、手をそえてその墓標をつきさした。

 そして手をあわせ、目を閉じて祈った。

 全員がゆっくりと目をあけるのを待って、ラムールが言った。


「陽炎の館の権利書などは全部私が譲り受けました。 これからは私が保護者です」


 そう言うとラムールはきびすを返して森の中へと入っていった。

 みなで後を追うと、雨をはじいていた半球が消えて、それぞれの体を雨が降り注いできた。



 痛いくらいに。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ